【5話】木原先輩が嘘つきなので誤解されたんだけどようやく……
瑞樹が隣にいなくなったからと言って、僕はひとりぼっちになったわけじゃなかった。
クラスには友達も何人かいるし、瑞樹と別行動するようになって、部活でも話をする相手が増えた。
木原先輩は僕のことを気にかけてくれて、何かと相談に乗ってくれる。
だから寂しくない、とは言えなかった。
たくさんの友達に囲まれてたって、いくらみんなが親切にしてくれるからって、それで満足しているかって言われたら、していないのだ。
瑞樹がいない寂しさは、瑞樹じゃなきゃ埋められない。
瑞樹と出会って二年間。
いつだってそばに瑞樹がいたんだ。
毎日会っていた訳じゃないけれど、中三の時にスマホを買ってもらってからは、毎日LINEしていた。
泊まりに行ったり、一緒に遊んだりして、楽しかったな。
僕は、ベッドにもぐりこんで、無理やり目をつぶった。
瑞樹が手首を傷めてから一週間。
まだ手首は痛むのかなぁ。
今までは特に用がなくても、LINEしていたけれど、今はそんな軽々しく連絡する勇気がなかった。
だけど返事がもらえなくても構わない。
心配されるのも迷惑かもしれないけれど、僕は『手首、大丈夫?』とだけ打って、思い切って送信した。
「わー、送っちゃったよー」
僕はスマホを投げ出して、隠れるようにベッドにもぐりこんだ。
その途端、スマホが鳴り出し、どきん! と心臓がはねた。
急いでスマホを手に取る。
「悠人、今、なにしてた?」
瑞樹が良く言っていた同じセリフを、木原先輩に言われる。
「今、塾からの帰りでさ、おまえんちの前にいるんだけど、ちょっと出てこないか」
僕は時間を確かめた。
夜の九時をまわってはいるけれど、少しくらいならいいか。
門の前に、先輩は待っていて、僕が玄関を開けるとすぐ、いつもの笑顔で振り向いた。
「こんな時間に、悪かった?」
「いえ、暇だったし」
「そっか。…あれ?」
ふいに先輩が視線を通りに向ける。僕もつられて見ると、そこに瑞樹の姿があった。
声をかけるより早く、瑞樹は乗ってきた自転車ごと、くるりと方向転換して走り去った。
「瑞樹っ!」
僕は足を踏み出そうとして、ハッと止める。
振り向くと先輩が、困ったように僕を見ていた。
「先輩…瑞樹が…」
「いいよ。追いかけろ。僕は別に用ってほどの用じゃない」
行けよ、と先輩に背中を押され、僕は瑞樹が走り去った方へ駆け出した。
自転車の瑞樹に追いつくことは出来ず、僕は走って瑞樹の家まで来てしまった。
どうしよう。
瑞樹は家にいるんだろうか。
すぐにお母さんは、瑞樹を呼んでくれたけれど瑞樹の部屋のドアは開かない。
僕を中に入れてくれると、お母さんは瑞樹の部屋のドアを、ノックもなしに開けた。
「瑞樹、悠人くんが来てくれてるのになにしてんの!」
「勝手に開けんなっ」
瑞樹が入り口まで飛び出して来る。
「瑞樹……僕」
声をかけると、瑞樹は僕からさっと目をそらす。
「早く仲直りしなさいよ」
お母さんは最近、僕たちが気まずいのに気付いているみたい。
僕を残してリビングへ行ってしまった。
僕と瑞樹は目を見れずに、じっと立ち続けていた。
「み……」
僕が口を開くより早く、瑞樹に腕を引っ張られる。
扉を閉めると瑞樹は、僕から手を放して、ベッドへと乱暴に座った。
「いいのかよ、あいつ」
瑞樹がしゃべってくれた。
「いただろ、今。会ってたじゃん、家の前で。ほっといていいのかって言ってんの。俺のとこなんか来ていいのかよ」
ああそうか。瑞樹は僕と先輩が付き合ってるとまだ思っているから。
「先輩が、行って来いって言ったんだ。瑞樹と話したかったし、せっかく来てくれたし」
「そもそもな、悠人があんなLINEよこすからだろっ」
「あんな?」
首をかしげると、瑞樹はムッとして僕を見る。
「手首、心配してくれたんだろっ」
「う、うん。大丈夫?」
「そんなん、とっくに治ってる」
そう言って、瑞樹は右手を前に突き出した。
「悠人が心配してくれてるから。俺たち、しゃべれなくなってたし、チャンスかなって思って直接手首、見せようとしたんじゃんか。なのにおまえ、あいつと会ってた。俺……邪魔しちゃって、何か、やっぱり…」
瑞樹も僕と仲直りしたいと思ってくれてたことにホッとした。
だけどまだ、先輩との事を誤解している。
まず、誤解を解かなくちゃいけないって思った。
「僕、先輩と付き合ったりしてないよ」
やっぱりストレートにこれを言わなきゃいけない。
「別れたのか? あいつ、悠人の事、捨てやがったのかよっ」
くそーあいつ! と言いながら瑞樹が立ち上がる。
「待って瑞樹、違うんだってば!」
今にも飛び出して行きそうな瑞樹を、必死で止める。
「庇うのか、あいつを!」
「違う。だから付き合ってないよ。最初からっ。先輩とは何でもないの。誤解なんだよ」
「誤解?」
やっと瑞樹が少し落ち着いた。
どう言う事かと説明を求められ、僕は最初から思い出しながら順を追って話した。
けれど僕って理路整然と話すなんて苦手だから、話が前後したり、少し言い回しが違ったりしたかもしれなくて、きちんと伝えられたかどうかわからない。
「そもそも、男同士なんだよ。付き合えるわけないだろ」
だから、そう強く言っといた。
瑞樹は、眉間に深くシワを寄せて……。
怒ってる?
「先輩は瑞樹と僕が気まずくなってんの気にして、相談に乗ってくれたりしたんだよ」
「悠人は……あいつと付き合ってないって言う事なんだな」
大きなため息をつきながら瑞樹は言った。
やっとわかってくれたんだ。
「悠人のLINE、あれ、すっげームカついたんだからな。あのせいで、俺は悠人に近付けなくなったんだ!」
「え、どのLINE?」
「昼休みに送っただろ?」
あ、もしかして。
思い出した。先輩が勝手に送ったLINEのことだ。
「あれも誤解なんだ、瑞樹」
「あれも誤解?」
「先輩が、木原先輩が、僕の知らないうちに送ってたんだ。どう言う内容かは削除されててわかんないけど、ホントだよ」
「あ…んのヤローッ」
「なんて書いてあったの」
「木原と付き合うことになったから僕には話しかけるなって。あいつがやきもちやくから、って悠人が言っ……」
「僕じゃないってばっ」
先輩の嘘つき! 昼ごはんを先輩と食べるって内容だって言ったくせに、違うじゃん。
「そうか、誤解だっけ」
「そうだよ。僕は知らなかったんだ、そんなLINE。急に、瑞樹が僕としゃべってくれなくなったし、目も合わせてくれなくなって、それで僕…すっごく悲しかった」
だからもう仲直りしたいんだ。
「悠人」
瑞樹がいつもの瑞樹の顔で、僕を呼ぶ。
そして、ベッドに座る瑞樹の前に立った僕の両手を、瑞樹がそっと握ってくれた。
そして……。




