【2話】瑞樹に殴られた木原先輩の復讐なのかな? と疑う僕って
小さな街灯ひとつしか明かりがない暗い公園に、一歩足を踏み入れた途端、すぐに不安になった。
「和泉」
ポンと後ろから肩を叩かれ、「わあっ」と声をあげた。
「あぁごめん。びっくりさせたね」
振り返ると、いつもテニスコートで笑っている、木原先輩の優しい笑顔があった。
木原先輩は、急に呼び出してごめん、と前置きしてから話を始めた。
「実は今日、長瀬に相談されたんだ。あいつ、イジメにあってるらしいね」
「…みたいです」
「長瀬はどうも、首謀者は僕だと決め付けてるようなんだ。どうして僕だと思われているんだか、分からなくて参る」
ねぇ。と同意を求められ、ハイともイイエとも答えられず困った。
「僕がそういう陰湿なことをするように見える?」
「……瑞樹が、嫌がらせされてるのは本当です。部内での事だし、部員の誰かだろうって事は僕も、そうかなって思うけど、それが先輩かって言われると正直、わかりません」
本人を目の前にして、先輩でしょうとは言えない。
それに木原先輩がイジメなんかに加担するとはやっぱり思えない。
けど、人は見かけによらないって言われれば、そうかな、とも思う。
「ホントは明日にしようと思ったんだけど、和泉くんには、早く言っておきたくて」
「僕に、ですか?」
「僕じゃない。やってないよ、嫌がらせなんて」
先輩がこんなにきっぱり言ってるんだから、やっぱり瑞樹の勘違いなのかもしれない。
「だけど、やったのが部の誰かだとしたら、それは部長である僕の責任だ。ちゃんとそいつを見つけてやめさせるようにするから。僕が疑われているのはつらいけど、いいや。キミだけでもわかってくれれば僕は救われる。今日はわざわざ悪かったね」
送るよ。と言って先輩が僕の肩に手をかけた時。
「悠人!」
公園の入り口から僕を呼び、こっちに向かって走ってくるのは、瑞樹?
「てめー悠人に触んなっ!」
「うわぁっ」
止める間もなく、瑞樹が先輩を殴りつけた。
すぐに瑞樹は僕の肩を抱き寄せるようにすると、
「悠人に何かしやがったら殺すからな!」
倒れたままの先輩を見下ろし、怒鳴りつける。
「行こう、悠人」
「瑞樹、僕大丈夫だよ。何もされてない」
「されてたまるか」
僕は後ろを振り向く間もなく、ぐいぐい引っ張って行かれた。
「誤解だよ瑞樹、木原先輩は……」
「騙されんなよ、悠人」
公園の出口まで来ると、そこに瑞樹の自転車が倒れていた。
瑞樹は自転車を起こして、僕を後ろに乗せる。
「俺に対して嫌がらせされるのは我慢できるんだ」
自転車を走らせながら、瑞樹が話す。
「今日、あいつを煽ったせいだ。悠人にまで手をかけようとするなんて、許せねーよ」
バカヤロー。と怒りながら瑞樹は自転車をかっ飛ばした。
家まで送ってもらうと、瑞樹は先に僕を自転車からおろす。
そして自分も降りると、僕の両肩をつかんだ。
「テニス部なんかやめよう悠人。悠人を危険にさらしてまで続ける意味ねーし」
「けど瑞樹、せっかくレギュラーになったのに」
来週、他校との初試合が予定されている。
「そんなのどうでもいい」
ふんっと瑞樹は吐き捨てるように言った。
「良くないよ。ちゃんと責任果たさなきゃダメだってば」
選手に選ばれるなんて、すごいことなのに。
僕なんか一生かかっても選手になれないかもしれないのに、そんなのどうでもいいなんて。
「やめるのは、試合後でもいいだろ?」
「そんなに待ってたら悠人が……」
「大丈夫だってば」
「うーん、そっか?」
瑞樹は、なにかあったらすぐ俺に言えよ。
と、くどいくらい念を押して、やっと部を続けることに承知した。
翌日の昼休み、屋上に行こうと廊下に出た僕を、後ろから木原先輩が呼び止めた。
「ちょっと話があるんだけど、いい?」
瑞樹が待っているはずだ。
遅くなったら心配する。
だけど先輩は、迷っている僕を「ちょっとだけだから」と、強引に部室に連れて行く。
パタンとドアが閉められ、カチャリと鍵をかける音がした瞬間、やばい気がした。
「昨日、長瀬にいきなり殴られてさ、痛かったな」
うわうわ、怒ってる? まさか仕返しされるんじゃあ…。
「長瀬はよほど和泉くんが大切なんだね」
先輩はにこっと笑って、僕に手を伸ばし、頭を撫でる。
先輩を見上げると、相変わらず優しい目で僕を見てた。
「長瀬の大切な和泉くんと、僕も仲良くしたいな」
目の前でにっこり微笑まれて、僕は「?」と首をかしげる。
「わかんない? じゃあストレートに言うよ。キミが好きなんだ。付き合ってみない?」
「…………えええっ!」
やっと意味がわかって、びっくりして後退る。
なんて言った? 先輩。
……僕を……好き?
「僕、男……ですけど」
「分かっているよ。悠人」
僕が一歩下がると、先輩が一歩近づいて来る。
なんだよいきなり、名前呼び捨て?
一歩下がり、二歩下がりしていたら、背中がドンッと壁に突き当たる。
「悠人は僕が嫌い?」
先輩の両手が壁をついて、僕は体を囲まれるような格好になってしまう。
見上げる先輩が、いつもよりすごく大きく見えて怖い。
「き……嫌いとか……」
そんなんじゃないけど…と、口の中でもぞもぞ言った。
「けど先輩、女の子にすごい人気で。なのに何で僕? 男なのに」
からかわれているんだろうか。
これってやっぱり仕返し?
「入部した時からずっと見てたよ。長瀬と仲良くて、嫉妬してた」
「まさか、だから瑞樹に嫌がらせしてたんですか?」
「あれ? 僕じゃないって言ったはずだけど。心外だな、疑われてたの?」
「あ、ごめんなさい」
慌てて僕が謝った時、スマホが鳴った。
「瑞樹からだ」
「なんだ、邪魔しやがって」
僕のスマホはなんと先輩の手に奪われてしまった。
「ピッ」と電源を切られ、しかも自分のポケットの中に入れてしまう。
「僕じゃ不満?」
何事もなかったように先輩は話を続ける。
「ってゆうか男同士だし。困ります、僕……」
おなかがすいてきたし、先輩が何言ってるのか理解し難いし、イライラした。
「ちょっとって言ったでしょう、先輩。これじゃあ昼ご飯を食べる時間がなくなります」
「怒るなよ、悠人。ハイハイわかった。わかりましたよー」
先輩は、行っていいよ。と鍵とドアを開けてくれた。
「失礼します」
言って頭を下げつつ先輩をチラリと見ると、笑顔で「放課後部活でね」と手を振られた。
急いで屋上への階段を駆け上がるが、いつもの定位置に瑞樹の姿はなく、屋上全体を探したけれど、見当たらなかった。
怒っちゃったのかな、それとも心配して探してくれてる? スマホも出られなかったし。
「あっ!」
先輩がポケットに入れたままだ。
あのスマホは、瑞樹と色違いのお揃いで買った大事なものなんだ。
三年の教室を訪ねるのは、すごい勇気がいるけれど、返してもらわなきゃ困る。
「これだろ?」
僕が口を開く前に、先輩の方から返してくれた。
「じゃあまたね」
今回は、あっさりと解放してもらえてホッとする。
結局、瑞樹は見つからないし、スマホもつながらないまま五時間目になった。
五時間目の体育はマラソンで、昼食抜きにはつらかった。
けれどなんとか倒れずに体育を終えて、着替えてソッコーで弁当をかきこんだ。
「今頃ごはん?」
葵が立っていた。ちょっと気まずい。
瑞樹の気持ちをまだ伝えることが出来ず、一緒に遊ぼうって言った誘いを、ずるずると引き延ばして放置していた。
「いろいろあってね」
「いつも瑞樹くんと食べてるのにね」
「…だからいろいろあったんだってば」
その時はまだ、知らなかったんだ。
僕がそれを知ったのは、放課後の部活の時で……。




