【続編6話目】瑞樹と先輩がケンカしてるって聞いて
瑞樹は、それ以上は追って来なかった。
どこかで、瑞樹は追いかけてきてくれると期待していた僕は、追いかけてこなかったことに、自分勝手なんだけどすごく悲しかった。
きっと瑞樹も悩んでる。
僕のせいだ。
僕が瑞樹を悩ませているんだ。
激しい自己嫌悪に陥って、ベッドに入っても一睡も出来なかった。
次の日僕は、いつも乗るバスの時間をわざとずらした。
逃げてたって何も解決しないのはわかっているけれど、今は瑞樹に合わせる顔がなかった。クラスが違うから、会わないと思えば会わずに済むんだ。
昼休みも屋上に行かずに避けた。
一方的に僕が悪い。
謝ったって許してもらえないような事を僕がしてしまったせいだ。
このままじゃ瑞樹を悩ませるばかりなのに……。
放課後になって、部活に出ようかどうか迷いながらも遅れて部室に行くと、部室の前で数人の部員たちが、気まずそうに立っていた。
僕が近付いて行くと、みんな口々に教えてくれる。
「今、入らないほうがいいよ」
「中で、長瀬と木原先輩がケンカしてるんだ」
瑞樹と先輩がケンカ?
心臓がドクンと鳴った。
「和泉、おまえ二人と仲いいじゃん。ケンカの理由、何か知ってんじゃないの?」
部員の一人に聞かれ、僕のせいだとすぐに悟る。
このまま回れ右をして、この場から立ち去りたい衝動と、覚悟を決めて問題解決に挑もうと思う気持ちが、交錯していた。
「僕、行ってくる」
部室の中で、ケンカしてる原因が僕だとしたら、やはり逃げてはいけないような気がしたんだ。
僕は瑞樹が好き。
どういう結果になろうが、誠実に対応すべきだと思った。
やめとけよとか、ほっとけよ、と言う声がかかったけれど、聞こえないふりをして僕は部室のドアを開けた。
「瑞樹、せんぱ……」
殴り合いの修羅場を想像していたけれど、二人はそれぞれロッカーと壁にもたれて、静かに話しているという雰囲気だった。
二人同時に僕を振り向かれて、ドキンとする。
しばらく瑞樹も先輩も、そして僕も黙ったまま、見詰め合っていた。
空気は驚くほど緩やかに流れている。
「悠人、来いよ」
沈黙を破って、瑞樹が僕を呼んだ。
口調は優しい。
僕を見る表情からも怒りは感じ取れなかった。
僕はゆっくりと瑞樹に近づく。
そして瑞樹のそばまで辿り着くと、上目遣いで瑞樹を見た。
「じゃあ、後は二人でちゃんと話せよ」
先輩が、僕たちの横を抜けて、部室を出て行った。
ドアがパタンと閉められる音と同時に、瑞樹に抱きしめられた。
「瑞樹……僕……」
「聞いたよ、あいつに。全部聞いた」
全部って、全部? あれもこれも全部ってこと?
「ごめん……瑞樹」
ごめんですむ問題じゃないって思うけれど、そう言う言葉しか口から出て来ない。
「悠人は悪くない。そうだろ?」
「けど……」
「そりゃあ、あいつにそういうコトまでされたって聞けば、ムカツクし良かったなとは絶対言えねーよ。けどあいつ、すっげー反省してるみたいだったし、謝ってくれた。土下座だぜ、信じられる? あいつ、俺の目の前で土下座して謝りやがった」
「……先輩が……」
「最初は、あいつに何があったのか追求して、白状させて、内容次第じゃ、殴り殺してやろーかって意気込んで行ったんだよ。なのに、いきなり「ごめんなさい」って土下座されてみろ。気合もしぼんじゃったぜ」
で、冷静に話を聞けたって瑞樹は言った。
「悠人が何もないってきっぱり言ってくれれば、それで納得出来たかもしれない。だけど、いかにも何かありましたって態度取るじゃん? 全部はっきり言ってくんねーし、中途半端に聞かされて、イライラしてたんだ。けど、原因がわかってスッキリした」
瑞樹は、言うなら全部言え、隠すなら態度に出すなって最後に言ってから、僕の事をさらにきつく抱きしめてくれた。
「ごめっ……みずっ……」
涙がのどに詰まってうまくしゃべれない。
「もういいよ悠人。何があっても俺は悠人が好きなんだから、いいんだ。謝るな」
やっぱり、ごめんしか言えなくて、しかも泣いてしまって、ホントに僕って情けない。
なのに、こんな僕を瑞樹は好きだって言ってくれる。
瑞樹の愛情に答えるために、僕は何が出来るだろう。
「帰ろうか、悠人」
「え……部活は?」
「早退だよ早退。早く帰って悠人を抱きたい」
「……瑞樹、したいの?」
「今日は金曜じゃん。泊まりに来る約束だっただろ?」
「あ……」
忘れてた、とつい言葉に出して言ってしまってハッとした。
おそるおそる顔を上げると、瑞樹が苦笑いしていた。
「ゴタゴタしてたからしょーがねーよな」
瑞樹は「悠人の家に寄って、泊まりの用意をしてから行こう」と言ってくれた。
「今日は、暑いから流しそうめんにしましょう」
瑞樹のお母さんが、通販で買ったばかりだと言う「流しそうめんセット」を、僕と瑞樹に嬉しそうに披露した。
興味深そうにセットを物色していたくせに、瑞樹は不満そうに声をあげた。
「面白そうだけどさ、そうめんだけじゃ体力持たねーよ」
瑞樹の言葉が、やる気満々みたいに聞こえて、僕ったらカーっと赤くなる。
「ちゃんとから揚げも作るわよ。あと、卵焼きと枝豆と野菜サラダも付ければ文句ないわよね」
「やったーOK!」
瑞樹と瑞樹のお父さんの食欲はすごかった。
そうめんの取り合いになっていた。
お母さんなんか、流すのに必死で、ほとんど食べられなかったんじゃないだろうか。
そう言う僕も、二人の勢いに気圧されて、あまり食べていない。
「あー、ハラいっぱい」
「夕食にそうめんって言うのも、たまにはいいな」
瑞樹とお父さんは、満足そうだった。
「さ、悠人。部屋行こう」
手を取られて引っ張って行かれる。
「ハラいっぱいだけど、食っていい?」
部屋のドアを閉めるなり、瑞樹が言った。
「まだなんか食べるの?」
瑞樹の食欲に呆れていると、瑞樹がいきなりキスをしてきた。
「食うのは悠人。決まってんじゃん」
「……僕、食べてもおいしくないよ?」
瑞樹の言っている意味はすぐに飲み込めたけれど、恥ずかしくて、わざととぼけた。
「美味しいよ。焼肉より、すき焼きより、もっとずっと悠人が好きだよ」
「食べ物と比較されるの、なんか嫌だ」
そう言うのがいっぱいいっぱいだった。
瑞樹は肉が大好きで、でもその肉より僕の事を好きだと言ってくれている訳で、僕が嬉しくないわけがない。
ただ恥ずかしくて照れ隠しにそう言っているだけだ。
ちゃんと瑞樹はそれを分かってくれていると思った。
「大好きな肉より、悠人が好きだって言ってんの。素直に喜べよな」
抱きしめられて、瑞樹と一緒にベッドに倒れこんだ。
僕の右手は、瑞樹にしっかり握り締められたまま、シーツに押しつけられる。
「悠人、声……我慢して? 親に聞こえると、ちょっとヤバイからさ」
と瑞樹に小声で言われ、自由になる左手で、慌てて口を塞いだ。
「ホントは悠人の声、聞いていたいんだけど……」
残念そうに瑞樹は言った。
瑞樹も初めてのはずだ。
僕はこんなにもいっぱいいっぱいなのに、瑞樹は全然余裕で進めていく事に、多少の戸惑いを感じた。
……でも、付き合って行くならば、いつかはその時がきっと訪れる。
延ばし延ばしにしているうちに、瑞樹が愛想をつかしてしまう可能性だってあるかもしれない。
それだけは嫌だった。
瑞樹を他の誰かに取られるなんて、考えただけで、どうにかなりそうになる。
見ていると怖い。
だから僕はギュッと目を閉じた。
翌朝、瑞樹のお母さんが無理やり持たせてくれた弁当を持って、スポーツ公園へ出かけた。
公園に着いてすぐ、僕と瑞樹はベンチに座って弁当を広げる。
この暑い陽気だから弁当が腐る、と瑞樹がうるさいのでまだお昼前だったけれど食べた。
「外で食う弁当ってサイコーだな」
瑞樹が嬉しそうに言うから、言葉に出しては言えないけれど、いつも学校の屋上で弁当を食べている。
屋上は外だけど、この後は眠い五時間目の授業があるわけではないので、自然と寛げてしまう。
「悠人、食い終わったらどうする?」
「キャッチボールするんじゃなかったっけ」
そのつもりで、グローブとボールを持って来たはずだ。
「この暑いのに、するかよマジで。母ちゃんの目くらましじゃんか」
「目くらまし?」
「そうそう、行こうぜ、あそこ」
瑞樹が後方を指差した。振り向いてみると、いくつかの建物が見える。
「どこ?」
「どこ? ないだろ、ホテルじゃんかホテル。ラブホってゆーんだっけ?」
「ええっ!」
こんな健全な場所で、キャッチボールをすると母親に誤魔化して出てきて。
しかも弁当を持参で……それが目的?
「いいじゃん、いいじゃん。昨日は消化不良だったじゃん。な、だから行こうぜ。悠人の声、いっぱい聞かせて?」
瑞樹が擦り寄って来た。
「こんなとこで、やめろよ瑞樹」
周りには家族連れだっているんだ。
小さい子供が変な目で見るだろ。
子供だけじゃない、さっきからやけに視線を感じるのは、たぶん気のせいじゃない。
男がふたり、ベンチで弁当を食べている。
それだけでも十分、注目に値すると思う。
その上、こんな風にべったりくっついていれば、見たくなくても目に入る。
「だからさ、人目のつかない場所で」
ね? と言った瑞樹の表情からは、下心がやる気満々に溢れて見える。
「悠人、行こうよー」
「わかったよ。行くよ、わかったから、ここじゃあやめろ」
再び擦り寄ってこられて、僕は言ってしまった。




