【続編最終話】瑞樹の一番近くにいるために
「わー、きれいな部屋ー!」
瑞樹がベッドに仰向けに倒れた。
その傍らで、僕は瑞樹の髪に触れる。
いつ見てもさらさらで綺麗な髪の毛。
もつれることなく、指で梳いてもすーっとすべるんだ。
ふいに、僕の中で何かが目覚めた。
「瑞樹、キスしていい?」
瑞樹を見下ろして、尋ねた。
「え、いいよ。してくれんの? 悠人から?」
瑞樹は嬉しそうに笑うと、口を尖らせて目をつぶった。
僕はゆっくりと瑞樹に顔を近づける。
そして、僕の体に手を伸ばしてきたのを、僕は素早く掴んで、ベッドに押し付けた。
なんか、やばいかも。僕、やばい。
「悠人?」
「じっとしてて、瑞樹」
いつも瑞樹がしてくれるように、いまは僕が瑞樹に触れた。
「ちょっと、悠人……それ、やだよっ」
さすがに瑞樹もやばいと思ったのか、少し抵抗した。
そう、『少し』だったんだ。
だから僕は少しの抵抗を無視した。
「うっ……わ、わっ」
征服欲……と言う言葉が脳裏をよぎる。
「悠人、何する気だよ。まさか、俺に、そんな……」
「黙って、瑞樹」
「ちょっと待てよ。それは俺の役目だろ」
「誰が決めたんだよ。勝手に役割分担すんなよ」
「悠人、どうしたんだよー」
「どうもしない。僕だって男なんだなって、そう思っただけなんだ」
だめかな、と聞くと瑞樹は顔をしかめる。
「ダメだダメッ! 絶対無理っ!」
瑞樹は激しく首を左右に振った。
「無理かどうかなんて、やってみなきゃ分からないだろっ」
「やらなくていいんだ。俺は……嫌なんだ。俺がずっと悠人を……って。ホントにずっとずっと、ずーっと決めてたんだ。俺が悠人を守りたいって、俺が……」
目の端に涙を溜めて、泣くもんかと必死で我慢している様子の瑞樹を見て、僕はびっくりした。
瑞樹が泣くなんて、瑞樹の涙を見たのなんて初めてだった。
そんなに嫌なんだ。
僕は泣いている瑞樹の体を、そっと抱きしめた。
「分かったよ瑞樹」
「悠人……」
涙目でじっと見つめられた。
「瑞樹には、笑ってて欲しいんだもん」
「そーゆー事を言われると、俺が我儘通したみたいじゃん。何か子供っぽいし、カッコ悪い」
「じゃあ、やっぱり僕が攻める?」
「バーカ、それとこれとは話が別だよっ」
瑞樹は涙を目に溜めたまま、悪戯っぽく笑うと、僕の身体を押し倒した。
「悠人、もう待ったなしだからな」
僕はうなずいて、瑞樹の前に正座していた。
「じゃあ、仕切りなおして行くよ」
いちいち口に出さなくたっていいのに。
と思ったが、黙って瑞樹に身を任せた。
「覚悟はいい?」
「聞かなくて、いいから」
「今度こそ、頑張るぞー」
おー! と気合たっぷりに瑞樹が叫んだ。
色気はないけど、気合は十分。
今からすることが、それ目的じゃないみたいで、ちょっと緊張がほぐれる。
じゃれあうようにあちこち触れられて、くすぐったさに笑い声さえ洩れてしまう。
それでもだんだん、笑い声が違うものに変わっていく。
「悠人、いくね」
確認されて、僕はうなずく。
身体いっぱいに瑞樹を感じた。
息が苦しくなって、頬を伝う涙で、泣いてしまっている事に気付いた。
「大丈夫か? 悠人、痛かったら言って?」
痛くて泣いているんじゃなかった。
何故だか分からないけれど、ほろほろと涙が溢れて止まらない。
「泣かせたいとは思ったけど、そんな風に泣かれると、俺……困る」
「痛くて涙が出たんじゃないんだ。きっと、僕……嬉しいんだと思う。だから瑞樹、続けて」
瑞樹はゆっくりと目を瞬かせて、僕の顔をしばらくの間、見ていた。
「瑞樹……」
変な事を要求してしまったんだろうかと不安になって、僕は瑞樹から目をそらす。
「悠人、俺を見て?」
大丈夫だから、と言われて瑞樹に目を戻す。瑞樹は、優しい目で僕を見ていた。
瑞樹の笑顔。
それは僕だけに向けられたもので、僕だけを見てくれていた。
噂には聞いていたが、聞くのと体験するのとじゃ、天と地ほどの差があった。
身体に力が入らない。
ベッドから起き上がれない僕を、瑞樹が心配そうに気遣ってくれる。
「悠人、歩ける?」
休憩時間をとっくに過ぎてしまい、追加料金は覚悟した。
泊まれるほどのお金を持っていないので、このまま帰るしかないのだけれど、とにかく動けない。
体が言うことをきかない。
「肩、貸して」
瑞樹の肩につかまって、やっとベッドから降りる。
「初めてなのに、いっぱいやっちゃったから? ごめんな悠人。ごめん」
僕の体を支えながら、瑞樹が僕の腰を手で撫でてくれる。
「僕が、ヤワなんだよ、瑞樹」
たぶん慣れていないから? 初めは誰でもこんなものだろうか。
なにしろ、未経験だったので、何もかも分からないのだ。
エレベーターを降りると、ちょうど待っていたカップルに出くわし、変な目で見られた気がした。
「ジロジロ見るんじゃねーよ」
瑞樹がカップルを睨みながら言った。
「瑞樹、やめなよ」
瑞樹が余計なことを言うから、余計に怪しい目で見られるじゃないか……。
そもそも、男同士で入って良かったのだろうか。
高校生がホテルなんか利用していいんだろうかと、様々な疑問が頭を渦巻いたが、すでにやってしまった後だったし、今さら考えてもしょうがない。
瑞樹の家に一緒に帰り、よろよろの僕を見た瑞樹のお母さんが心配してくれる。
キャッチボールに燃えてしまい、はしゃぎすぎて大袈裟に転んだんだ。
なんて、瑞樹が悪びれもせず、お母さんに話している。
お母さんに、『ホントに、いつまでたっても子供なんだから』って笑われたから、僕も表面上は笑って返したが、内心はドキドキだった。
子供はあんなコトしない、子供はホテルなんか行かない。
何も知らずに笑っている瑞樹のお母さん、嘘ついてごめんなさい。
心の中で謝ってみた。
瑞樹みたいに堂々としていられない。
口を開けば、変なことを言ってしまいそうだったので、黙ったままずっと頑張って笑っていた。
夕飯を終え、瑞樹の部屋に行く。
「悠人、悠人~、もう一泊してくだろ?」
と言う瑞樹の誘いに、僕は嫌だなんて言いたくなかった。
だけど……。
「うん。だけど瑞樹、今日はもう……たぶん無理」
昼間のことで、身体は本調子ではない。
「いいよ。今日は悠人を抱きしめるだけで、満足だし」
すぐに僕の気持ちを察してくれた瑞樹と、ベッドの中で、体を寄せ合うようにして、見つめ合った。
「僕……瑞樹の役に立った?」
「それって何? どういうこと?」
「うん、僕……ずっと瑞樹の隣にいてもいいのかな」
「今さら何を言ってんだ。悠人はそこにいるだけでいいんだって。役に立つとか、立たないじゃない」
瑞樹は口を尖らせて、僕の頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
「悠人の隣にいたいのは俺の方だし、悠人がいてくれるだけで幸せなんだよ。それに頼りねーかもだけどさ、俺が悠人を幸せにしたいんだ。他のやつに渡してたまるか」
瑞樹にギュッと抱き寄せられて、頭を胸に抱え込まれると、それだけで守られているって思えて、何だかひどく温かいものが体中に駆け巡り、満たされた。
「ちょっと……いや、かなり焦ってた。俺、悠人をちゃんと抱かなくちゃ恋人失格だって思い込んでたんだ」
瑞樹の胸の鼓動が、規則正しく伝わってくる。
僕はじっと目を閉じて、その音を聞いていた。
痛い思いさせてごめん、と瑞樹が謝った。
「謝らないでよ。痛いだけじゃなかったよ? ちゃんと……気持ち……」
良かったし、と小さな声で付け足した。
顔を上げて瑞樹を見たら、瑞樹の頬が、ポッと赤くなった。
「そうやって、素直に言葉にしてもらえると、すっげー嬉しいかも。悠人ってあんまり気持ちとか言わないじゃんか」
そうなんだ。
黙っていても、相手に気持ちは伝わらないと、良く母に怒られる。
言葉がすべてじゃないけれど、言わないよりは言った方がわかりやすい。
それは分かっているんだ。
けれど、それが苦手で、嫌でも言わずに我慢するって事が過去にたくさんあった。
良く言えば協調性があるけれど、ただの自己主張が出来ない流されやすいダメなやつだ。
「俺、悠人が不安にならないように、ちゃんと言葉で気持ちを伝えていくからさ、悠人も遠慮しないで、せめて俺だけには何でも言って?」
そうじゃなきゃ、良いと思ってどんどん引っ張ってって、悠人のストレスためてしまうかもしれないから。
と瑞樹が言った。
「うん、頑張ってみる。じゃあ瑞樹、僕……瑞樹とキスしたい」
早速気持ちを口に出す。
「気が合うな。俺も今、そう思ったところ」
ふんわり優しいその感触に、すぐに気持ちが良くなる。
抱きしめられて、僕は思ったんだ。
きっと今この瞬間、僕以上に幸せなやつはこの世にいないんだって事。
それくらい満たされていた。
瑞樹のために、僕はやれる事は何でもしたいと思う。
その努力は少しも苦にならない。
瑞樹と続けていくための大切な事なんだって分かるから。
瑞樹が好きって言葉だけは、何があっても伝えていきたい。
瑞樹のトナリに、ずっとずっといるために。




