【続編5話目】先輩に看病してもらったことを話したあと
放課後、部活で瑞樹に会った時
「さっきはごめんな」
と先に謝られてしまった。
「謝らなくていいよ。僕こそごめん」
「悠人だって、謝らなくてもいいんだよ」
瑞樹はさっきより、いくらか明るい笑顔で、僕に言ってくれた。
そのときふいに女の子たちの黄色い声が聞こえた。
見ると、木原先輩が、部長と打ち合っているところだった。
「キャーキャー騒ぎやがって、女ってうるせーよな」
瑞樹は僕に向かって苦笑いをちょっと寄越してから、すぐに素振りを始めた。
そう言う瑞樹の事だって、見ている女子がいるんだよ。
チラッと向こうに目をやると、数人の女の子が瑞樹を見ているのが分かる。
「あのさ、瑞樹」
僕は瑞樹に目を戻した。
瑞樹が何を思っているのか、やっぱり気になる。
僕はおそるおそる聞いてみた。
「なんかあった?」
「なんかって何?」
「瑞樹、いつもと違う気がする。僕じゃあ頼りないかもしれないけど、悩みとかあるなら話して欲しいんだ」
ラケットを振る瑞樹の手が止まった。
「俺、変かな」
「うん。イライラしてるって言うか、考えてるって言うか……そんな感じがする」
「そっか。ダメだな。俺すぐ態度に出ちゃうんだな」
瑞樹は小さく笑って肩をすくめた。
「今、部活中だから終わってから話そう」
再び素振りに戻った瑞樹を、僕はずっと見ていた。
話ってなんだろう。
聞きたいような聞きたくないような、何だか嫌な予感がしていた。
「えっと、照り焼きバーガーと、チキンバーガーと、ベーコンレタスもつけて。それと、コーラとポテトのL」
「瑞樹、そんなに食べるの?」
帰りにマックに寄っていた。
やけ食いかと思うくらいの注文の量だ。
「部活の後は、腹が減るだろ? 悠人、何頼む?」
「僕、ベーコンレタスバーガーと、えっと……アイスティでいいや」
瑞樹は、それだけでいいのかって言ったけれど、いいんだ。
「もっと食わねーと、大きくなんねーよ」
わかってるけど、食べられないんだ。
「ま、悠人は小さいのが可愛いからな」
ハハハと瑞樹は笑って、先に席に座る。
瑞樹の前に座って、ハンバーガーの包みをガサガサ開けていると、ついたての向こう側から、女の子たちのおしゃべりが耳に届いた。
「かっこいいよね、長瀬瑞樹」
僕と瑞樹は顔を見合わせた。
「ホントホント。超イイよー」
「あれこそ王子様だよ。王子様!」
「けど、ちょっと背が足りなくない?」
「ええー、いいじゃん。顔小さいし、バランスいいよ」
瑞樹は嫌そうな顔をすると、僕に顔を近づけて小さな声で言った。
「勝手に人の噂してんじゃねーよって、ここから顔を出したら、びびるかな」
「やめようよ。騒がれて店の人に、迷惑がかかるよ」
「だよな」
瑞樹は席に座り直して、ポテトを口に入れる。
「悠人も食う? ポテト」
あーんして? と言って瑞樹が僕の口元にポテトを差し出す。
「こんな場所で、まずいよ瑞樹」
「いいからいいから。誰も見てない。ほら、口開けろよ」
無理やりポテトを突っ込まれた。
「それより、瑞樹にいつもくっついてるの、いるじゃん?」
女の子の声に、再び耳をすました。
「あれ、なんて名前だっけ」
「悠人でしょ? 和泉悠人」
ドキンとした。僕の話だ。
まさか僕の噂までされるなんて。
「瑞樹と仲良くて、なんかうざいよね」
「そうかな。結構可愛いじゃん、あの子」
「可愛くないよ。何かボーっとしてるただのチビじゃん」
女の子の言葉に、ぐっさり傷ついた。
「木原祥司も悠人の事、可愛がってる感じしない?」
「あー、するする。生意気だよね、苛めてやろっか」
瑞樹をチラッと窺い見ると、顔がメチャクチャ怒っている。
ヤバイ、かもしれない。
「行こうぜ、悠人」
わざと大きな声で瑞樹は言うと、乱暴に席を立って、女の子たちの方をギロリと睨みつけた。
「おまえら、噂話は本人のいねー所でしやがれっ」
あー、言っちゃった。女の子たちは驚いて言葉も出ない様子。
「言っておくけどな、おまえらなんかより、悠人の方が百億倍も、いや一兆万倍も可愛いんだからなっ」
瑞樹……それって小学生みたいな反撃だよ。
と思いつつ、僕はそばでドキドキしながらうつむいていた。
「悠人になんかしやがったら、女でも容赦しねーからな。覚えとけっ」
一喝すると瑞樹は、僕の手をぎゅっと握り締めると、騒然となってしまった店内を、手をつないだまま出て行った。
話をするためにマックに寄ったけれど、話さないまま出てきてしまった僕たちは、通り道にあった小さな公園のブランコに、二人で並んで座った。
「悠人、あんまりあいつと仲良くすんなよ」
「あいつって、木原先輩……だよね」
「他のやつの目にも、仲良さそうに見えてんじゃん。嫌だな、俺」
「……うん。そうだよね」
「拘りすぎかなって思うけどさ、あいつ、悠人にしょっちゅう構うじゃん? 悠人もいろいろ相談してるみたいだし。俺、ダメなんだよな。悠人となんっかあるんじゃねーかって、きりがないくらい疑ってしまう」
「もしかして瑞樹、先輩のことで……悩んでた?」
「悠人、あいつと何かあった?」
やっぱり、その事だよね。どこでバレたのかわからないけれど、瑞樹は知ってるんだ。
「優菜に聞いたんだ。俺が病気で見舞いに来てくれた時、悠人が学校で倒れたって……で、あいつが悠人の看病したんだろ」
そうか。優菜が話したんだ。
「うん……。先輩が、看病……してくれた」
どうしよう、どうしよう。
「悠人、そのこと、言ってくれないじゃんか。言えないのか、言う必要ないと思ってんのか、どっちだろうとか、ずっと悩んでた」
瑞樹にじっと顔を見つめられて、目を合わせているのが辛くなった僕は下を向いた。
何もないよ、看病してもらっただけだよって、言うだけでいいんだ。
本当のことを話さなくたっていいだろう。
そう思う反面、隠しといて後で知られたらどうしようとか、もしかして知っているのかも、知っていて試されてるんじゃないかとも思うと、言葉が出てこない。
「そんな態度されたら、なんかあったって疑うよ?」
「ごめん、瑞樹」
「……嫌だな、謝るわけ? 何もないよっては、言ってくれないわけ?」
悲しそうな声を、瑞樹は出した。
そしてすぐにブランコを降りると僕の目の前に立って顔を覗き込んできた。
「何かあったってさ、額に手を当てられたとか、最悪、手を握られたってくらいだろ?」
答えられなかった。
「あいつが弱ってる悠人につけこんで、触ったりした?」
「触られは……したけど」
「どこ触られた? 顔? それとも頭とか……手とか?」
場所までは言えない。
「……ごめん。瑞樹、僕……熱が高くて……良く覚えてないんだ」
やっと、それだけ言えた。
瑞樹は何か考え込むように、じっと足元を見ていた。
どれくらいそうしていたのかはわからないけれど、顔を上げたらもう、辺りは薄暗くなっていた。
「帰ろう悠人」
瑞樹に手を取られて、ブランコをおりた僕は、すぐに引っ張られ、瑞樹の腕の中に抱き込まれる。
「瑞樹、誰かに見られるよ?」
こんな公共の場で、男同士で抱き合っていたら、変に思われる。
「いいよ、見られたっていい。なんだったらこの場で俺たち付き合ってるって大声で言ったっていいくらいだもん」
いくらなんでも、そんな恥ずかしい事はしないだろう。
「俺、悠人を好きになって、付き合えて嬉しいよ。家族にも学校のみんなにも言いたいくらい。変だとか思わない」
瑞樹が、そんなにまで僕を想ってくれていることが、嬉しいと思った。
僕は、周りの偏見とか、世間体とかが、やっぱり気になってしまって、瑞樹ほどにはこの関係を堂々と受け入れられてはいないんじゃないかと思った。
瑞樹と出会ってから今日まで、瑞樹の僕を思ってくれる気持ちに、僕はちっとも追いつけない。
これからも、このまま瑞樹に甘えているだけでいいんだろうか。
瑞樹の隣に僕がいてもいいのだろうか。
僕は瑞樹の体をそっと両手で押しやった。
「悠人、嫌だった?」
僕はうつむいたまま、首を横に振った。
「ここじゃ、恥ずかしい? 人の目が気になる?」
「……それも、あるけど、僕……何か……」
うまく言葉が続かない。
言いたい事をどうして僕ははっきりと伝えられないんだろう。
どうして、こんなに情けないんだろう。
「ごめん、瑞樹。僕帰るねっ」
言い捨てて、瑞樹を残して、僕は逃げた。
「悠人っ!」
瑞樹の声が追ってきたけれど、僕は無視して走り続けた。




