【続編3話目】瑞樹に隠し事ができてしまった
逃れなきゃいけないのに、逃れられない。
何も食べていないから力が入らないのか、それとも頭で思うほど、体は嫌がっていないのか、わからなかった。
意識が朦朧としてきた。
先輩はなかなか僕を離してくれなかった。
気付いたときには、先輩の姿はなかった。
部屋は暗く、家の中もしんと静まり返っている。スマホに手を伸ばし、時間を確かめると二時だった。
「……夢……?」
僕は夢を見ていたのだろうか。だったらいいけれど。
思い出して体がカーッと熱くなる。先輩の手の感触や、唇に残る感じは、夢にしてはリアルに思い出せる。
……夢なんかじゃない。たぶん、きっと現実。
僕は先輩とキスをした。
そして、それから先もたぶん……。
「どうしよう……」
どうしてこんな事になっちゃったんだろう。あまりにも展開が速すぎて、頭がついていかない。
だけど悩んだところで、事実を消せないことくらい分かる。
悶々と悩んで眠れなくなった僕は、次の日も学校を休んだ。
夕方になって、学校から帰って来た優菜が顔を出した。
「お兄ちゃん、具合どう?」
「……最悪」
「ホントに? しつこい風邪だね。瑞樹くんも大変みたいだったよ」
「……見舞い、行ったんだろ。先輩に聞いた」
ベッドから起き上がって優菜を見た。
「……なんか、怖いよ、顔」
優菜は何も悪いことをしていないのに、僕の優菜を見る目はキツイみたいだ。
「だから、最悪なんだって。気分悪いんだよ」
「ごめん。じゃあ、寝てて」
瑞樹の様子が知りたかったのに、優菜を追い払うみたいになってしまった。
ようやく体の調子も普通になって、僕は翌日から学校に言った。
と言っても明日は土曜で休みなんだ。一日頑張ればいいだけだ。
バスに乗ると、瑞樹がいた。
「瑞樹」
もういいのか?
と聞くと、悠人も復活?
と笑顔で返される。
「うん。まあまあ」
瑞樹の笑顔が、あまりにキラキラして見えて、僕は直視するのがためらわれた。
先輩とあんなことになってしまって、瑞樹にバレたらどうしようとか、こんな僕なんかもう、瑞樹と付き合っていちゃダメだ、とか思った。
いつもなら楽しいはずの瑞樹との時間が、今日はとてもつらかった。
「部活どうする?」
ふいに瑞樹に聞かれて、飛び上がりそうにドキンとした。
部活と聞いて、木原先輩を連想してしまうなんて。
「病み上がりだし、休んじゃう?」
「そうだね。来週になれば、元気になるし、……無理してまた熱が出たら大変だからね」
必死で必要以上に言い訳している気がした。
「そうしよう、そうしよう。じゃあ、帰りにマック寄り道しようぜ」
瑞樹は何も知らない。
先輩が言わないでいてくれて、僕が黙っていればきっとばれることはないだろう。
普通にしよう。
普通にして怪しまれないようにしておかなきゃいけない。
「今日は泊まり、どうする?」
ハンバーガーを頬張りながら瑞樹が聞いた。
今日は週末だ。
普通ならここで、「うん、行く」とうなずくところだけれど、どうしようかな。
「そりゃあ行きたいけど」
「来たいなら、来いよ。俺は悠人に来て欲しい」
瑞樹の目を見たら「来て来て」と訴えているように見える。
瑞樹は僕しか見ていない。
なのに優菜のことを疑って、先輩につけ込まれたんだ。
隙を見せたのは僕、悪いのは僕なんだ。
「……今日は、やっぱりやめとく。本調子じゃないし」
来週は行くから。
と言って瑞樹に納得してもらった。
今日はまだ無理だ。
先輩との記憶が生々しすぎて、きっと変な風になってしまう。
早く忘れなくちゃ。
そう思っていたのに、夜遅くに先輩が僕を訪ねて来た。
会いたくなかったけれど、優菜が応対して、部屋にあげてしまったので、逃げられなかった。
先輩はじっとうつむいたままで、居心地悪そうにしている。
あんなことがあったんだ。僕だって気まずい。先輩の目が見れないよ。
だけど、このまま黙っているのもつらかった。この重い空気に、窒息しそうだ。
「この前は、看病してもらって……」
ありがとうございました。
とお礼を言ったら、先輩がやっと顔を上げてくれた。
「……怒って……ないのか?」
先輩の、物凄く切羽詰ったような顔を見てしまったら、怒っているとは言えなくなった。
実際、怒っていると言うのとは微妙に違う。
「正直、びっくりしました。困っていると言うか、瑞樹に知られるのが怖いです」
言葉で気持ちを伝えるのは難しい。
「長瀬と妹の事は、勘違いだったんだろ?」
「たぶん。疑う理由がないし、瑞樹をやっぱり信じていたいから。変な風に考えた僕がバカだよなって反省してます。そのせいで、先輩の気持ちを揺らしてしまったんだと思うと、逆に……ごめんなさい」
思っていることが、言葉でそのまま伝わるとは思っていない。
思っても見ない解釈をされてしまうことだってある。
僕なりに言葉を選んで、先輩が傷つかないように言ったつもりだけれど、ちゃんと伝わっただろうか。
瑞樹を好きになって、人を好きになるという気持ちを知ったからこそ、先輩の気持ちも少しわかる。
冷たくされたら傷つくし、逆に優しくされると期待する。
「悠人と、長瀬がうまくいってるなら、僕の入る隙はないんだって分かってる。確かに弱っている悠人の気持ちにつけ込んだって言うのは間違いない。だから、悠人のせいじゃない、謝らなくてもいいよ、悠人」
学校には女の子がたくさんいるというのに、どうして僕は男に好かれるんだろう。
瑞樹だって先輩だって、かっこよくて女の子に人気があるのに、どうして男の僕が好きなんだろう。
「もう、あんなことはしない。しないって約束するから悠人、僕を嫌わないで欲しいんだ。相談でも何でも乗るからまた……僕に頼って欲しい」
わかりました、と勢い良くうなずけない。
気持ちは引きずったまま、僕がそばにいたら、余計つらいんじゃないだろうか。
好きな相手に、好きな人の相談を受けるって、きっと物凄く辛いことなんじゃないかな。
だけど、それでもそばにいたいって気持ちも分かる。
「また、部活でお世話になります」
結局、それしか言えなかった。
先輩の見送りに、玄関の外について出ようと靴を履いたとき、リビングから優菜が顔を出した。
「もう帰っちゃうんですか」
もう少しゆっくりしていけばいいのに、と優菜が言った。
「せっかくですが、もう遅いので」
先輩は、いつも女の子たちに笑いかけている同じ笑顔で優菜に言った。
「じゃあ、また遊びに来て下さいね」
優菜に見送られながら、先輩について外に出ると、先輩が僕をじっと見つめる。
「また、来ても……いいのかな」
優菜の社交辞令だとは思ったけれど、ダメですよとも言えないので
「どうぞ、いつでも」
と笑って答えた。
「優菜ちゃんに、よろしく」
先輩の姿が曲がり角に消えてから家に戻った僕は、リビングに顔を出し、優菜を呼んだ。
「先輩が、優菜によろしくだって」
「ほんと? また来てくれるかな」
「先輩、カッコイイだろ。惚れるなよ」
ホントは、惚れてくれてもいいかもしれないと、ちょっとだけ思った。
「彼女、いるよね」
あれ、意外にその気?
「瑞樹じゃなかったの?」
「瑞樹くん? どうして?」
「気があってるみたいだったから、優菜は瑞樹なのかなって思ったんだ」
優菜はちらっとリビングを振り返る。
そして、僕の腕を掴むと、
「上に行って話そう」
と強引に引っ張る。
ここでは話せない話をするということだろう。
僕は内心、ドキドキしていた。
優菜が瑞樹をどう思っているのか、聞けるかも知れない。




