【続編2話目】お見舞いに来た、木原先輩がヤバい
「長瀬のやつが、和泉が今にも死にそうだって言ってたから、心配だったんだ」
瑞樹も同じテニス部員だから、先輩に話していても不思議じゃない。
先輩は、僕と瑞樹が付き合っている事を知っている。
「今日、病院に行ってきたから平気です。明日には行けると思います」
あがってもらおうかどうしようか、迷った。
「あれ、お兄ちゃん。お友達?」
優菜が顔を出した。
「あ、妹です。妹の優菜。こちら、部活の木原先輩」
「いつも兄がお世話になってます。今日はわざわざどうもありがとうございます」
優菜は丁寧に挨拶を済ませてから、キッチンに行った。
「そっくりだな」
「双子なんです」
「へえ、そうだったのか」
先輩は、少々驚きながら優菜が消えたキッチンの方を見ていた。
「あの、良かったらあがりませんか? 瑞樹も今来てて……」
せっかく来てくれたんだし、ここでさよならって言うのは失礼かと思ったんだ。
「あ、いいよ。今から塾なんだ。行くついでにちょっと寄ってみただけだから」
また明日な、と言って帰っていく先輩を、受験生は大変だなーと、人事のように僕は思いながら先輩を見送った。
玄関のドアを閉めた時、ちょうど優菜がキッチンから戻ってきた。
コーヒーカップとバタークッキーを乗せたトレイを持っている。
それは、ちょうど二人分で、きっと瑞樹と優菜のだ。
僕の分はない。
「さっきの人、帰っちゃったの? あがってもらえば良かったのに」
優菜はせっかくコーヒー淹れたのにな、とつぶやいた。
二つのコーヒーは、瑞樹と先輩の分だったって事? 嫌だな、僕ってすごい被害妄想。
「僕が飲むよ」
言って優菜の手から、トレイを奪うように取り上げる。
「瑞樹と話があるんだ。ちょっと二人にしてくれないかな」
「あ、うん。わかった」
優菜は少し、寂しそうな顔をしたけれど、すぐに納得して、引いてくれた。
部屋に戻ると、瑞樹が顔を上げ、笑って茶化す。
「長いトイレだったな。腹の具合まで悪いのか」
「そうじゃない」
瑞樹は心配で言ってくれているのに、つい、言葉がぶっきらぼうになる。
「下に下りたら、ちょうど木原先輩がお見舞いに来てくれて、話していたんだ」
先輩にもらったコンビニの袋を、瑞樹に見せた。
「ふーん。あいつ悠人の事、心配してたからな。で、もう帰ったの?」
「帰ったよ」
僕は答えてベッドに横になる。
「また、熱が出て来たんじゃねーか?」
すぐに心配そうに、瑞樹が額に触れてくる。
だけど僕は、瑞樹の手を避けるようにして、瑞樹に背を向けた。
「少し、眠る」
僕はギュッと目を閉じた。
「そうだな。無理しないほうがいい。じゃあ俺、そろそろ帰るよ」
「うん。来てくれてありがと」
ホントは泊まって欲しかった。
そばについててもらいたかったけれど、我儘だよね。病気の看病なんて、無理に頼めない。
瑞樹が部屋を出て行ってからすぐ、僕は窓から下をのぞいた。
ここからなら帰ってゆく瑞樹を見送れる。けれど瑞樹はなかなか出てこない。
お母さんや優菜と、話でもしているのかな。
そう思っただけで、また、嫌な感情が心を侵していって、自己嫌悪に陥った。
朝の気分は悪くなかったので、僕は登校の準備をして、家を出た。
バスに乗って瑞樹を探す。
いつもの時間、いつも同じバスで登校しているから、瑞樹とバスの中で待ち合わせるのが日常なんだけれど、今朝瑞樹の姿は見えなかった。
変だな、と思っていると、
『悠人、具合どう? なんと俺、熱が出たから今日は休むよー。キスしたからうつったんだねーアハハ(笑)』
なんて文面のLINEが瑞樹から届いた。
『僕は元気。今バスの中。帰りにお見舞いに行くね』
と返信してから小さくため息を落とす。
会えない事に少しがっかりしながらバスに揺られる。
完全な体調じゃなかったからだろうか、途中で気持ち悪くなり、バスが学校前に着くなり、僕はトイレへ走りこんだ。
ほとんど何も食べていなかったので、吐いても出るものがなくて、余計に辛かった。
「胃が痛い……」
僕は胃薬をもらおうと思い、胃を押さえながら、よろよろとした足取りで、保健室へ直行した。
「和泉、おまえ顔が真っ青だよ」
「あ、先輩……」
偶然、昇降口で木原先輩に出会い、心配した先輩は保健室まで付き添ってくれた。
「寝てた方がいいんじゃないか? 無理して出て来たんだろ」
大丈夫です。とは言えなかった。
自分の体が普通じゃないことくらい自分でちゃんと分かる。
先輩に言われるまま、ベッドに寝かせてもらった。
すでに頭がボーッとしていたので、すぐに目を閉じる。
目を閉じると、余計クラクラした。
「悠人、寒いのか?」
「……かも……」
背中がぞくぞくしている。
この感じは、熱が上がるって言うサインだ。
「帰った方がいいんじゃないか?」
ちょっと待ってろ、と言って先輩が向こうへ行ってしまうと、少し心細くなったけれど、先輩はすぐに保健の先生と一緒に戻ってきた。
「家の人に連絡する? 迎えに来てもらった方がいいわね」
「誰も……いません」
母は今日、美容室に予約していると言っていた。
僕が休むならキャンセルすると言っていたけれど、きっと今頃、出かける支度をしているはずだ。
「あいつはどうした、長瀬。こんな時なのにいないのか?」
「……僕、瑞樹に風邪うつしちゃって、今日は……休んでます」
「そうか。じゃあ、僕が送って行こう」
先輩が申し出てくれたけれど、授業があるし、そこまで迷惑をかけられない。
意識が朦朧としてしまって、何が何だかよくわからないうちに、気付いたら僕は車に揺られていた。
「あれ……」
少し身じろぐと、誰かの膝枕で寝ていた事に気付く。
「寝てろ」
先輩の声だった。
ここはたぶんタクシーの中だ。
先輩が僕の家まで送ってくれているんだって悟った。
頭を撫でられているうちに、またうとうととしてしまい、再び気付いたときは自分のベッドの中だった。
「気付いたか。よく眠ってたな、薬が効いたんだろう。熱も下がってる」
いつの間に薬なんか飲んだんだろう。それに、パジャマに着替えていた。
「先輩が……薬とか着替え、してくれたの?」
「勝手に脱がせたなんて知られたら、長瀬に半殺しだな。けど緊急事態だから許してくれるかな」
冗談めかして先輩は言ったけれど、瑞樹には言わないほうがいい。あれで瑞樹はかなり嫉妬深いんだ。半殺しもあり得る。
「先輩、今……何時?」
「ん? えっと、もうすぐ五時だな」
「五時……。先輩、学校は?」
「緊急事態につき、自主休校にした」
先輩は、さっきお母さんが帰ってきたことと、優菜も様子を見に来たことを教えてくれた。
「優菜ちゃんだっけ。あの子、長瀬が病気だって教えたら、見舞いに行っちゃったよ」
相変わらず長瀬はモテるねー、と先輩が笑ったけれど、僕は笑えなかった。
「……優菜、きっと瑞樹が好きなんだ。瑞樹も優菜とは良くしゃべるんだ。楽しそうに笑う。女の子とほとんどしゃべらないのに、優菜は特別なんだ。僕、もしかしたら優菜の身代わりにされてるのかもしれない……」
どこまでもマイナス思考になってゆく。落ち込みが止まらない。
「余計なこと、考えるな」
先輩がティッシュを数枚引き抜き、僕の目元を拭った。僕、泣いてる?
「長瀬がおまえしか見てないのは、僕の目にも明らかだ。けど、もし僕の目に狂いがあって、思ってもみない結果になってしまったとしても」
僕がいる。と先輩は言った。
「長瀬に振られたら僕の所に来ればいい」
「先輩?」
「弱っている時に付け込むようだが、僕はまだおまえが好きだよ。隙さえあれば、長瀬から奪いたいと思ってる」
以前先輩は、僕が好きだと言っていた。
だけど、瑞樹と付き合ってからは、僕と瑞樹を応援してくれていた。
もう、とっくに僕に対してそんな感情は残ってないと思ってたんだけど……。
「冗談は……やめてくださいよ」
冗談なんかじゃないって事は、先輩の目を見れば分かった。
だけど、困る。
「興味半分なら……やめてください」
言いながら、また目元が熱くなった。
「泣かないでくれないか。おまえに泣かれると弱い。どうしようもなくなる。可愛くてたまらなくて、守ってやりたくなる」
先輩が僕の前髪をかき上げる様にして、顔を近づけて来る。
「悠人、好きだよ」
「……ダメ、せ……」 小さい抵抗は、すぐに押さえつけられる。




