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黒鉄の咆哮と、血の平原


「……マガジン、ラストだ!」


 ジャックは背後の岩に身体を預け、P90の空になったマガジンを叩き落とした。最後の予備マガジンを装填し、ボルトを引く。乾いた金属音が虚しく響いた。



 平原の空気は、硝煙と草の匂い、そして濃厚な血の臭いに支配されていた。


 岩陰から僅かに顔を出すと、銀色の甲冑を纏った「兵士」の波が、左右から包囲するように迫っているのが見えた。三十メートル、いや、もう二十メートルもない。彼らの掲げる槍の穂先が、午後の太陽を反射してぎらぎらと輝いている。


「ジャック、こっちも限界よ!」


 隣でM4を構えるクロエが叫ぶ。彼女の頬には、跳ね返った土と返り血がこびりついていた。強襲班の生き残り二名も、負傷した仲間を庇いながら必死にハンドガンで応戦しているが、そんなものは気休めにもならなかった。


 ジェイソンの死体が、すぐ近くの草むらで冷たくなっていくのが視界の端に入る。


(……ここまでか)


 ジャックは奥歯を噛み締めた。ゾンビに埋め尽くされた地球を脱出し、ようやく辿り着いた新天地が、これほどまでに野蛮で、これほどまでに容赦のない場所だとは。


 帝国兵たちの目が、獲物を追い詰めた獣のようにぎらついている。彼らの指揮官らしき男が、勝ち誇ったように剣を振り上げ、最後の一押しを命じようとした、その時だった。


 背後のゲート——青白い「水面」が、内側から爆発するかのように大きく波打った。


『——ジャック、伏せろッ!!』


 耳元の無線から、ヴィクター・ヴァンスの鼓膜を破らんばかりの怒号が響く。


 ジャックは反射的にクロエの首根っこを掴み、地面へと押し倒した。


 ズドォォォォォォンッ!!


 大地を揺るがす地響きと共に、ゲートを突き破って「それ」が現れた。


 ディーゼルエンジンの重低音。キャタピラの軋む音。


 財団極東支部が誇る、M551シェリダン空挺戦車。


 アルミ合金製の無骨な車体が、ゲートのサイズを削らんばかりの勢いで飛び出してきたのだ。一両、そして二両。


「な……なんだ、あれは……!?」


 突撃の歩を止めた帝国兵たちの動揺が、空気を通じて伝わってくる。彼らにとって、それは馬も繋がれずに自走する「鉄の怪物」に他ならなかった。


 シェリダンの砲塔が、滑らかな、しかし冷酷な動きで旋回した。


 短砲身の152mmガンランチャーが、密集する帝国軍の中央を真っ向から見据える。  


 ダァァァァンッ!!


 鼓膜を叩き潰すような発砲音。


 放たれたのは、対人用のM625キャニスター弾——いわば、戦車砲サイズの巨大な散弾だ。


 砲口から放たれた数千発の金属球が、音速を超えて帝国軍の陣形を「薙ぎ払った」。


 それは戦闘というより、巨大な彫刻刀で肉の塊を削り取るような光景だった。ザイラスが指揮を執っていた中央部一帯が、一瞬にして赤い霧と化す。盾も、鎧も、鍛え抜かれた肉体も、一ミリの抵抗もできずに粉砕された。


「ひ、悲鳴すら上げられねぇのかよ……」


 地面に伏せていた警備班の隊員が、呆然と呟く。


 続いて、砲塔上部に据え付けられた12.7mm重機関銃(M2ブローニング)が、断続的な咆哮を上げ始めた。


 ズド・ド・ド・ド・ド!


 親指ほどもある巨大な鉛玉が、逃げ惑う帝国兵の背中を、盾ごと、鎧ごと、文字通り「引き千切って」いく。  


 一方的な蹂躙だった。


 銀色の鎧に身を包んだ「正規軍」の誇りは、理解不能な破壊力の前で木っ端微塵に砕け散った。


「悪魔だ! 鉄の悪魔が現れたぞ!」


「逃げろ! 森へ逃げろォォォッ!!」


 武器を捨て、盾を放り出し、我先にと背を向ける帝国兵たち。彼らの背後から、シェリダンの機銃が容赦なく土煙と血飛沫を跳ね上げ、平原を死の静寂へと変えていった。


 数分後。


 聞こえるのは、シェリダンのアイドリング音と、風が草を揺らす音だけになった。


 ジャックはゆっくりと立ち上がり、煤けた顔で戦車を見上げた。ハッチから身を乗り出した戦車兵が、無言でサムズアップを送ってくる。


「……助かったぜ、ボス」


 ジャックが無線に向かって呟くと、ヴィクターの重々しい声が返ってきた。


『有線通信越しの銃声を聞いてな。神殿に待機させていた予備戦力を突っ込ませた。……ジャック、被害を報告しろ』


「……ジェイソンが戦死。警備班のマシュウとアイダが負傷。強襲班の一名も重傷です」


 ジャックは、血だまりの中に転がっているジェイソンの遺体を見つめた。傲慢だった男の顔は、今はただの物言わぬ肉塊だ。


 クロエがふらふらとした足取りで歩み寄り、ジェイソンの首に刺さっていた矢を引き抜いた。


「ジャック……これ、見て」


 彼女が差し出した矢は、粗末な木製で、羽も不揃いなものだった。


「さっき突撃してきた連中の装備……あの銀色の鎧や、立派な長剣とは、明らかに作りが違うわ。これ、使い捨ての兵士に持たせるような代物よ」


「ああ」


 ジャックは、足元に転がっていた帝国士官のものと思われる長剣を拾い上げた。刃には美しい彫刻が施され、柄には宝石が埋め込まれている。


「最初の狙撃……ジェイソンを殺したのはゲリラか、あるいは奴らに隷属させられている連中だ。そして、後から来たのが本隊。……ここはただの無人の野じゃない。階級があり、軍隊があり、明確な意志を持った『文明』がある」


 ジャックは拾った長剣を力任せに地面に突き刺し、ゲートの向こう側に広がる神殿——そしてその先の孤島へと続く通信機を取った。


「ボス。生存可能な環境を確認しました。ですが、ここは楽園じゃありません。……戦場です」


 ジャックの視線の先、森の奥へと続く平原には、帝国兵たちの死骸が点々と転がっている。


「これより、ゲート周辺の安全を確保し、本腰を入れて前線基地(FOB)を構築します。……俺たちが生き延びるために、この土地を奪い取る」


 ゲートから、続々と増援の隊員たちが資材を抱えて現れる。


 平和な平原は、今この瞬間、財団極東支部の「最前線」へと変貌を遂げた。



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