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静寂のハブと、並び立つ門



 太平洋の孤島、Artifact-1453。

 ジャングルを切り開いた盆地の中央で、巨大な石の枠にはめ込まれた「水面」が、青白い光を放ちながら静かに波打っていた。

 重力を無視して垂直に立つ液状の膜は、その向こう側に別次元の空間を隠している。


 門の前に設営された前線テントの中では、数台のモニターが稼働していた。


「ドローン、ゲートに進入する。映像フィード安定。有線ケーブルのテンション問題なし」


 考古学者のハル・フォスターが、手元のコントローラーを操作しながら報告する。


 モニターには、小型ドローンが青白い膜をすり抜けた直後の映像が映し出されていた。砂嵐が数秒走った後、クリアな映像が結ばれる。


「……どうやら、外じゃないな。巨大な建造物の内部だ」


 ジャックがモニターを覗き込みながら呟いた。


「大気成分はどうなってる?」


「窒素七十八パーセント、酸素二十一パーセント。地球とほぼ完全に一致しています。ただし、大気中の塵や微生物が極端に少ない。まるで巨大な無菌室クリーンルームですね」


 ハルが興奮を抑えきれない声で答える。


「温度も安定しています。生身での活動に支障はありません。ボス、先遣隊の投入許可を」


 テントの奥で腕を組んでいたヴィクター・ヴァンス支部長が、短く頷いた。


「許可する。ジャック、作戦通りに行け。未知の病原菌やトラップの可能性は排除しきれん。ガスマスクと環境センサーは外すなよ」


 数分後、門の前に十二名の隊員が整列した。


 先陣を切るのは、ジャック率いる極東支部の警備第1班(四名)。


 後方を固めるのは、ハルを含む調査班(四名)。


 そして、その間を挟む火力支援として、本部直轄の強襲班(四名)が配置されていた。



「極東支部の連中がポイントマン(先頭)だと? 冗談じゃない」


 強襲班の隊長であるジェイソンが、不満げに鼻を鳴らした。筋骨隆々で、最新のタクティカルギアに身を包んだ男だ。


「俺たち本部直轄チームが先頭を行くべきだ。お前らのような田舎の警備員に、ファースト・コンタクトの指揮が執れるのか?」


 ジャックはP90の安全装置を外し、ジェイソンを一瞥した。


「ここは極東支部の管轄だ、ジェイソン隊長。本部のエリート様は、俺たちの背中を撃たないようにだけ気をつけてくれ」


「チッ……」


 ジェイソンが舌打ちをする横で、同じ班に組み込まれたクロエ・ナギが、呆れたようにため息をついた。


「無駄口を叩いている暇はないわよ、隊長。行こう、ジャック」


「ああ。総員、ガスマスク装着。突入する」




 ジャックは小さく息を吸い込み、青白く波打つ「水面」へと足を踏み入れた。


 ——奇妙な感覚だった。


 冷たいゼリーの壁をすり抜けるような抵抗感があったが、身体は一切濡れていない。視界が一瞬だけ青い光に包まれ、次の瞬間、ブーツの底が硬い石の床を踏みしめていた。



「クリア。後続、進め」


 ジャックが無線で合図を送ると、次々と隊員たちが門を抜けて現れた。




 彼らが足を踏み入れたのは、途方もなく巨大なドーム状の空間だった。天井は遥か高く、暗闇に沈んで見えない。照明器具らしきものは存在しないが、壁面や床に刻まれた幾何学的な文様が淡い青色の光を放ち、空間全体を薄暗く照らし出していた。


「……信じられない。まるで神殿だ」


 ハルがガスマスク越しに感嘆の声を漏らす。


 しんと静まり返った空間には、彼らの足音と、呼吸音だけが響いている。敵性生物の気配はおろか、虫一匹、風の音すら存在しない。徹底的に隔離され、保存された静寂の世界だった。



「拍子抜けだな」


 ジェイソンがアサルトライフルを下げ、周囲を見渡した。


「財団の歴史に残る大発見かと思えば、ただの空っぽの遺跡じゃないか。これなら俺たち強襲班の出番は——」


「油断するな」


 ジャックが低い声で遮った。


「ここは数千年間、誰も足を踏み入れていない場所だ。何が眠っているか分かったもんじゃない。ハル、中央の広場へ向かう。ルートの解析を」


「了解。ドローンのマッピングデータによれば、この回廊を真っ直ぐ進めば中心部に到達します」



 十二名の部隊は、警戒を解かぬまま巨大な回廊を前進した。


 やがて、彼らの視界が開けた。


 ドームの中心部に位置する、巨大な円形の広場。


 そこに到達した瞬間、ハルが息を呑み、ジャックもまた足を止めた。


「……おいおい。マジかよ」


 ジャックの呟きが、静かな広場に吸い込まれていく。


 広場の外周に沿って、彼らが通ってきたものと全く同じ形状の「石の枠」が、等間隔に並んでいたのだ。



 その数は、全部で八つ。



 彼らが通ってきた「孤島」へ繋がる門の他に、六つの門がすでに青白い「水面」を波打たせており、開かれた状態になっていた。



 ただ一つ、正面の最奥に鎮座するひときわ巨大な門だけが、完全に沈黙し、ただの黒い石の枠として佇んでいる。



「ジャック、これは……」


 クロエが銃を構えたまま、信じられないというように周囲を見渡した。


「ここは、ただの遺跡じゃない。中継地点(ハブ)だ」


 ハルが携帯端末を遺跡のコンソールらしき石柱に接続し、震える声で言った。


「この開いている六つの門は、それぞれが別の場所に繋がっているはずです。地球の別の場所か、あるいは……全く別の世界か。我々が通ってきた門は、この巨大な交差点の『出入り口』の一つに過ぎなかったんですよ!」


「全部開いてるってのか? そいつは便利だな」


 ジェイソンが口笛を吹いた。「だが、あの一番奥のデカい門だけは閉まったままだぞ」


「……アクセスを拒否されています」


 ハルが端末の画面を叩きながら顔をしかめた。


「あそこだけは別格です。システムから完全に切り離されているというか……何重ものロックがかかっていて、今の私の機材じゃ、なぜ閉じているのかすら解析できません」


「まあいい、今は開いてる六つが先だ」


 ジャックは背中から伸びる有線通信のケーブルを辿り、マイクのスイッチを入れた。


「ボス、こちらジャック。信じられないものを見つけました。ここは巨大なターミナルです。門は一つじゃない。全部で八つあり、そのうち六つがすでに開いた状態で別の場所に繋がっています」


『……なんだと?』


 ノイズ混じりのヴィクターの声が、明らかな驚きを帯びていた。


「ええ。一つだけは謎のロックがかかっていますが、他の六つはいつでも通れます。どうしますか、調査を続行しますか?」


 数秒の沈黙の後、ヴィクターの重い声が響いた。


『ジャック、よく聞け。孤島こちらの状況は最悪だ。世界中から難民と残存部隊が殺到し、備蓄食料と医療物資が限界に近づいている。このままでは、数週間で島は暴動で崩壊する』


「……」


『ハルに伝えろ。その開いている六つの門の先の環境を調べろ。そして、我々が生き延びるための資源——水、食料、あるいは安全な土地がある世界を見つけ出すんだ。それがお前たちの新たな任務だ』


 通信が切れ、ジャックは静かにマイクを下ろした。


 振り返ると、クロエやハル、そしてジェイソンたちも、不安と期待の入り混じった顔でジャックを見つめていた。


「聞いた通りだ」


 ジャックはP90を構え直し、青白く光る六つの未知の門を睨みつけた。


「世界が終わったからって、休んでる暇はないらしい。ハル、仕事の時間だ。俺たちの新しい『引越し先』を探すぞ」

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