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旧世代の銃声と、嵐の前の静けさ


 Artifact-02(帝国世界)の前線基地——今や「第2ゲート植民地コロニー」と呼ばれるようになったその場所は、ジャックが孤島へ左遷されてからの二ヶ月間で、劇的な変貌を遂げていた。


 見渡す限りの青々とした平原は、巨大な重機によって無惨に掘り返され、幾重にも連なる塹壕と土嚢の防衛線が構築されている。


 ゲートを中心に半径三キロにわたって張り巡らされた有刺鉄線と地雷原。その内側には、数百のプレハブ式仮設住宅が規則正しく立ち並び、孤島(Artifact-1453)から移送されてきた数千人の難民たちが、せわしなく行き交っていた。


 上空には、ローター音を響かせてAH-6リトルバード(ガンシップ型)が哨戒飛行を行い、地上ではM551シェリダン空挺戦車や、重機関銃を搭載したハンヴィーが砂煙を上げて巡回している。


 それはもはや、単なる前線基地ではなく、一つの巨大な「要塞都市」だった。


「——撃て!」


 クロエ・ナギの鋭い号令が、仮設の射撃訓練場に響き渡った。


 ターンッ! ターンッ!


 少し間を置いて、重く乾いた銃声が次々と轟く。


 土嚢の向こう側、二百メートル先に設置された人型の木製ターゲットが、次々と木っ端微塵に吹き飛んだ。


「よし、撃ち方待て。薬室チャンバーを開放し、安全装置セーフティをかけろ」


 クロエが指示を出すと、射撃レーンに伏せていた十数名のダークエルフたちが、一斉にライフルのボルト(遊底)を引き、空になった薬莢を排出した。チャリン、という真鍮の音が土の上に響く。


 彼らが手にしているのは、ジャックがアリアに撃たせたP90のような最新鋭の自動小銃ではない。


 木製の銃床ストックに、手動で一発ずつ弾を装填するボルトアクション方式の旧式ライフル——地球の歴史において、第二次世界大戦頃まで使われていた「M1903」や「Kar98k」に類する、財団の倉庫の奥底で眠っていた旧世代の代物だ。


 本部の『技術を盗まれるな』という厳命と、現場の『圧倒的な戦力不足』。その二つの矛盾する課題を解決するため、極東支部が捻り出した妥協案がこれだった。


 構造が単純な旧式ボルトアクションライフルなら、万が一奪われても最新の自動火器ほどの脅威にはならない。しかし、その有効射程と破壊力は、帝国のクロスボウや中世の弓矢を遥かに凌駕する。


 何より、ダークエルフたちの持つ「狩人としての驚異的な視力と集中力」は、この一撃必殺の狙撃銃と恐ろしいほどに相性が良かった。


「(クロエ! どう!? 私、全部真ん中に当たったよ!)」


 射撃レーンの端から、アリアが弾の入っていないライフルを抱えたまま、嬉しそうに駆け寄ってきた。


 ハルが遺した翻訳データをもとに、クロエもこの二ヶ月でカタコトながら彼らの言葉(古代ラテン語の訛り)を理解できるようになっていた。


「(見事ね、アリア。でも、はしゃぎすぎない。銃口は常に下を向けること。ジャックに教わったでしょう?)」


「(あ、ごめんなさい……)」


 アリアは慌てて銃口を地面に向け、少しだけ耳を伏せた。


「(ジャック……元気にしてるかな。彼がいなくなってから、もう二回目の満月が過ぎたよ)」


「(……そうね。孤島の遺跡で、埃まみれになりながら清掃員でもやってるんじゃない?)」


 クロエはため息をつきながら、アリアの頭を軽く撫でた。


 ジャックが左遷されてから、クロエは極東支部の警備班長として、このFOBの防衛とダークエルフたちの訓練を丸投げされていた。


 元々、本部直轄の強襲班として「命令に従って突入し、敵を排除する」ことだけを叩き込まれてきた彼女にとって、言葉も文化も違う異世界人をまとめ上げ、さらに地球から送られてくる旧軍の混成部隊との調整を行うのは、胃に穴が空くような重労働だった。




「(クロエ隊長。我々の部隊の訓練も終わった。これから第4セクターの偵察任務に出る)」


 背後から、低い声がかけられた。


 振り返ると、戦士長のギルが、使い込まれた旧式ライフルを背負って立っていた。彼の周囲には、同じくライフルと財団から支給されたタクティカルベストを身につけた、数名の熟練のダークエルフたちが控えている。


「(ご苦労様、ギル。……気をつけて。帝国の偵察部隊の動きが活発になっている。深追いはせず、敵の規模と進軍ルートの確認だけを優先して)」


「(分かっている。……だが、旧大陸連邦の残党部隊とは、あまり連携したくないな)」


 ギルは不快そうに顔をしかめた。


「(彼らは我々を『便利な猟犬』か『弾除け』くらいにしか思っていない。昨日も、我々が確保した野営地を横取りしようとして揉め事になった)」


 クロエは頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。


 旧軍の混成部隊——地球の崩壊から逃げ延びてきた各国の残党兵や傭兵たちは、財団の指揮下に入ったとはいえ、決して一枚岩ではなかった。


 彼らの中には、ダークエルフを「中世の土人」や「亜人」と見下し、露骨な差別的態度をとる者が少なくない。ジャックがいれば、持ち前の腕っぷしとハッタリで彼らを黙らせていただろうが、生真面目なクロエの言うことには、面従腹背の態度をとる者が多かった。


「(……すまない、ギル。彼らには私からきつく言っておく。とにかく、何かあればすぐに無線で応援を呼んでちょうだい)」


「(善処しよう。行くぞ、お前たち)」


 ギルは短く頷き、部下たちを率いて森の奥へと消えていった。




   * * *




 訓練を終え、指揮テントに戻ったクロエは、デスクに積まれた報告書の山を見て重いため息をついた。


 テントの外からは、難民キャンプの騒騒しい音が聞こえてくる。重機のエンジン音、物資を運ぶトラックのクラクション、そして、地球の言語とダークエルフの言葉が入り混じった市場の喧騒。


 ゾンビ(感染者)の脅威から遠ざかり、水と食料が安定して供給されるようになったことで、この植民地は急速に「地球の社会」を取り戻しつつあった。


 だが、それは同時に、人間社会の醜い部分が再び頭をもたげ始めたことも意味していた。


「……またか」


 クロエは報告書の一枚を手に取り、眉をひそめた。


 管理部の憲兵隊からの報告。難民や旧軍兵士の一部が、夜間に秘密裏に集会を開き、『地球放棄論』を扇動しているという内容だった。


『滅びゆく地球を見捨て、ゲートを破壊してこの世界を我々のものにしよう。あの野蛮な帝国など、我々の現代兵器の敵ではない』。


 そんな甘言が、絶望から逃れてきた人々の心を少しずつ蝕んでいる。


「人間って、本当に変わらない生き物ね」


 クロエは報告書を机に放り投げ、冷めたコーヒーを口に含んだ。


 共通の敵(ゾンビ)が目の前から消えた途端、今度は自分たちだけで権力と安全を独占しようと画策し始める。財団の管理下でさえこれなのだ。もし本当にゲートが閉じられれば、この植民地は一瞬で内戦状態に陥るだろう。


 それに、彼らは帝国の本当の恐ろしさを知らない。


 ドローンが持ち帰った帝都の航空写真には、数万規模の軍勢が、巨大な攻城兵器と共に集結している様子がはっきりと写っていた。さらに、ギルたちの報告によれば、帝国軍には「魔術師」と呼ばれる特務部隊が存在し、炎や雷を操るという。


 現代兵器がどれほど強力でも、弾薬には限りがある。数万の軍勢が波状攻撃を仕掛けてくれば、この防衛線が突破されるのは時間の問題だった。


「……班長って、本当にしんどい仕事ね」


 クロエは椅子に深く背中を預け、テントの天井を仰いだ。


 ジャックはいつも、飄々とした態度でこの重圧を軽々と背負っていた。彼が前線にいるだけで、なぜか「なんとかなる」と思わせるような、不思議な安心感があった。


 クロエはかつて、彼のそういう「組織の犬」のような無責任さを軽蔑していた。だが、今なら分かる。彼は組織の犬なんかじゃない。絶望的な状況の中で、部下や仲間を絶望させないために、あえて道化を演じていたのだ。


「ジャック……あと一ヶ月もすれば、戻ってくるんでしょうね」


 クロエは、デスクの端に置かれた通信機を見つめながら呟いた。


 ボスがジャックを孤島に幽閉し続けるはずがない。帝国の本格侵攻が迫る中、極東支部で最も実戦経験が豊富な彼を前線に立たせない理由はないのだ。


「戻ってきたら、文句の百や二百、言わせてもらうわよ。あなたのせいで、私がどれだけ苦労したか……」


 クロエの独り言は、遠くで響くリトルバードのローター音にかき消された。


 青空の下、異世界の風が吹き抜ける平原。


 だが、その地平線の彼方からは、数万の鋼鉄の軍靴の音が、確実に、そして無慈悲に近づきつつあった。


 嵐の前の静けさ。


 交差する二つの世界と、様々な思惑が渦巻く中、Artifact-02(帝国世界)は、やがて来る未曾有の激戦の時を、ただ静かに待っていた。



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