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森の狩人と、古き言葉の盟約


 翌朝。Artifact-02(帝国世界)の太陽が昇りきった頃、ジャック率いる混成部隊は前線基地(FOB)を出発し、深い森へと足を踏み入れていた。


 編成は警備班四名(ジャック、クロエ含む)と、ハルを筆頭とする調査班三名の計七名。目的はゲートから約二キロ先にある河川へのルート確保と、水質調査である。


 平原を抜け、木々の下に入ると、空気はひんやりと湿り気を帯びていた。


 地球の原生林に似ているが、植生は微妙に異なる。シダに似た巨大な葉や、発光する奇妙な苔が足元を覆っている。頭上では、鳥とも爬虫類ともつかない甲高い鳴き声が響いていた。


「ドローンの事前マッピングによれば、この獣道を真っ直ぐ進めば川に出るはずだ」


 ハルがタブレット端末を見ながら言う。


「油断するなよ。この森は『彼ら』の庭だ」


 ジャックはP90を構えたまま、鋭い視線を周囲の木々に走らせた。


 進軍開始から約三十分。


 先頭を歩いていたジャックが、ふと足を止め、拳を握って「停止」のハンドサインを出した。


「どうしたの?」


 背後のクロエが小声で尋ねる。


「……静かすぎる。さっきまで聞こえていた鳥の鳴き声が消えた」


 ジャックの感覚は正しかった。森は水を打ったように静まり返り、風が葉を揺らす音しか聞こえない。  その直後だった。


 シュッ、という微かな風切り音と共に、ハルの足元数センチの地面に、黒い矢羽のクロスボウの矢が突き刺さった。


「うわっ!」


「カバーに入れ! 全方位だ!」


 ジャックの怒号と共に、警備班の面々が即座に調査班を庇うように円陣を組み、銃口を森の奥へと向けた。


 だが、引き金を引くことはできなかった。


 木々の陰、太い枝の上、そしてシダの茂みの中から、音もなく「彼ら」が姿を現したからだ。


 浅黒い肌に、尖った長い耳。森の景色に溶け込むような緑と茶色の革鎧を纏った、数十人のダークエルフたち。彼らは一様にクロスボウや短い槍を構え、ジャックたちを完全に包囲していた。


「……見事なアンブッシュだ。完全に囲まれたな」


 ジャックは銃口を下げず、油汗を流しながら呟いた。


 ダークエルフの集団の中から、一人の青年が一歩前に出た。昨日、木の上からジャックたちの「埋葬」を観察していた青年、ギルだった。彼の隣には、ボウガンを構えた少女——アリアが、不安げな目でジャックたちを見つめている。



「(武器を捨てろ、異邦人。さもなくば、この森の土となるがいい)」


 ギルが、鋭く、しかし威厳のある声で何かを叫んだ。


「……なんて言ってるの?」


 クロエが銃を構えたまま、ハルに尋ねる。


「待ってくれ、今解析する……」


 ハルは背後に隠れながら、タブレットの録音データを再生し、脳内の言語データベースと照合していく。


「……驚いた。本当に驚きだ。発音やイントネーションは独特だが、文法構造と語彙の根幹が、地球の『ラテン語』と『古代ケルト語』のハイブリッドに酷似している!」


「講義は後にしてくれ、ハル! 奴らは撃つ気満々だぞ!」


 ジャックが叫ぶ。ダークエルフたちのクロスボウの弦が、ギリリと引き絞られる音が聞こえた。



「撃たないでくれ! 我々は敵ではない!」


 ハルは突然、ジャックの制止を振り切って円陣から一歩前に出た。そして、両手を高く挙げながら、たどたどしい古代ラテン語をベースにした言葉で叫んだ。


「(我々、戦い、望まない。我々、水、探している!)」


 その言葉を聞いた瞬間、ギルの目が大きく見開かれた。


「(……お前、なぜ『古き言葉』を話せる?)」


 ギルが警戒を解かぬまま問い返す。


「通じた! ジャック、彼らの言葉はラテン語の祖語に近い。かなり訛っているが、なんとか意思疎通は可能だ!」


 ハルは興奮を抑えきれない様子で振り返り、再びギルに向き直った。


「(我々、遠い世界から来た。帝国、我々の敵。昨日、我々、帝国、倒した!)」


 ギルはしばらく沈黙し、ジャックたちの装備をじっと見つめた。そして、ゆっくりと右手を上げ、仲間たちに合図を送った。ダークエルフたちは、一斉にクロスボウを下ろす。


「(……私はギル。この森の戦士長だ)」


 ギルはジャックを真っ直ぐに見据え、ハルを通して語りかけた。


「(お前たちが昨日、我らの同胞の遺体を土に還してくれたこと、この目で見ていた。お前たちが帝国の犬ではないことは分かっている。……族長が、お前たちと会うことを望んでいる。ついて来い)」


   * * *


 ギルたちに案内され、ジャックたちは森のさらに奥深くへと進んだ。


 一時間ほど歩くと、巨大な大樹の根元や枝の上に築かれた、木造の家屋群が見えてきた。それが、ダークエルフたちの集落だった。


 集落には老人や子供、そして昨日の戦いで負傷した者たちが身を寄せ合っていた。彼らは皆、栄養状態が悪く、粗末な衣服を纏っている。帝国による搾取の過酷さが、その風景から痛いほどに伝わってきた。


 ジャックは歩きながら、背負った長距離無線機のハンドセットを取った。


「ボス、こちらジャック。現地の知的生命体ダークエルフとの接触に成功しました。彼らの言語はハルの知識でなんとか通じます。……現在、彼らの集落に招き入れられ、族長との謁見に向かっています」


『……了解した、ジャック』


 ノイズ混じりのヴィクターの声が返ってくる。


孤島こちらの水不足は限界だ。何としても河川の使用許可を取り付けろ。必要であれば、彼らとの不可侵条約、あるいは同盟を結ぶ権限をお前に与える』


「同盟、ですか。財団が他世界の政治に介入しても?」


『背に腹は代えられん。それに、彼らが帝国の支配下で苦しんでいるなら、我々が「救済者」として振る舞うことで、彼らを有効な防波堤として利用できる。……交渉は任せる。我々の利益を最優先に動け』


「……了解しました」


 ジャックはハンドセットを戻し、小さく息を吐いた。「防波堤として利用する」。ボスの言葉の裏にある財団の冷徹な論理が、胸の奥に重くのしかかる。


 集落の中央にある広場。最も大きな木のうろを利用した玉座に、一人の老女が座っていた。


 彼女の肌は深く皺刻まれているが、背筋は真っ直ぐに伸び、その瞳には長い年月を生き抜いてきた者特有の鋭い知性が宿っている。彼女がこの森のダークエルフを束ねる族長(女王)だった。


 ジャックとハルは、玉座の前に進み出た。ギルとアリアが、族長の脇に控えている。


 「(異邦人の長よ。よくぞ我が邑へ来てくれた)」


 族長が静かに語り始め、ハルが素早く通訳する。


「(我らはこの森の民。長きにわたり、ロウル帝国に虐げられし者たちだ。……昨日、お前たちが帝国の重装歩兵を打ち砕いたという報告は受けている。そして、我らの同胞を土に還してくれたことも)」


「(我々は、この土地を侵略する気はない)」


 ジャックはハルに向かって頷き、言葉を紡いだ。


「(ただ、我々の故郷は滅びかけ、多くの民が水と食料を求めている。この森の川を使わせてほしい。その代わり、我々はお前たちに危害を加えないと約束する)」


 族長は目を細め、ジャックの顔をじっと見つめた。


「(水は森の恵み。本来、誰のモノでもない。……だが、異邦人よ。帝国はお前たちの存在を許さないだろう。昨日の敗報が帝都に届けば、皇帝は激怒し、より巨大な討伐軍を編成するはずだ。奴らは我々ごと、お前たちを根絶やしにする気だ)」


 族長は玉座から立ち上がり、ジャックに向かって一歩踏み出した。


「(お前たちの持つ『雷の魔法』と『鉄の獣』の力があれば、帝国を退けることができるかもしれない。我らは森の道と、水、そして帝国の情報を提供する。その代わり……我ら一族を、帝国の支配から護ってくれないか?)」


 広場が静まり返る。ギルやアリア、そして集落のダークエルフたちが、固唾を飲んでジャックの答えを待っていた。


 ジャックの脳裏に、ボスの言葉が蘇る。『彼らを有効な防波堤として利用しろ』。財団の論理に従えば、彼らの懇願を「利用」し、都合のいい盾として扱うのが正解だ。


 だが、ジャックの目の前にいるのは、単なる「Artifact-02-A」というデータではない。怯えながらも希望にすがるアリアの瞳や、一族の未来を背負って立つギルの覚悟が、そこにあった。


「(……ボスからは、同盟を結ぶ権限をもらっている)」


 ジャックはハルに小声で告げ、再び族長に向き直った。


「(分かった。我々は互いに協力し、帝国という共通の敵に立ち向かおう。俺たちは、あんたたちを見捨てない。水と情報の対価として、俺たちの力でこの森を護る)」


 ハルがその言葉を力強く翻訳する。


 族長は深く安堵の息を吐き、ギルはその場に片膝をついて深く頭を下げた。


「(感謝する、異邦人の長よ! 我らは命に代えても、この同盟を守ろう!)」


 周囲のダークエルフたちから、歓喜のどよめきが上がる。アリアもまた、目を輝かせてジャックの姿を見つめていた。


 こうして、財団極東支部とダークエルフの集落との間に、暫定的な同盟が成立した。


 それは、ジャックたちがこの異世界において、単なる「迷い込んだ異邦人」から、帝国の歴史を大きく揺るがす「当事者」へと変わった瞬間だった。


   * * *


 ——同時刻。地球、大西洋上の海上拠点(財団本部)。


 薄暗い会議室の巨大なモニターに、極東支部長ヴィクター・ヴァンスの顔が映し出されていた。


 彼の映像を囲むように、音声のみで参加する「パトロン会議」の幹部たちのモノリスが並んでいる。


『……以上の通り、Artifact-02における前線基地の構築、水源の確保、および現地知的生命体(Artifact-02-A群)との同盟関係の構築が完了しました』


 ヴィクターが淡々と報告を終えると、幹部の一人が冷ややかな声で応じた。


『ご苦労だった、ヴァンス支部長。これで孤島の資源不足も解消されるだろう』


『だが、同盟だと? 現地の亜人種を対等に扱う必要がどこにある?』


 別の幹部が不満げに口を挟む。


『彼らは中世レベルの技術しか持たない劣等種だ。帝国の侵攻に対する「肉の盾」として、あるいは資源採掘の労働力として徹底的に管理・使役するのが、我々財団の合理的なやり方のはずだ』


 ヴィクターは葉巻の煙をゆっくりと吐き出した。


『現場の士気と、彼らの持つ地形情報の価値を考慮した結果です。力による支配は、反乱のリスクと弾薬の無駄な消費を招きます。彼らに「我々が救済者である」と錯覚させておく方が、長期的には低コストで運用できます』


『……なるほど。相変わらず食えない男だ。現地の指揮はお前に一任する』


 幹部の一人が納得したように言った。


『ただし、忘れるな。我々の最終目的は、あの神殿の「月」を開き、地球のパンデミックを解決する手段を手に入れることだ。Artifact-02の資源と亜人どもは、そのための「消耗品」に過ぎない。……彼らに過度な保護を与え、我々の技術(銃火器)を盗まれるような真似だけは避けるように』


『承知しております』


 ヴィクターは深く頭を下げ、通信を切った。


 モニターが暗転した極東支部のCIC(戦闘指揮所)で、ヴィクターは一人、重いため息をついた。


「……消耗品、か」


 本部の冷徹な算盤と、現場で血を流すジャックたちの人間性。その間に立つヴィクターの胃は、鉛を飲んだように重かった。


 ジャックは今、希望に満ちた目でダークエルフたちと握手を交わしているだろう。だが、彼らが結んだ同盟の裏には、財団という組織のどす黒い思惑が渦巻いている。


 ヴィクターは静かに目を閉じて息を吐いた。

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