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番外編②「夜の水族館、二人で」前編

 待ち合わせは水族館の入口、六時。

 ユキが着いたらアキはもう来ていた。いつもより少しだけ、ちゃんとした格好をしていた。アキはユキを見て「寒くないか」と言った。十一月だった。


「平気」


「そっか」


 それだけで中に入った。

 夜の水族館は思ったより暗かった。水槽の青い光が床に揺れて、人の声が水の中みたいにくぐもって聞こえた。ユキは大きなエイが頭上を泳いでいくのを見上げて、少し息を呑んだ。


「でかいな」


「うん」


 アキが隣に来た。肩が触れた。狭い通路だった。お互い特に避けなかった。

 クラゲのゾーンで、ユキは足を止めた。暗い水槽の中でクラゲが光りながら漂っていた。きれいだった。アキがスマホを出して写真を撮った。


「撮れた?」


「まあまあ」とアキはスマホを見せた。意外とうまく撮れていた。


 一通り見て回って、出口近くのベンチに座った。ユキがあったかい飲み物を買ってきて、アキに渡した。


「ありがとう」


 しばらく黙って並んでいた。水槽の音だけがしていた。

 アキが「あ、そうだ」と言って、バッグから小さな紙袋を出した。


「なに」


「バイト先に入ってきたやつ。なんか合いそうで」


 受け取って開けたら、シルバーのブローチが入っていた。小さくて、でも細かいところまで丁寧な作りで、レトロな形だった。服を選ばなそうな、嫌みのないデザイン。

 ユキは少し黙った。

 嬉しかった。嬉しかったのは本当だった。


 でも。


「……センスいいね」


「古着屋だからそういうの目が肥えるのかも」


「ふうん」


 ユキはブローチを手のひらで転がした。なんにでも合うデザイン。センスがいい。プレゼントが自然。

 自然すぎる。


「ねえ」


「うん」


「これ、前の彼女にもこういうの選んだりした?」


 聞いてから、少し後悔した。やきもちみたいに聞こえる。実際やきもちだけど、認めたくなかった。

 アキは少し考えた。


「なんで」


「べつに。センスよすぎて、慣れてんのかなって思っただけ」


「慣れてたらもっとうまくやれてると思う」とアキは言った。


「ユキの前だと嘘つけないって、自分でも思う」


「それはそう」


「じゃあ答え出てるだろ」


 ユキはブローチを見た。

 出てた。答えは出てた。アキが慣れた感じで女の子にプレゼントを渡せるタイプじゃないのは、一ヶ月一緒にいればわかる。

 わかってるけど、聞きたかった。


「……むかつく」


「なんで」


「センスいいから」


「意味わかんない」


「私より目利きじゃん」


 アキはしばらくユキを見て、それから笑った。


「それが嫌だったのか」


「嫌ってわけじゃないけど」


「負けた感じ?」


 図星だった。ユキは飲み物を一口飲んだ。


「……少し」


「古着屋で三年バイトしてたら誰でもなるよ」


「それはそれでむかつく」


 アキはまた笑った。ユキはブローチを紙袋に戻して、コートの襟に留めた。

 鏡がないからわからないけど、たぶん似合っていた。アキが「似合う」と言ったから。アキはユキの前で嘘をつけないから、それは本当のことだ。


「ありがとう」


 小さく言った。


「どういたしまして」


 アキは答えた。得意げでもなく、照れてるでもなく、ただ普通に。

 それがまた、少しむかついた。

 

 でも、来てよかった。

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