番外編③「夜の水族館、二人で」後編
ベンチを立って、出口に向かった。
最後にもう一度だけクラゲを見たくて、ユキは足を止めた。アキも黙って隣で待った。せかさなかった。それが、少し嬉しかった。
「行こう」
ユキが言って、二人で歩き出した。
出口の手前にミュージアムショップがあった。ユキは冷やかすつもりで入ったら、すぐに目が止まった。シャチのぬいぐるみだった。大きかった。両手で抱えないと持てないくらい。白と黒がはっきりしていて、なんとなく愛嬌のある顔をしていた。
ユキはしゃがんで、少し眺めた。
「かわいい」
独り言のつもりだったけど、アキに聞こえていたらしい。
「欲しいか」
「いや、大きいし」
「欲しいか」
同じ言葉を繰り返した。ユキはアキを見た。
「……少し」
「じゃあ買う」
「いい、高いよ」
「いい」
アキはもう棚に手を伸ばしていた。ユキは止めそびれた。
レジに向かうアキの後ろをついていったら、アキがもう一個、棚から何かを取った。小さかった。ユキには何かわからなかった。
レジで二つまとめて会計していた。
「なに買ったの」
「ん」
アキが袋から出したのは、手のひらサイズのマンボウのぬいぐるみだった。丸くて、のっぺりしていて、目だけが妙に大きかった。
「マンボウ?」
「妹が好きなんだよ、マンボウ。ちょうどいいと思って」
ユキは少し止まった。
「妹、いるの」
「中二。ユキっていう」
ユキは黙った。
ユキ。
妹の名前が、ユキ。
「……名前」
「うん」
「同じじゃん」
「そうだな」とアキは言った。特に気にしていない顔だった。
ユキはマンボウのぬいぐるみを見た。丸くて、のっぺりしていて、目だけが大きかった。
「ねえ」
「うん」
「私のシャチより、そっちの方が時間かけて選んでない?」
「そんなことない」
「レジ行く直前に棚から取ってたじゃん」
「通りがかりに見つけただけ」
「ふうん」
ユキはシャチのぬいぐるみを受け取った。思ったより重かった。両手で抱えたら顔の半分くらい隠れた。
「妹、喜ぶといいね」
笑顔で言った。笑顔で言えた。えらかった。
アキがユキを見た。
「なんか怒ってる?」
「怒ってない」
「顔が」
「怒ってない」
アキは少し考えて、それから言った。
「妹のは三秒で決めた。ユキのは入ってすぐ目に入ってて、どう渡そうか考えてた」
ユキは歩きながら、シャチに顔を埋めた。
「……そういうこと、もっと早く言えば」
「言えないだろ、普通」
「アキは普通じゃないでしょ」
「何が」
「私の前だと嘘つけないんだから、全部言えばいいじゃん」
アキは少し黙った。
「それはそれで恥ずかしい」
ユキは笑った。シャチに顔を埋めたまま笑ったから、くぐもった音になった。
「なに」
「べつに」
出口を抜けたら、夜の空気が冷たかった。ユキはシャチを抱えたまま歩いた。アキが隣を歩いた。
マンボウのことは、もういいことにした。
妹もユキというのは、少しだけ、悔しかったけど。




