EP 9
異世界初のカルチャーショック
「……おいおい、なんだこのデカさは。うちの軽装甲機動車よりデカいキャベツがあるぞ」
「隊長、あっちの畑では大根が光ってます……」
ポポロ村の防衛線を抜け、集落へと案内されたレンジャー隊員たちは、左右に広がる規格外の農地に目を剥いていた。
太陽の光を浴びて青々と輝く『陽薬草』、穂先が米で茎が麦というキメラのような『米麦草』。そして、逃げ出そうとする『人参マンドラ』を村の子供たちが笑いながら追いかけている。
狂っているとしか思えない生態系だが、そのどれもが暴力的なまでの生命力と栄養価を放っていた。
「さあ、着いたわよ! ここが村の自慢の宿屋『月うさぎの亭』よ!」
キャルルが案内した先は、木造の温かみのある巨大な酒場だった。
テーブルについた信長たちの前に、ドワーフのウェイトレスが次々と大皿を運んでくる。
「さあさあ、遠慮せんと食うたってや! ポポロ村特製『煮込みおでん』と、蒸かしたての『太陽芋』や!」
ニャングルが胸を張って勧める大皿からは、醤油(醤油草)と出汁の暴力的なまでに美味そうな香りが立ち昇っていた。
信長はゴクリと喉を鳴らし、巨大な『月見大根』の輪切りを箸で割る。中まで黄金色の出汁が染み込んだ大根を一口食べた瞬間、信長の脳天に雷が落ちた。
「……美味すぎる!! なんだこの出汁!? 肉(肉椎茸)の旨味と、この大根の甘み……俺の親父が作る金曜カレーに匹敵するぞ!」
「あははっ! でしょでしょ! 私もこれ大好きなの!」
チョコの賄賂ですっかり懐いたキャルルが、自分のウサ耳を自慢げに揺らす。
だが、信長を本当に驚愕させたのは、隣に盛られたホクホクの『太陽芋』だった。
一口かじると、栗のような濃厚な甘さと、腹の底から力が湧き上がってくるような凄まじいカロリーを感じる。
「ニャングルさん、と言ったか。この『太陽芋』ってのは、どれくらいの期間で育つんだ? これだけ立派なら、半年は……」
「半年? アホ抜かせ」
ニャングルは鼻で笑い、算盤をカラカラと鳴らした。
「太陽芋はな、強い陽の光さえあれば、植えてから**『最短2週間』**で収穫できる。しかも痩せた土地でもアホみたいに増殖しよる。ウチの村の主力商品で、これのおかげで周辺の国は飢え知らずやで」
「にっ……2週間!?」
信長は思わず立ち上がった。
防衛大学校で兵站を学んだ彼の頭の中で、猛烈な勢いで計算式が組み上がる。
(2週間で収穫可能……しかもこのデカさと栄養価。もしこの種芋を日本の農地、いや、関東の空き地や河川敷すべてに植え付ければ、1400万人の餓死を完全に防げる永久機関になる!!)
「見つけた……! これだ、これなら俺たちの国を救える!!」
信長が歓喜の声を上げた、まさにその時だった。
「お食事中失礼いたします。食後の紅茶をお持ちしました」
完璧な所作で現れたリバロンが、信長の前にティーカップを置いた。
一口飲むと、レンジャー訓練の疲労すら一瞬で吹き飛ぶような、異常な回復効果のある紅茶だった。
「素晴らしいお食事でしょう、信長様。……ですが、この村の食料を『貴方様の国』へ大量に流すとなれば、少々厄介な問題がございましてね」
リバロンは優雅に微笑んだまま、声のトーンを絶対零度へと落とした。
「問題……?」
「ええ。我々ポポロ村は、現在3つの巨大な軍事国家に挟まれた『緩衝地帯』なのです」
リバロンの指先が、テーブルの上に広げられた大陸地図を滑る。
「北の【ルナミス帝国】、東の【レオンハート獣人王国】、そして西の【グレイグ魔皇国】。この三国は、我が村の豊かな食料と立地を虎視眈々と狙っています。……もし、どこかの馬の骨とも知れない『日本』という国が我が村と独占的な取引を始めれば、どうなるか」
「……三国が、村を奪われまいと一斉に軍を動かす」
信長の顔から血の気が引く。
リバロンは満足げに頷いた。
「左様でございます。我々は、絶妙なパワーバランスでこの村の独立を保っている。貴方様方が食料をお求めなら、その背後にある『三個師団級の巨大な軍隊』と戦争をする覚悟がおありかどうか……という話になりますな」
美味しいおでんの熱気が、一瞬にして冷や汗へと変わる。
キャルルとニャングルも、今は黙って信長を見つめていた。ここは「商談」の場なのだ。同情で国(村)は売れない。
「……少し、席を外す」
信長は立ち上がり、酒場の外へ出た。
首から提げた暗号化通信機のスイッチを入れ、空の彼方に浮かぶ出雲艦隊へとコールを送る。
『……状況はどうだ、信長』
親父——坂上真一の低く重い声が響く。
「総司令。……見つけました。1400万人を救える、まさに奇跡のような食料と農作物です。これさえあれば、日本は生き残れます」
『でかした! すぐに輸送ヘリの部隊を回す。交渉の準備を——』
「ですが、総司令!」
信長は、森の奥から漂ってくる、目に見えない巨大な国家間のプレッシャーを感じながら、ギリッと奥歯を噛み締めた。
「食料はあります。……ただし、相手は一筋縄ではいきません。この村の背後には、ルナミス帝国、レオンハート獣人王国、グレイグ魔皇国という『三個師団級の厄介事』が控えています。下手な動きをすれば、異世界の超大国を三つ同時に敵に回すことになります!」
弾薬ゼロの自衛隊が、異世界の三大国家と全面戦争。
最悪の地政学的リスクの報告に、通信機の向こうの真一が息を呑む気配がした。
だが、その通信に割り込んでくる、もう一つの声があった。
『——最高じゃないか』
それは、日本の国家権力の頂点に君臨する男。永田町の妖怪、若林幹事長の声だった。
『真一。お前と私で、直々にヘリで乗り込むぞ。……田舎の小競り合いの作法というものを、我々が教えてやろう』




