EP 6
雷神の月兎、襲来
——ドゴォォォォンッ!!!
信長が咄嗟に後ろへ飛んだ直後、彼が先ほどまで立っていた腐葉土の大地が、まるで迫撃砲の直撃を受けたかのようにクレーター状に爆ぜた。
土煙と衝撃波が周囲の木々を揺らし、陸自のレンジャー隊員たちが悲鳴を上げて吹き飛ばされる。
「な、なんだ!? 砲撃か!?」
「いや……人だ! 女の子が、いる……?」
土煙が晴れた先。
そこに立っていたのは、頭に長いウサギの耳をピンと立てた、小柄で愛らしい少女——ポポロ村村長・キャルルだった。
しかし、その細腕には不釣り合いな鋼鉄のダブルトンファーが握られ、特注の強化靴を履いた足元からは、陽炎のように揺らめく未知のエネルギー『闘気』が立ち昇っていた。
「へぇ、今の躱すんだ。ルナミス帝国軍にしては、随分と骨のある斥候ね」
キャルルはコテンと首を傾げ、ウサ耳を揺らした。
そのキュートな仕草とは裏腹に、放たれるプレッシャーは尋常ではない。
「ルナミス……? 待て、誤解だ! 俺たちは侵略者じゃない! 交渉に——」
信長が両手を上げて制止しようとするが、キャルルは聞く耳を持たなかった。
「問答無用! 私の村の可愛い野菜たちに手出しはさせないわ!」
——ドンッ!
キャルルが地を蹴った瞬間、その姿が『消失』した。
いや、違う。あまりの初速に人間の動体視力が追いついていないだけだ。100メートルを5秒台で駆け抜ける月兎族の脚力に、強烈な『闘気』のブーストが加わった超絶機動。
「隊長ッ!!」
隊員たちが反射的に89式小銃を構え、銃口を向けた。
「撃つな!! 絶対に引き金を引くな!!」
信長の怒号が森に響く。
ミサイルはおろか、5.56mm小銃弾の一発すら補充が利かないのだ。「脅しで撃つ」という選択肢すら、彼らには許されていない。
「よそ見してる余裕、あるの!?」
声は、すでに信長の真横から聞こえていた。
空気を切り裂く鋭い風切り音。キャルルのトンファーが、信長の側頭部めがけてフルスイングされる。直撃すればヘルメットごと頭蓋骨が粉砕される、完全な致死の一撃。
(速ええ……ッ!! が、親父の木刀よりは、まだ見える!!)
「シィッ!」
信長は短く息を吐き、北辰一刀流の足捌きで半歩だけ後退。鼻先数ミリを鋼鉄の塊が通過していく。
同時に、腰からタクティカルナイフを抜き放ち、流れるような動作でキャルルのトンファーの横腹を打ち据え、軌道を逸らした。
「……えっ?」
キャルルが驚愕に目を丸くする。
魔法の気配も、闘気の欠片もない。ただの「純粋な武術の理合い」だけで、月影流の初撃を完全に捌かれたのだ。
「お前たち、絶対に発砲するな! 後ろに下がれ!! こいつは俺が抑える!」
信長はナイフを逆手に構え直し、重心を深く落とした。
甲子園で鍛え抜かれた下半身と、地獄のレンジャー訓練、そして何より幼少期から「失敗すれば血を見る」親父との殺し合い(稽古)で培われた極限の生存本能が、信長の全細胞を覚醒させている。
「……闘気も使わずに私の攻撃を捌くなんて。あなた、ルナミスの人間じゃないわね? でも、強敵なのは確かみたい」
キャルルの瞳に、武闘派としての好戦的な光が宿った。
両手のダブルトンファーをクルリと回し、独特の低い構えをとる。彼女の特注靴から、バチバチと紫色の雷光(雷竜石の魔力)が漏れ始めた。
「いくわよ。手加減なし!!」
キャルルが再び音速の領域へと踏み込む。
トンファーによる怒涛の連撃。上段、中段、足払い。四方八方から飛んでくる鋼鉄の暴風を、信長はナイフとライフル(防具代わり)を駆使して、ミリ単位の回避と受け流しで凌いでいく。
——ガキィィンッ! キンッ、ガガガガッ!!
金属同士が激突する火花が森の中に散る。
「くそっ、なんて重てえ一撃だ……ッ! 戦車と殴り合ってる気分だぜ!」
「すごい、すごいわ! 私の連撃にここまでついてこれる人間がいるなんて!」
キャルルのテンションが目に見えて上がっていく。
そして、トンファーの連撃で信長のライフルを強引に弾き飛ばし、彼の胸元に致命的な『隙』を作り出した。
「もらった! 月影流——『顎砕き』!!」
トンファーで姿勢を崩した相手の顎へ、闘気を極限まで圧縮した膝蹴りを叩き込む一撃必殺のコンボ技。
音速の膝蹴りが、無防備な信長の顔面へと下から突き上がる。
(……しまった!!)
信長の並外れた動体視力は、死を確実にもたらすその一撃の軌道をハッキリと捉えていた。だが、人間の筋肉では到底回避が間に合わない。
殺し合い一歩手前のデスマッチ。
超絶の闘気を纏ったキャルルの膝が、信長の顎を粉砕するまで残り数センチ——絶体絶命のその瞬間だった。
信長のコンバットシャツの胸ポケットから、『ある物』がこぼれ落ち、キャルルの鼻先をふわりと掠めたのである。




