EP 11
地獄の底の握手
ポポロ村の暗い森の中。
泥と血の匂いが立ち込める獣道に、チャリーンという五円玉の幻聴(?)を残して、アイドルの強欲な歌声が止んだ。
ハガルの喉元には、信長のタクティカル・ナイフがピタリと突きつけられている。
ハガルの右手に装着されていた誇り高き鉄爪は、信長のシャベルによって無残に粉砕されていた。
「……殺せ。それがジャングルの掟だ」
ハガルは、泥水に膝をついたまま、静かに目を閉じた。
彼の心にあるのは、恐怖でも無念でもない。ただ、戦士として「完璧な死」を迎えられることへの、冷たい安堵のようなものだった。
死こそが戦士の完成であり、それ以外の結末は生ぬるい恥辱でしかない。
だが。
「……馬鹿言ってんじゃねえよ。これから同盟組もうって相手の首を刎ねたら、うちの親父に何されるか分かったもんじゃねえ」
信長はフッと息を吐き出すと、ナイフを腰のシース(鞘)に収め、シャベルを背中に背負い直した。
「それに……俺は『生き残るため』に戦ったんだ。死にたがってる奴の介錯をしてやる趣味はねえよ」
信長は、血と泥に塗れた右手を、膝をつくハガルの目の前にスッと差し出した。
「お互い、無様に泥水すすって、みっともなく足掻いて……でも、生きて立ってる。それで十分じゃねえか。最高の殺し合い(ダンス)だったぜ、ヒョウの旦那」
その言葉に、ハガルはゆっくりと目を見開いた。
差し出された信長の手は、泥だらけで、激しい斬り合いの末にひどく震えている。
死を恐れぬ自分の攻撃に対し、この男はただの一度も「死を覚悟して」立ち向かってこなかった。常に「絶対に生き抜いて帰る」という、泥臭く、美しさの欠片もない、しかし決して折れない鉄の意思で喰らいついてきたのだ。
(……私は、破滅を求めて戦っていた。だがこの男は、破滅させられそうになっても、決して敗北を認めなかったのだ)
ハガルの胸の奥で、カチリと音がして、彼を縛っていた「死狂い」の鎖が砕け散った。
死を恐れぬ獣の狂気よりも、生に執着する人間の泥臭さのほうが、遥かに強靭な「牙」だったのだ。
「……フッ。見事な牙だ、チキュウの兵士よ」
ハガルは、初めて戦場で見せる爽やかな、しかし獣としての獰猛な笑みを浮かべた。
そして、無骨な分厚い手で、信長の泥だらけの手をガッチリと握り返し、立ち上がった。
命を削り合った者同士にしか分からない、地獄の底での握手。
「パチパチパチパチ……!」
その時、森の奥から静かな拍手が響いた。
暗がりから歩み出てきたのは、レオンハート獣人王国のトップ、アーサー王と内務官のサイラスだった。その背後には、腕を組んで満足げに頷く真一と、心配そうに駆け寄る輝夜の姿がある。
「見事な決闘であった。チキュウの若獅子よ」
アーサー王は、黄金の鬣を揺らしながら、信長とハガルの前に立った。
彼の瞳には、先ほどまでの「未知の外来種」への警戒心はない。あるのは、自分たちと同じ、いや、それ以上の強き者に対する純粋な敬意だった。
「サイラスよ。お前はチキュウの『文化』を、我々の牙を抜くための毒だと言ったな。……だが、彼らは決して牙を隠した臆病者ではなかった」
アーサーは、泥だらけで息をつく信長を見た。
「甘美な果実(豊かさ)を生み出しながら、それを守るだけの、泥に塗れる覚悟と力を持っている。……これこそが、歴史を生き抜く『真の強国』の姿だ。我々が学ぶべきは、その強靭な生存本能のほうであったのだ」
王の言葉に、サイラスもまた、静かに頭を下げた。
彼の冷徹なインテリ頭脳は、武力だけでなく「環境への適応力」という点で、日本が自分たちを遥かに凌駕する遺伝子を持っていると完全に認めたのだ。
「……親父」
信長が、歩み寄ってきた真一を見た。
真一は、いつの間にかエプロンを外し、出雲艦隊総司令としての威厳に満ちた顔つきになっていた。
「どうじゃ、ヒョウの旦那の手応えは」
「……ああ。ヤバかったぜ。正直、あの人魚の歌がなけりゃ、死んでたのは俺の方だ」
信長は苦笑しながら、みかん箱を抱えてドヤ顔をしているリーザに視線を向けた。
真一は、泥だらけの息子の背中を、バシン!と力強く叩いた。
「痛ッ! 何すんだよ!」
「……ようやった。これでオドレも、ようやく『地獄』に半分くらいは浸かれたのう。半人前卒業じゃ」
真一の不器用な労いの言葉に、信長は照れ隠しのように鼻の頭を擦った。
「さて、アーサー王」
真一が、獣の王へと向き直る。
そこにはもう、料理を振る舞うおじさんの姿はない。1400万の命を預かる、一国の将の顔だった。
「……互いの『腹の中』は、十分見せ合ったはずじゃ。そろそろ、大人の話の続きをしようや」
「ああ、望むところだ。チキュウの将軍よ。……いや、我らが盟友よ」
アーサー王が、真一に向かって巨大な右手を差し出した。
カレーのスパイスと、おでんの出汁。そして泥まみれの死闘と、地下アイドルの強欲な歌声。
あらゆる理不尽と極限が交差したポポロ村の森で、今、歴史を変える「強者同士の同盟」が、静かに、そして確かな熱を持って結ばれたのである。




