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『1400万人の漂流国家 ~弾薬ゼロの自衛隊と最強の政治家が、異世界で「究極の兵站(ロジスティクス)」を無双する~』  作者: 月神世一


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EP 12

月下の宴と、永田町の妖怪

血と泥に塗れた死闘から数時間後。

ポポロ村の広場には、先ほどの殺伐とした空気が嘘のような、穏やかで温かい時間が流れていた。

「……ほう。この『ニホンシュ』という酒、まるで水のように澄んでいるのに、腹の底から燃え上がるような熱がある。それに、この器も面白いな」

レオンハート獣人王国のトップ、アーサー王が、手にした土色のぐい呑みをしげしげと眺めていた。

それは、日野輝夜が休日に自ら土を練って焼き上げた『備前焼』だった。

釉薬ゆうやくを使わず、炎と土の力だけで焼き締めるんです。一つとして同じ模様にはならない、自然と人間の合作なんですよ」

輝夜が、一升瓶からトクトクと澄んだ酒を注ぐ。

「炎と土の、合作か」

アーサー王は嬉しそうに目を細め、ぐいっと酒を煽った。

ジャングルの掟(自然)を絶対とする彼らにとって、作為的すぎない備前焼のいびつな美しさは、たまらなく肌に馴染むものだった。

「美味い! カレーとやらも凄まじかったが、この酒も格別だ。……おいサイラス! お前もチビチビ飲んでないで、もっと大きな器で飲め!」

「へ、陛下……私は元々、アルコールには弱く……ヒック」

顔を真っ赤にした内務官サイラスが、鳥の羽を震わせながらフラフラと揺れている。

彼の冷徹なインテリ頭脳は、極上の出汁と日本酒のアルコールによって完全に機能停止(ポンコツ化)していた。

「にゃはは! 獣の国のお偉いさんも、チキュウの『宴会ソフトパワー』の前じゃ形無しニャ!」

ゴルド商会のニャングルが、笑いながら算盤を弾いている。

「ちょっと! あんたたち、宴会するのはいいけど、森の修繕費と広場の清掃代、きっちり払ってもらうからね!」

村長キャルルがぷんすか怒りながらも、ちゃっかり獣人たちに太陽芋の塩茹でを売りつけて小銭を稼いでいた。

そして、その広場の片隅。

「……おっと、こぼすなよ。貴重な酒なんだからな」

「……ああ。チキュウの酒は、血の巡りが良くなる」

泥を洗い流し、包帯を巻いた信長とハガルが、丸太に腰掛けて一つの徳利とっくりを酌み交わしていた。

つい数時間前まで殺し合いをしていた二人の間には、もはや一切の敵意はない。

「俺は今まで、死の淵に立つことこそが戦士の誉れだと信じていた。……だが、泥水をすすってでも生き残り、こうして美酒を味わう。……これもまた、悪くないものだな」

ハガルは、備前焼の器を見つめながら、静かに微笑んだ。

己を捨てて王の剣となることだけが全てだった男の心に、初めて「生への執着」と「生活の温かさ」が宿った瞬間だった。

「だろ? まあ、次は酒じゃなくて、うちの親父のカレーでも食いに来いよ。いつでも歓迎するぜ」

信長がニヤリと笑って、自分の器をハガルの器にカチンとぶつけた。

『五円!五円!御縁!御縁!ハイ!』

『……って、ちょっとおじさんたち! せっかくの私の凱旋ライブなんだから、もっと真面目に聴いて、スパチャ(五円玉)投げなさいよー!』

広場の中央では、リーザが再びみかん箱の上に立ち、酒の入った獣人たちを相手に容赦ない営業ライブをかけていた。

アーサー王は「おおっ! これが命を救うチキュウの歌(?)か!」と感動し、サイラスの財布から勝手に金貨を抜き取ってリーザの空き缶に投げ入れている。

「……良い夜ですね」

広場の喧騒を少し離れた縁側で、輝夜はそっと夜空の月を見上げた。

国と国とのぶつかり合い。牙と牙の牽制。しかし、最後に人々を繋ぐのは、こうした「共に食卓を囲み、笑い合う」という、何気ない生活の営みなのだ。

自らが光って支配するのではなく、彼らの営みをそっと照らす「月」でありたい。彼女のその哲学は、獣人王国という強大な軍事国家の心をも、見事に溶かして見せたのだった。

同日深夜。

東京、防衛省の地下・中央指揮所。

「……報告は以上です。レオンハート獣人王国は、我が国との『無期限の安全保障条約』および『技術・食糧の互恵関税撤廃』に完全合意しました」

魔導通信機から流れる真一の報告に、与党幹事長・若林幸隆は、ジッポーライターで『ピース』に火を点けながら、深く紫煙を吐き出した。

「ご苦労だったな、真一。……息子さんも、大した働きだったそうじゃないか」

『ええ。これで少しは、アイツも自分の足で立てるようになるでしょう』

通信が切れ、静寂が戻った地下室。

若林は、巨大なモニターに映し出されたアナステシア大陸の勢力図を見上げた。

「……ルナミス帝国の『カネ(経済)』を握り、レオンハート王国の『暴力(軍事)』を取り込んだ、か」

若林の唇が、冷酷で、極めて楽しげな弧を描く。

カレーのスパイス、おでんの出汁、泥臭い兵士の意地、そして地下アイドルの歌声。現場で起きたカオスな奇跡の数々を、この永田町の妖怪は、ただ一つの冷徹な「政治的結果」としてのみ評価していた。

(百戦百勝は善の善なる者に非ず。戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり……)

彼の腹の底にある『孫子』の極意が、完璧な形で体現されたのだ。

異世界という巨大な盤面。

大国同士が血で血を洗う覇権争いをしていた世界に、突如として現れた「日本」という異物は、武力による侵略を一切行わず、気がつけば大陸のパワーバランスの「絶対的な中心ハブ」に君臨してしまった。

「さあ、次はどこの国が我が国に『依存』しにくるかな」

若林は灰皿にタバコを押し付け、ネクタイを締め直した。

1400万人の漂流国家は、もはや怯える難民ではない。

極上の文化グルメと、最強の技術、そして圧倒的な経済力で世界を侵食していく、史上最凶の「資本主義のバケモノ」なのだ。

月明かりの下で結ばれた熱き同盟。

そして、地下深くでほくそ笑む政治家。

光と影が交差する中、日本の「異世界蹂躙」は、さらに予測不能な次元へと加速していく——。

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