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『1400万人の漂流国家 ~弾薬ゼロの自衛隊と最強の政治家が、異世界で「究極の兵站(ロジスティクス)」を無双する~』  作者: 月神世一


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ep 62

指名された若獅子

ポポロ村の境界を越え、月明かりすら届かぬ深い森の中。

先ほどまでのカレーのスパイスと出汁の香りは、湿った土と、濃密な樹液の匂いへと完全に塗り替えられていた。

「……本当にやるの? あのヒョウのおじさん、さっきおでん食べて泣いてたのに、今は目が完全に『殺し屋』だよ……?」

少し離れた安全圏から見守るリーザが、かじりかけのパンの耳を震わせながら呟いた。

その隣で、日野輝夜は静かに戦場を見つめている。彼女の表情は穏やかだが、その瞳は森の奥で繰り広げられる「命のやり取り」から決して目を逸らそうとはしなかった。

「彼らは、言葉ではなく命を懸けることでしか、お互いを信じられない世界を生きてきたんです。……私たちは、月のようにそれを見守り、彼らが帰ってくる場所(日常)を温めておくしかありません」

森の中央。

少し開けた獣道で、二人の戦士が対峙していた。

「得物は自由、と言ったな」

信長は迷彩服の上着を脱ぎ捨て、機能性インナー一枚の姿になった。

彼が手にしたのは、自衛隊の制式小銃ではなく、漆黒の刃を持つ『タクティカル・ナイフ』と、折りたたみ式の『携帯円匙コンバット・シャベル』だ。

武術の美しい型など一切ない。いざとなれば土を掘り、泥を投げ、相手の骨を砕くための、極めて実践的で無骨な選択。親父から叩き込まれた実戦剣術の理合と、どんなに泥に塗れようと喰らいつく不屈の精神が、彼を「美しい戦い」から遠ざけていた。

対するレオンハート王国近衛騎士団長・ハガル。

彼は身につけていた軽装の鎧すらも外し、最低限の皮の胸当てと、両手に装備した鋭利な『鉄爪てっそう』のみという出立ちだった。

「……防具を捨てるのか?」

信長が問うと、ハガルは氷のように冷たい声で答えた。

「戦士の道とは、すなわち『死を見つけること』だ」

ハガルの全身から、先ほどまでの理知的な空気が完全に消え失せる。

生き残ろうという欲も、勝利への執着すらない。ただ己の主(王)のために、自らの命を完璧な殺意の弾丸へと変える。一切の迷いを断ち切った極限の狂気(死狂い)。

その異常な精神状態に、豹耳族の究極の身体能力と、近代的な機動戦術が組み合わさっているのだ。

(……ヤバいな。帝国の隠密部隊の親玉リカオンとは種類が違う。こいつは、ハナから生きて帰るつもりがねえ)

信長は、全身の毛穴が粟立つのを感じた。

強大な獲物カジキを前にした老漁師のように、彼は己の非力さを自覚しながらも、決して退かない覚悟を固める。

「ルールは無用。どちらかが地に伏すまで。……始めい!」

内務官サイラスの冷徹な声が、森に響き渡った。

ドパァンッ!!

爆発音のような踏み込み。

信長が瞬きをした一瞬の間に、十メートル以上あったハガルとの距離が「ゼロ」になっていた。

圧倒的な機動力。木々の枝や幹を蹴り、三次元的な軌道で襲い掛かるその姿は、まるで重力を無視した降下歩兵のようだ。

「シィッ!!」

上段からの死角を突く、ハガルの鉄爪の凶刃。

「くそッ!」

ガキィィィンッ!!

信長は咄嗟にコンバット・シャベルを盾にして防ぐが、その凄まじい衝撃に腕の骨が軋み、身体が数メートル後方へと弾き飛ばされた。

(速すぎる……! 目で追えねえ!)

体勢を立て直そうと地面を滑る信長。

だが、ハガルの追撃は瞬きすら許さない。弾き飛ばされた信長の着地点を完全に予測し、すでにその背後へと回り込んでいた。

「終わりだ、チキュウの兵士」

無慈悲な宣告と共に、鉄爪が信長の首筋へと振り下ろされる。

「の、信長さんっ!!」

リーザが悲鳴を上げる。

だが、信長は焦っていなかった。

いや、圧倒的な力量差を前に「まともに防ぐこと」をとうに諦めていたのだ。

彼は振り下ろされる刃を見ることなく、自ら前方に思い切り倒れ込み、森の湿った『泥だまり』の中へと顔からダイブした。

「……何?」

ハガルの爪が空を切り、巨木の幹を深々と抉り取る。

泥水の中から跳ね起きた信長は、顔面から全身にかけて泥をべっとりと塗りたくっていた。

それは無様で、屈辱的な姿だ。

だが、その泥は信長の『体臭』を完全に消し去り、さらに夜の闇にその輪郭シルエットを同化させていた。

「……汚ねえ泥水だが、最高に冷たくて目が覚めるぜ」

信長は、顔の泥を腕で無造作に拭いながら、暗闇の中からギラリと獣のような目を光らせた。

「綺麗に死のうなんて思うなよ、豹の旦那。……俺は、どんなに無様でも、泥水すすってでも、絶対に『生きて』帰る。……そのためなら、何だって使わせてもらうぜ」

形にこだわるな。使えるものは環境すらも武器にしろ。

泥にまみれた若獅子が、死を恐れぬ本物の獣に対して、最も泥臭く、最も強靭な「人間の牙」を剥いた瞬間だった。

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