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『1400万人の漂流国家 ~弾薬ゼロの自衛隊と最強の政治家が、異世界で「究極の兵站(ロジスティクス)」を無双する~』  作者: 月神世一


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第五章 獣王の晩餐と、絶対無敵のスパチャアイドル

みかん箱の人魚姫と、特使の憂鬱

ルナミス帝国との極限の経済・情報戦が「経済同盟」という形で終結してから数週間。

三カ国の緩衝地帯であるポポロ村は、見慣れぬ平和と活気に包まれていた。

「……いい土の匂いですね。作物が喜んで息をしているのが分かります」

村の入り口へと続くあぜ道を歩きながら、日野輝夜ひのかぐやは目を細めて深く深呼吸をした。

内閣府から派遣された若き政務官補佐官。彼女はパリッとしたスーツ姿でありながら、ヒールではなく歩きやすいローファーを履き、その眼差しは周囲に広がる「太陽芋」の畑を慈しむように見つめている。

「のんきなこと言ってんじゃねえぞ、日野補佐官。俺たちはピクニックに来たわけじゃない」

その数歩後ろを、周囲を鋭く警戒しながら歩く迷彩服の男——1等陸尉・坂上信長が、ため息まじりに釘を刺した。

先日の帝国隠密部隊との死闘の傷も癒えきらぬまま、彼は輝夜の護衛兼、日本政府の特使としてこの村に派遣されていた。目的はただ一つ。近々この村を訪れるという『レオンハート獣人王国』のトップとの極秘接触である。

「分かっていますよ、坂上尉。でも、政治も外交も、結局はこういう『日々の暮らし』の上に成り立つものですから。……それにしても、活気のある良い村です。ここにいると、実家を思い出します」

「……長野の山奥と、異世界の最前線を一緒にすんな」

信長は呆れたように肩をすくめた。

霞が関の超エリートだと聞いていたが、この日野輝夜という女からは、官僚特有の嫌なギラギラ感や権力欲が全く感じられない。むしろ、田舎の縁側で渋茶を飲んでいるおばあちゃんのような、妙などっしりとした落ち着きがあった。

(……親父の言う通り、得体の知れねえ女だ。だが……)

信長が考えを巡らせていた、その時である。

『♪た、た、たぬきのお腹は ポンポコポンポン~!』

村長であるキャルルの自宅シェアハウスの庭先から、突如として奇妙な歌声が響いてきた。

『♪月よ~月で~頭は ハーゲハゲでピーカピカ~!』

「……敵襲か!?」

信長が即座に腰のホルスターに手をかけ、輝夜を庇うように前に出る。

だが、そこにいたのは武装した帝国兵でも獣人でもなかった。

「……えっと。なんですか、あれは」

輝夜が、きょとんとした顔で首を傾げる。

庭先の中央。ボロボロの『みかん箱(木箱)』の上に立ち、天の光を一身に浴びるように熱唱している一人の少女がいた。

透き通るような美しい水色の髪に、海を思わせる神秘的な瞳。どこからどう見ても、深海の王族か精霊のような、人知を超えた美貌の持ち主である。

だが、その絶世の美少女は、鼻の穴に「五円玉」を深々と突っ込み、自分のお腹をポンポコと叩きながら満面の笑みで踊り狂っていた。

『♪お尻はツールツル~ ターマターマはマ~ルマル~! ソレ! ヨイヨイ!』

「「…………」」

信長と輝夜は、言葉を失った。

「あ、チキュウのお客さんニャ」

縁側で算盤を弾いていたゴルド商会のニャングルが、呆れた顔でこちらに手を振る。

その横から、人参柄のハンカチを首に巻いた村長・キャルルが、ため息をつきながら出てきた。

「いらっしゃい、特使さんたち。……ごめんなさいね、うちの『居候』が騒がしくて」

「いや……村長サン、こいつは一体……?」

信長が引きつった顔で尋ねると、みかん箱の上の美少女がパッと振り返り、完璧なウインクを飛ばしてきた。

「やっほー! 新規のファン(リスナー)かな!? 海中国家シーランの元・親善大使! 今はルナミス帝国の地下アイドルとして大ブレイク中(自称)の、リーザだよっ! キラキラリーン☆」

リーザと名乗った人魚姫は、ビシッとアイドルポーズを決めると、傍らに置いてあった皿から『パンの耳』を一本つまみ、シャクシャクと美味そうに齧り始めた。

「……えーと、アイドル?」

輝夜が目を瞬かせる。

「そう! 私は歌で世界を救うの! でもね、夢を追うにはハングリー精神が必要でしょ? だから私はあえて、この『パンの耳』と『公園の雑草サラダ』で命を繋ぐというストイックなポイ活生活を送っているのよ! 決して、貧乏で家賃が払えなくてキャルルに土下座しているわけじゃないんだからね!」

「全部自分で暴露しとるニャ」

ニャングルが冷たくツッコミを入れる。

「うるさいなー! アイドルは施しは受けないの!……あ、でもそこのスーツのお姉さん! もしよかったら、このチラシの裏にサイン書くから、お布施(五円玉)くれないかな!? 今なら特典として、昨日八百屋のおじさんから『ペットの餌用』って言ってタダで貰った茹で卵を半分あげるよ!」

絶世の美少女が、鼻から五円玉を抜き取りながら、信じられないほど図太い営業をかけてくる。

(……なんだこの女。プライドという概念が欠落してやがる……!)

信長は、あまりのサバイバル力(図々しさ)に頭痛を覚え、眉間を揉みほぐした。

常に極限の緊張感の中で泥水を啜ってきた信長にとって、この圧倒的なまでの「俗物感」は理解の範疇を超えていた。

だが。

隣にいた輝夜は、ふふっ、と声を上げて吹き出した。

冷ややかな嘲笑ではない。心底楽しそうな、温かい笑い声だった。

「いいですね。すごく生命力に溢れていて、素敵だと思います」

「えっ」

リーザが、予想外の反応に目を丸くする。

「どんなに立派な理想を語っても、まず今日を生き抜いて、ご飯を食べられなきゃ始まりませんから。……たくましく笑って生きている姿は、周りの人を元気にしますよ。立派なアイドルです」

輝夜はバッグから財布を取り出すと、リーザの前に置かれた空き缶に、チャリン、と五円玉を落とした。

人をバカにするでも、哀れむでもない。ただ、懸命に今日を生きる等身大の人間(?)への、純粋な敬意がそこにあった。

「……お、お姉さん、わかってるじゃない! ありがとう! 恩に着るわ!」

リーザが感極まったように五円玉を握りしめ、茹で卵を半分差し出す。

「おい、日野補佐官。こんな得体の知れない奴に構ってる暇は……」

「坂上尉も、そんなに怖い顔をしていないで」

輝夜は茹で卵を受け取りながら、信長に向かって穏やかに微笑んだ。

「お腹が空いていては、良い交渉しごとはできません。キャルル村長、もしよろしければ……私に少し、厨房をお借りできませんか? 皆さんに、温かいものを振る舞いたいんです」

異世界の最前線。

血なまぐさい政治劇が交差するこの場所で、月のように静かな微笑みを浮かべる日本の特使は、まず『食卓』を囲むことから始めようとしていた。

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