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『1400万人の漂流国家 ~弾薬ゼロの自衛隊と最強の政治家が、異世界で「究極の兵站(ロジスティクス)」を無双する~』  作者: 月神世一


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EP 8

総力戦の定義

「——これより我が国は、ルナミス帝国との『総力戦』に移行する」

若林幸隆のその一言は、防衛省の地下指揮所に集まった政府高官と自衛隊幹部たちの間に、重く冷たい緊張を走らせた。

「総力戦……つまり、帝国へ向けて自衛隊の全火力を以て侵攻するということですか?」

防衛省の背広組の一人が、強張った顔で尋ねる。

「違う。それは『戦闘』だ。私が言っているのは『戦争』だよ」

若林は、ホワイトボードの前に立ち、チョークで鋭く線を引いた。

「戦争とは、他の手段を以てする政治の延長に過ぎない。……武力はその一つのカードに過ぎんのだ。帝国は今、我が国を武力ではなく『経済(兵糧)』で殺しに来ている。ならば我々も、自衛隊の武力、メガバンクの金融力、特A級AIの情報力、そして大田区の工業力……国家の持つすべてのリソースを一つの政治目的(生存)のために統合する。これが総力戦だ」

若林の脳裏にあるのは、プロイセンの軍人クラウゼヴィッツが記した『戦争論』の冷徹なロジックである。

国と国との闘争において、軍隊だけが戦う時代は終わった。国家のシステムそのものを兵器として運用できなければ、1億人を抱える大帝国には決して勝てない。

「政治的な決断と責任はすべて私が持つ。真一」

若林は、腕を組んで黙り込んでいた出雲艦隊総司令・坂上真一へと視線を向けた。

「現場の『統合』は、お前に任せる。……やれるな」

「……はい」

真一は静かに立ち上がり、指揮所の中央卓へと歩み出た。

かつて族の総長として裏社会を束ね、今は自衛隊の将補として前線を預かる男。その背中に彫られた仁王像が、見えない重圧に粟立つ。

「各幕僚、ならびに省庁の代表者たちに告ぐ。これより、陸海空のセクショナリズム(縄張り争い)、および官民の壁を一切撤廃する」

真一の低くドスの利いた声に、幹部たちがざわめいた。

「お待ちください、坂上司令! 民間人や別組織を軍の指揮系統に組み込むなど、前例がありません! 指揮命令系統が混乱します!」

「そうじゃ。だから負けたんじゃろうが」

真一の口から、凄みのある広島弁が漏れた。

反論した幹部が、蛇に睨まれた蛙のように息を呑む。

「80年前の先の大戦。陸軍と海軍でいがみ合い、都合の悪いデータを無視し、兵站(補給)を軽視して精神論に逃げた。……官僚組織の硬直化と、目的の曖昧さ。それが、かつて我が国が犯した『失敗の本質』じゃ」

真一の祖父は、先の戦争で特攻隊員として空に散った。

上層部の硬直したシステムと精神論の犠牲になった祖父の無念を、真一は骨の髄まで理解している。だからこそ、彼は二度と同じ過ちを繰り返さないと誓っていた。

「前例がない? 結構。相手は剣と魔法のファンタジー大国だぞ。型にハマった陣形など一瞬で食い破られるわ。勝つために使えるもんは、何でも使う」

真一は『五輪書』の教え——特定の構えに固執せず、状況に応じて最も合理的な手段を選ぶ「無構え」の理を、国家の防衛システムそのものに適用した。

「早乙女蘭のAI監視網を、防衛省のメインシステムと完全に同期させろ。情報処理の全権を彼女に与える。金融と資源の調達は、ウチの嫁(メガバンク執行役員・恵)とゴルド商会に一任する。自衛隊は『彼女らが経済・情報戦を遂行するための物理的な盾』に徹しろ。……異論は認めん」

極めて合理的で、情け容赦のないトップダウン。

だが、そこには一切の私情や精神論は介在していない。ただ純粋に「日本が生き残るため」の冷徹なデータ主義と兵站至上主義があった。

「……坂上司令。相手は1億人の大帝国です。いかにシステムを統合しようと、このまま持久戦になれば、国力の差でいずれ我々は押し潰されますぞ」

年配の幹部が、震える声で指摘した。

1400万人対1億人。

その圧倒的なスケールの差は、いかに現代の知識があろうとも覆しがたい絶望の壁だった。

だが、真一は不敵に笑った。

「押し潰される? ……上等じゃねえか」

彼は卓上のマップに両手をつき、帝国の巨大な領土を見据えた。

「俺たちは今、歴史上類を見ない巨大な『坂』の下に立たされとる。見上げりゃ、雲の上にそびえるような大帝国だ。……じゃがな、上を向いて登るしかないんなら、俺たち日本人は、その坂の上の雲を目指して、ただひたすらに歩を早めるだけじゃ」

小国が大国に挑む。

それはかつて、この国が近代化の黎明期に経験した、絶望的で、しかし熱を帯びた「坂の上の雲」への挑戦そのものだった。

「悲観するな。俺たちには、1400万人の職人、商人、そして労働者(戦士)がいる。……帝国の皇帝に教えてやろうぜ。すべてを一つに統合した『日本の総力戦』が、どれほどタチの悪いバケモノかってことをな」

真一の号令により、日本という国家の歯車が、かつてない速度で噛み合い始めた。

官僚の縦割りは破壊され、情報、金融、武力が一つの「意思」を持って動き出す。

大帝国による静かなる包囲網(見えざる手)に対し、日本は自らの身体を強固な「システム」へと作り変え、盤上のルールそのものを破壊するための反撃の準備を完了させたのである。

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