EP 8
【裏側】推しの歌につられた魔王、職場放棄の乱入
グレイグ魔皇国、帝都・玉座の間。
「——我も行く!! 聖地のライブ(大合唱)に混ざる!!」
魔王ラスティアが『次元魔王剣』を引き抜き、空間転移の魔法陣を展開した瞬間。
宰相ルーベンスは、その完璧な貴公子の顔面を完全に崩壊させて絶叫した。
「ふざけんなァァァッ!! 陛下が抜ければ、東京を覆っている『ダーク・イージス』が消滅しちまうだろうが!! 奴ら、空から蟲の雨を降らされて全滅だぞ!!」
「細けえことはいいんだよ!! 我が直接出向いて蟲どもを全部斬り刻めば、バリアなんて張る必要ないでしょ!!」
魔皇国の絶対的なトップは、片手に国宝の魔王剣、もう片方の手に魔法で発光させた「推し色のペンライト(赤)」を握り締め、完全に血走った目をしていた。
「さあ行くわよ! 月人くんの神曲の特等席へ!!」
「ああっ、もうダメだこの国は! 俺の胃に穴がッ……!!」
ルーベンスが床に崩れ落ち、胃薬の瓶をひっくり返す中。
限界オタクと化した最強の女帝は、光の渦に包まれて玉座の間から姿を消した。
新宿・都庁前広場。
『チィッ! さすがの俺様も、あんなデカブツを一人じゃ噛み砕けねえぞ!』
合成死獣。
都庁ビルにも匹敵する巨大な蟲の塔が、新宿の夜空を覆い隠すようにそびえ立っていた。1400万人の合唱バフを受けたガオンでさえ、その圧倒的な質量の前には足止めを食らうしかない。
「おい、冗談だろ……」
坂上信長が、九九式の銃身から上がる白煙を払いながら、絶望的な大口を開けた蟲の塔を見上げる。
だが、自衛隊員たちを襲った悲劇はそれだけではなかった。
——パリンッ!!
突如、空からガラスが砕けるような鋭い音が響いた。
東京全域をドーム状に覆っていた、魔皇国の半透明の黒い結界『ダーク・イージス』。それが、粉雪のように崩れ去って消滅したのだ。
「ば、バリアが消えた!?」
「上を見ろ! 空からカマキリ(死鎌機)の群れが降ってくるぞ!!」
地下からはビルサイズの合成魔獣。空からは数万の飛行蟲。
魔皇国という最強の盾が消え、絶対絶命の挟み撃ち。自衛隊員たちに「今度こそ終わりだ」という絶望がよぎった、その時だった。
『……ええい、うるさいうるさいうるさぁぁぁいッ!!!』
上空の空間が、バリィィィッ! と雷のような音を立てて『物理的に』引き裂かれた。
まるで夜空に黒いジッパーが開いたかのように生まれた、漆黒の空間の裂け目。
その裂け目から、1400万人の大合唱『降臨!聖獣機神ガオガオン』のBGMに乗って、絶世の美女が「ペンライト」を振り回しながら降臨した。
『東京ドォォォォム!! じゃなかった、新宿ゥゥゥ!! 盛り上がってるゥゥゥッ!?』
「……は?」
信長が、ポカンと口を開ける。
宙に浮く美女——魔王ラスティアは、戦場を飛び交う不気味な蟲の羽音に、苛立たしげに眉をひそめた。
『あーもう、羽音がうるさい! せっかく月人くんの生歌(音源)と、聖地の皆さんのコールが響いてる最高のエモ空間なのに! 推しの歌の邪魔をするなぁぁっ!!』
ラスティアは、右手に持った『次元魔王剣』を、ただ無造作に、横凪ぎに一閃した。
——ズバァァァァァァァァァッ!!!
音も、衝撃波すらもなかった。
ただ、ラスティアが剣を振るった軌跡上にある『空間そのもの』がズレた。
空を覆い尽くさんばかりに降ってきていた数万の死鎌機の上半身が、スッと綺麗に消失する。切断されたのではなく、次元の彼方へ「消し飛ばされた」のだ。
「ギ、ギィィ……?」
さらに、都庁サイズに融合していた合成死獣も、その巨体の中心に巨大な『風穴』が開き、バランスを崩してドゴォォォンッと崩れ落ちた。
「な、なんだあの女……! 剣を一振りしただけで、蟲の群れが消滅したぞ!?」
「神様か!? それとも新しいバケモノか!?」
自衛隊員たちが恐怖と混乱に陥る中、黄金の獅子・ガオンも冷や汗を流していた。
『おいおいおい……なんだあの女のデタラメな魔力は。ルチアナ(女神)と同等、いや、それ以上か……!?』
だが、当のラスティアは、蟲が消えて視界が晴れた先——黄金に輝くガオンの姿を見つけると、黄色い悲鳴を上げた。
『キャァァァァッ!! 本物よ! 生のガオンよ! 月人くんのPVに出てたロボの原案!! かっこいいわぁぁぁっ!!』
『は? な、なんだこの女……引くわ……』
最強の魔王の限界オタクっぷりに、毒舌神獣がドン引きする。
ラスティアは空中でジタバタと身悶えした後、ハッと我に返り、真剣な顔でガオンを指差した。
『でも、ダメよ! 月人くんのPVみたいに、ちゃんと「合体」して敵のボスを倒してくれないと、絵面が足りないじゃない!』
『無茶言うな! 合体したくても、俺以外の四神は今頃、群馬県の『草津温泉』とかいう場所で……』
ガオンが念話で返した瞬間。
ラスティアの目が、スッと座った。
『……は? 神のくせに、推しの曲が流れてるライブ会場に遅刻? しかも温泉旅行中? ……なめとんのか、その爬虫類と鳥と亀と猫は』
ゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
ラスティアの全身から、先ほどの次元斬りすら上回る、ドス黒い怒りの魔力が立ち昇る。
『私が、強制的に連行してあげるわ!!』
ラスティアは次元魔王剣を天に掲げ、日本の群馬県・草津温泉の座標へと直接、規格外の魔力を叩き込んだ。
『——開け、強制転移門!!』
新宿の夜空に、巨大な魔法陣が出現する。
そして、その魔法陣からボトボトと落ちてきたのは……。
「……んあ? なんだ? 湯冷めするじゃねえか」
頭に白い『手ぬぐい』を乗せ、前足で『湯もみ板』を持った、青い鱗の龍(青龍)。
『草津』と書かれた木桶を首から下げた、赤い鳥(朱雀)。
背中の甲羅で温泉まんじゅうを温めている、亀(玄武)。
そして、フルーツ牛乳を咥えた、白い虎(白虎)。
彼らは、草津の名湯(エメラルドグリーンの湯)ごと、新宿のど真ん中に「ぽちゃんっ」と落とされたのである。
「……え? 何ここ。温泉街じゃないの?」
寝ぼけ眼の青龍が、周囲の瓦礫と自衛隊員たちを見て首を傾げる。
その瞬間。
大田区の町工場が作った九九式の銃身よりも熱く、そして激しい、黄金の獅子の『ブチギレ念話』が新宿中に響き渡った。
『てめえらァァァァァッ!! ぶっ殺すぞォォォォッ!!!』
推しの力と魔王の理不尽によって、異世界の神獣たちが、ついに新宿の戦場に揃い踏みした。




