EP 7
【神回】1400万人の『歌』、奇跡の増幅
『——ガオッ! ガオッ! ガオッ!』
『——ガオッ! ガオッ! ガオッ!』
『ガオガオオオオン!!』
深夜の東京。
1400万人が暮らすコンクリートジャングルに、巨大な屋外ビジョンから、防災スピーカーから、そして無数のスマートフォンから、一つの『歌』が鳴り響いていた。
『眠れる獅子の瞳に宿る 紅蓮に燃え上がるソウル』
『錆びついた世界を その手で塗り替えろ』
日本のトップアイドル・朝倉月人が歌う、無駄に壮大でダサ熱いロボットアニソン『降臨!聖獣機神ガオガオン』。
新宿地下の巨大シェルター。
初めは戸惑っていた避難民たちだったが、恐怖のどん底に響く「推しの歌」は、強烈な精神安定剤となった。誰からともなく手拍子が始まり、若者たちが声を合わせる。
「ガオッ! ガオッ! ガオッ!」
「月人くーん! いけえええっ!!」
早乙女蘭も、ヒビの入ったスマホを胸に抱きしめながら、涙声でコールを叫んでいた。
大田区の町工場。
深夜の操業で疲労のピークに達していたオヤジたちの耳に、アップテンポなブラスバンドのメロディが飛び込んでくる。
「ハッ、政治家のジイさんもイキなBGMを流しやがるぜ!」
「おう! リズムに乗れ! 自衛隊の兄ちゃんたちを待たせるな!!」
ギュイィィィィンッ! ガオッ! ガオッ!
旋盤が鉄を削る爆音と、職人たちの合いの手が、まるで一つの巨大なパーカッションのように歌と完全に同期していく。
そして、最前線である新宿・都庁前広場。
『赤い情熱が 平和な世界と書き換える』
『「起動せよ、ガオン!」 勝利へのカウントダウン』
「……マジかよ。俺たち、特撮映画のモブ兵士か?」
坂上信長が九九式のボルトを引きながら、思わず笑いを漏らした。
だが、その表情には先ほどまでの絶望は微塵もない。アイドルの歌と、背後で戦う黄金の神獣。あまりにもバカバカしい状況が、逆に自衛隊員たちから「死の恐怖」を完全に吹き飛ばしていたのだ。
「総員、歌のリズムに合わせろ! 一発も外すな!! 撃てェッ!!」
ズドンッ! ズドンッ! ズドンッ!
九九式短小銃の重厚な発砲音が、楽曲の重低音ビートと重なり、死蟻機の頭部を次々と打ち砕いていく。
そして——戦場の中央。
『——アハハハハハハッ!! 力が……力が無限に湧いてきやがるゥゥッ!!』
聖獣ガオンの全身から、夜空を焦がすほどの凄まじい『黄金の神気』が火柱のように立ち昇った。
アナステシア世界において、神や聖獣の力の源は「信仰」である。
若林幸隆の仮説は、完全に的中していた。
魔法のない現代日本において、特定のアイドルやキャラクターに向けられる『ファン心理(推しへの愛)』と『一体感』。それらが1400万人という途方もない規模で一箇所に集中した時——それは、異世界のどの宗教国家の祈りよりも純度が高く、強大な『信仰のエネルギー』へと変換されたのだ。
「シャァァァァァッ!!」
巨大な死百足が、黄金に輝くガオンを丸呑みにしようと大顎を開く。
『「へっ、見てらんねえな」と毒づいて』
『それでも誰より 先陣を走る』
スピーカーから流れる月人の歌詞と、ガオンの動きが完全にリンクした。
『——遅えんだよ、虫ケラァァッ!!』
ガオンの巨体が、文字通り『光』となって死百足の懐に潜り込む。
強靭な前足が振り抜かれると、数十メートルある蟲の王の胴体が、紙切れのように真っ二つに引き裂かれた。
「す、すげえ……! さっきよりスピードもパワーも段違いだ!」
信長が目を見張る。
『オラオラオラァッ!! チキュウの人間ども、もっと声を出せ!! テメェらの魂、俺様のエンジンに直結してんだよ!!』
ガオンは戦場を縦横無尽に駆け回り、死蟻機の群れを竜巻のように薙ぎ払っていく。
酸を浴びても、強化された黄金のオーラが瞬時にそれを蒸発させる。1400万人の熱狂を受けた神獣は、完全に無敵の存在と化していた。
だが——。
『……信じられない。魔力を持たないただの人間たちが、これほどの神気を生み出すなど……!』
天魔窟のワイズが、焦燥に声を荒らげる。
『ならば、すべてを飲み込む圧倒的な質量で押し潰すまで! いでよ、合成死獣!!』
ズズズズズズッ……!!
新宿の陥没穴から、数万の死蟻機と死百足が互いに溶け合い、融合し、都庁ビルにも匹敵するほどの超巨大な『蟲の塔』——合成魔獣がその姿を現した。
「なっ……! ビルよりでけえぞ!!」
自衛隊員たちが絶望的な巨大さを見上げる。
『チィッ! さすがの俺様も、あんなデカブツを一人じゃ噛み砕けねえぞ!』
ガオンが舌打ちをする。
ガオンの力は今や最高潮に達している。だが、彼の真の力は、他の四神と合体して『聖獣機神ガオガオン』となり、必殺の【聖獣剣ゴッドブレード】を振るうことにあるのだ。
『クソォォッ! 青龍と朱雀のバカども! 今すぐ草津温泉から帰ってきやがれェェッ!!』
ガオンの悲痛な叫びが、月人の歌声に重なる。
『五つの願いが 一つに重なる時』
『奇跡の合体が 闇を切り裂くぜ!』
神獣単独では、あの超巨大な蟲の塔を倒すことはできない。合体が必要だ。
だが、四神は日本の群馬県で温泉旅行中。絶体絶命のピンチ。
——しかし。
この日本中から巻き起こった「推しの歌の大合唱」に、最も敏感に、そして最も劇的に反応した『最強のオタク』が、西の大陸に存在していたのである。
グレイグ魔皇国、帝都・玉座の間。
「……ああっ……! ああああああああっ!!!」
魔導スクリーン(スマホの映像を投影したもの)に映し出された、東京の街並み。
巨大ビジョンで流れる月人のライブ映像と、それに合わせて「ガオッ!ガオッ!」と大合唱する1400万人の熱狂の波。
それを玉座で見ていた魔王ラスティアは、全身をワナワナと震わせ、両手で顔を覆っていた。
「尊い……! 尊すぎる……ッ!! 聖地(日本)の民が一つになって、月人くんの神曲を歌っているなんて……! なんで、なんで我はその場にいないのぉぉぉぉっ!?」
血の涙を流さんばかりの勢いで身悶えするラスティア。
その後ろで、宰相ルーベンスが嫌な予感に胃を押さえていた。
「へ、陛下? アナタは今、東京を覆う『ダーク・イージス』に魔力を注ぐという大事なお仕事が……」
「仕事なんかしてる場合かァァァァァッ!!」
バァァァァンッ!!
ラスティアが、玉座の横に突き立てられていた『次元魔王剣』を引っこ抜いた。
「我も行く!! 聖地のライブ(大合唱)に混ざる!! ついでに、あの蟲どもを月人くんのBGMで倒すだなんて、エモすぎるシチュエーション、絶対に特等席で見るわ!! ルーベンス、後は任せた!!」
「はァァァ!? ふざけんなクソババァ! お前が抜けたらバリアが——」
ルーベンスの絶叫を置き去りにして。
推しの歌につられた大陸最強の魔王が、職務を完全に放棄し、東京の戦場へ向けて『空間転移』の魔法陣を展開した。




