EP 6
蘭の着メロと、妖怪の閃き
「えっ……!? ちょ、ちょっと待って、動いてよぉ!」
新宿駅地下の巨大シェルター。
地上での死闘の震動が響く暗い空間に、早乙女蘭の落としたスマートフォンから、あまりにも場違いなアイドルの歌声がガンガンと鳴り響いていた。
『——「起動せよ、ガオン!」 勝利へのカウントダウン!!』
朝倉月人の伸びやかな美声と、無駄に壮大なブラスバンドのイントロ。
パニックになった蘭が、ヒビの入った画面を必死にタップするが、フリーズしたスマホはマナーモードに戻るどころか、サビに向けてさらに音量を上げていく。
「な、なんだこの歌……?」
「こんな時に音楽なんて流して、不謹慎だぞ!」
周囲の大人たちが、眉をひそめて蘭を咎めるような視線を向ける。
だが、蘭の手から滑り落ちたその「ダサ熱いロボットアニソン」は、地下鉄の換気ダクトを通じて反響し、地上で蟲の海に沈みかけていた『神獣』の耳へと、確かに届いていた。
『……あ? なんだ、この歌は……?』
新宿・都庁前広場。
数十万の蟲の重圧と、強酸によって黄金の装甲を溶かされ、意識が飛びかけていた聖獣ガオンの瞳が、ピクリと動いた。
換気口から微かに、だがハッキリと漏れ聞こえてくる旋律。
それは、神界のコタツで女神ルチアナが徹夜でヤケクソになって書き上げた、自分の魂の根幹を揺さぶる神の旋律だった。
『「へっ、見てらんねえな」と毒づいて〜♪』
『それでも誰より 先陣を走る〜♪』
『……内側から、力が……。ルチアナの野郎が適当に書いた、俺様の……魂の旋律じゃねえか……!!』
「隊長! 見てください、あのライオンの様子が……!」
九九式のボルトを引いていた信長が目を開けると、蟲の山の下敷きになっていたガオンの全身から、先ほどまでとは比べ物にならないほど強烈な『黄金のオーラ』が吹き上がり始めていた。
『——ウオォォォォッ!! なんだか知らねえが、力が湧いてきやがる!! どけェッ、虫ケラどもォォッ!!』
ガオンが咆哮と共に立ち上がり、覆い被さっていた数百匹の死百足や死蟻機を、黄金の闘気だけで天高く吹き飛ばした。
「な、なんだ!? 急にライオンの出力が跳ね上がったぞ!?」
「隊長、地下の換気口から……なんか音楽が聞こえませんか?」
「音楽だと……? 朝倉月人の曲じゃねえか、これ!」
信長たち自衛隊員が呆然とする中、ガオンはノリノリで蟲たちを薙ぎ払いながら、信長の脳内に念話を飛ばしてきた。
『おい人間! お前らの足元から流れてるその曲、もっとデカい音で流せねえのか!? 俺様のテーマソングだ! これを聞いてると、神気が無限に湧いてくるぜ!!』
「お前のテーマソングゥ!?」
一方、防衛省の地下中央指揮所。
前線のインカムから微かに拾われた「ダサ熱いアニソン」と、それに呼応して出力の波形が異常な数値を叩き出し始めた神獣のデータを見て、オペレーターたちが騒然としていた。
「バ、バカな……! 新宿エリアで確認された未知の魔獣のエネルギー値が、さっきの3倍以上に跳ね上がっています!」
「原因は!? 温泉に行っているという援軍が到着したのか!?」
出雲艦隊総司令・真一が叫ぶが、オペレーターは信じられないものを見る目で首を振った。
「違います! 前線から微弱な『音楽』が観測されており……そのリズムと、魔獣のエネルギー波形が完全に同期しています!!」
「音楽だと……? そんな馬鹿な話があるか!」
真一が混乱する中。
傍らでその報告を聞いていた与党幹事長・若林幸隆は、ジッポーライターをカチンと鳴らし、深く『ピース』の煙を吐き出した。
その顔には、永田町の妖怪としての、最高に狂った笑みが浮かび上がっている。
「……なるほど。魔法がない我が国にも、『信仰心(ファン心理)』という名のエネルギーを生み出す魔法があったというわけか」
「若林先生?」
若林は立ち上がり、メインモニターに映るガオンの姿と、大田区で徹夜で稼働を続ける町工場の中継映像を交互に見つめた。
「真一。神獣が強くなるためのエネルギー源が『信仰』や『祈り』だとするなら……我が国のアイドル文化(オタ活)が持つ凄まじい熱量は、異世界の神すらも限界突破させる極上の魔力になるということだ」
若林は、インカムマイクを自らひっ掴んだ。
「ただちに、都内の全防災行政無線のロックを解除しろ! テレビ局、ラジオ局の全電波を国家権力でジャック! 前線の地下で流れている『朝倉月人の曲』の音源を特定し、1400万人の耳に直接叩き込め!!」
「若林先生! いくらなんでも、戦闘中にアイドルの曲を流すなど……!」
「弾薬がないなら、1400万人の『心』を撃ち出せばいいのだ!!」
若林の圧倒的な覇気に、指揮所の全員が息を呑んだ。
「大田区の工場で徹夜する工員たちを鼓舞するため! 前線でポンコツ銃を握る兵士たちを奮い立たせるため! そして、我々を守る不器用な神獣に、日本人の最大の『祈り』を届けるためだ! ……やれッ!!」
「……了解!! 防災無線、テレビ、ラジオ、全周波数ジャック! 音源データ照合完了、『降臨!聖獣機神ガオガオン』……再生します!!」
その瞬間。
東京という1400万人の都市に、前代未聞の『魔法』がかけられた。
新宿のビル群に設置された巨大ビジョンが、緊急警報から『朝倉月人のPV映像』へと一斉に切り替わる。
大田区の町工場で鳴り響いていた無骨なラジオから。
避難所のスピーカーから。
そして、前線の自衛隊員たちが背負う通信機から。
『——ガオッ! ガオッ! ガオッ!』
『——ガオッ! ガオッ! ガオッ!』
深夜の東京を揺るがすような、圧倒的爆音。
ルチアナが徹夜で書き上げたダサ熱いメロディが、1400万人の漂流国家を包み込んだ。
「……なんだこれ! 月人くんのロボットの曲!?」
避難所で震えていた若者たちが顔を上げる。
「おうおう! なんだか知らねえが、景気のいい曲が流れてきやがったぜ!」
大田区の工場で、鉄を削っていたオヤジたちが、汗を拭いながらニヤリと笑う。
「おい、マジかよ……! 防衛省、頭おかしくなったのか!?」
前線の自衛隊員たちが、空から降り注ぐアニソンに目を見開く。
だが、その曲の中心にいる神獣——ガオンは、黄金の装甲を震わせて歓喜の咆哮を上げた。
『アハハハハハッ!! 最高だぜ人間ども!! テメェらのその熱い魂、確かに受け取ったぜェェッ!!』
1400万人の心と、異世界の神獣が繋がった瞬間。
無限の蟲を相手取った、世界で一番熱くてバカバカしい『特撮ロボット大戦』の幕が、今まさに上がろうとしていた。




