EP 3
東京総力戦! 町工場ミラクル
新宿・都庁前、地下シェルター入り口。
「……引くな! 盾を重ねろ! 隙間を突けッ!!」
坂上信長の怒号が、蟲たちの耳を弄する羽音に掻き消される。
自衛隊の誇る89式小銃は、今やただの「鉄の棒」と化していた。隊員たちは銃口に装着した銃剣を構え、文字通り肉薄してくる死蟻機の群れを押し止めている。
だが、人間の腕力で振るうナイフでは、鋼鉄に等しい蟲の装甲に弾かれ、火花を散らすのが精一杯だ。
「グアァァッ!!」
隣の隊員が、死蟻機の放った強酸を肩に浴びて崩れ落ちる。
「……クソッ、これが『タマ切れ』の絶望かよ……!」
信長は、ひしゃげた小銃のストックで死蟻機の頭部を殴りつけながら、奥歯を噛み締めた。
近代化された軍隊にとって、弾薬の喪失は「死」と同義だ。1400万人の命を背負った彼らの盾は、今まさに粉々に砕け散ろうとしていた。
その頃、都心から離れた城南地域——東京・大田区。
普段は「騒音苦情」に神経を尖らせるこの町が、今夜ばかりは地響きのような爆音に包まれていた。
「——ドボォォォォォォォンッ!!」
夜空を切り裂き、新宿方向から飛来した自衛隊の大型輸送ヘリ『CH-47J』が、工場の密集地帯にある小学校の校庭へ強引に降り立つ。
ハッチが開き、中から溢れ出してきたのは、異世界ポポロ村からゴルド商会が「超特急」で買い集めてきた山のような鉄鉱石、真鍮のインゴット、そして大量の『硝石草』だった。
「おらぁッ! 荷下ろしを急げ! 1分1秒が自衛隊の兄ちゃんたちの命だと思え!!」
岩田源蔵の怒鳴り声が響く。
そこには、大田区中から集まった町工場のオヤジたち、そして夜勤明けの若手職人たちが数千人、目を血走らせて待機していた。
「源さん! 銃身のライフリング加工、ウチの5軸マシニングセンタなら1本3分でいけるぜ!」
「こっちは弾丸の真鍮削り出しだ! 0.01ミリの狂いもなく仕上げてやらあ!」
「火薬の調合は化学工場の隠居どもを叩き起こした! 『昔取った柄だ』って張り切ってやがる!」
若林が提示した『九九式短小銃』の図面。
それは、現代のアサルトライフルに比べればあまりに単純な構造だった。
しかし、その「単純さ」こそが、サプライチェーンを失った今の日本にとって唯一の勝機だった。
「いいか野郎ども! 相手はバケモノだ、当時の図面通りなんて甘いこと言わねえぞ!」
源蔵が、真っ赤に熱せられた鉄を睨みつけ、ハンマーを振り下ろす。
「大田区の精度を叩き込め! ボルトの滑らかさは絹のように、銃身の強度はダイヤモンドのようにだ! 世界に誇る『メイド・イン・トウキョウ』の意地を見せてやれ!!」
ギュイィィィィィィィィンッ!!!
無数の旋盤が唸りを上げ、火花が夜の闇を黄金色に染め上げる。
最新鋭の工作機械が、80年前の旧式銃を「超高性能な狙撃銃」へと昇華させていく。
木製のストックは近所の家具職人が、撃発スプリングはバネ専門の零細企業が。
バラバラだった「1400万人の点」が、一つの『巨大な工廠』として繋がり、巨大な熱量を放ち始めた。
「……信じられん。これが、日本の底力か」
現場に随伴していた自衛隊の補給官が、震える声で呟いた。
図面を渡してからわずか3時間。
工場の出口からは、黒光りする新品の『令和版・九九式』が、木箱に詰められて次々と運び出されていた。
新宿、戦線崩壊の5分前。
「……全員、シェルター内に退がれ! 扉を閉めろ!!」
信長が最後の一人を押し込み、自らも絶望的な蟲の波を前に、折れた銃剣を構えた時だった。
『——地上部隊、聞こえるか! お待たせ、特急便のお届けだぜ!!』
上空から、雪之丞のF-35Bが——弾薬はないが、その爆音だけで蟲を威嚇しながら、超低空で飛来した。
その後ろから、2機の輸送ヘリが猛スピードで突っ込んでくる。
ヘリのハッチが開くと同時に、中から重厚な木箱が、パラシュートすら付けずに次々とストリートへ蹴り出された。
「な、なんだ……!? 補給か!? でもタマがなきゃ……」
「バカ言え! 箱の中を見ろ!!」
信長が転がってきた木箱を蹴り開ける。
そこにあったのは、プラスチックとポリマーで作られた現代の兵器ではない。
重厚な鋼鉄の銃身と、美しい木目の銃床。
そして、一発一発が指ほどの太さがある、真鍮削り出しの『7.7mm弾』。
添えられたメモには、殴り書きでこうあった。
『大田区のオヤジたちより。一発も外すなよ、兄ちゃん。』
「……ハッ。最高だぜ、日本のオヤジ共!」
信長は、油の匂いが残る新品の九九式をひっ掴み、流れるような動作でボルトを引いた。
ジャキンッ、という、現代兵器にはない重厚で確かな金属音。
「——総員、換装!! 100年前の鉄槌を、あのバケモノどもの脳味噌に叩き込んでやれぇッ!!!」
新宿の夜空に、ボルトアクションを引き絞る鋼の音が連鎖する。
弾薬ゼロの絶望が終わった。
1400万人の『労働』が作り上げた、反撃の火蓋が切られようとしていた。




