EP 2
永田町の妖怪と、大田区のオヤジ
防衛省の地下中央指揮所。
「全火器の沈黙」を知らせる絶望の報告に、室内は水を打ったような静寂に包まれていた。
「……信長たち前線部隊に、シェルター内への後退を指示しろ。バリケードを築き、銃剣と鈍器、消火器でも何でも使って入り口を死守させろ」
出雲艦隊総司令・坂上真一が、血の滲むような声で命令を下す。
近代兵器を持った自衛隊が、中世の歩兵のように白兵戦を強いられる。それは、巨大な大顎と強酸を持つ死蟲軍を前に、彼らに「死ね」と言っているのに等しかった。
「総司令! しかし、それではもって数時間です! 弾薬の補給がなければ……ッ!」
「分かっている! だが、無いタマは撃てんのだ!!」
真一の悲痛な怒号が響く中。
ソファに座っていた若林幸隆が、灰皿に『ピース』を押し付け、ゆっくりと立ち上がった。
「……数時間か。ならば、ギリギリ間に合うな」
「若林先生?」
若林はスーツの埃を払いながら、真一を真っ直ぐに見据えた。
「真一。前線の兵士たちに伝えろ。『絶対に死ぬな。遅れてやってくる最強の補給物資を待て』と」
「補給……? 馬鹿な、地球の補給線は絶たれているんですよ!? どこから弾薬を……」
「現代の兵器が作れないなら、作れるものを作ればいいだけの話だ。……すでに『職人』は呼んである」
若林が指を鳴らすと、指揮所の重厚な扉が開かれた。
そこに立っていたのは、自衛隊の制服でも、政治家のスーツでもない。
油と鉄の匂いが染み付いた作業着に身を包み、頭にタオルを巻いた、筋骨隆々の初老の男だった。
「……チッ。こんな夜更けに、しかも上がバケモノだらけだって時に、大田区から黒塗りの車で連行されるとはな。何の冗談だ、政治家のジイさんよ」
男の名前は、岩田源蔵。
世界一の精密加工技術が集まる街、東京・大田区の『町工場連合会』の会長である。
「夜分遅くにすまないね、岩田会長。君たちの腕を見込んで、至急『作ってほしいもの』があるんだ」
若林はそう言うと、傍らのアタッシュケースから、古びた、しかし分厚い『図面の束』を取り出し、デスクの上に広げた。
「これは……?」
源蔵が眉をひそめ、油まみれの太い指で図面をなぞる。
そして、そこに書かれた文字を読んで、目を丸くした。
「おいおい……『九九式短小銃』? 大日本帝国陸軍の、先の大戦のボルトアクションライフルじゃねえか。なんでこんな骨董品の図面を……」
真一たち自衛隊の幹部も絶句した。
自衛隊の最新鋭『89式小銃』ではなく、80年以上前の旧式銃。
「89式小銃の弾丸(5.56mmNATO弾)や銃身は、現代の高度な化学工業で作られた無煙火薬と、地球規模のサプライチェーンがなければ絶対に作れない。……だが」
若林は、図面をトントンと指で叩いた。
「この九九式なら、構造は極めて単純だ。鉄のパイプと木材、そして真鍮の薬莢さえ削り出せれば、ポポロ村からゴルド商会経由で買い集めた『硝石(黒色火薬の原料)』を使って、弾丸ごと完全に再現できるはずだ。違うかね?」
若林の言葉に、指揮所の空気が震えた。
現代兵器の弾薬が補充できないなら、構造がシンプルで「町工場の旋盤技術」だけで作れる旧式兵器を、リバースエンジニアリングで再生産する。
「……なるほど。理屈は通ってる。だがな、アンタら」
源蔵は腕を組み、鋭い目で若林を睨み返した。
「俺たち町工場を舐めてもらっちゃ困る。こんな80年前の『公差(寸法のズレ)』がガバガバな図面通りに作ったら、俺たちのプライドに関わる。……俺たちの最新のNC旋盤とマシニングセンタを使えば、当時の何倍もの精度を持った『狙撃銃クラスのバケモノ』が仕上がるぜ?」
「頼もしいな。……数はどれくらい用意できる?」
若林の問いに、源蔵はニヤリと、獰猛な職人の笑みを浮かべた。
「大田区、墨田区、葛飾区……東京の下町にはな、宇宙ロケットの部品から深海探査機まで作る『変態的な技術を持った親父たち』が、何万人も腐るほどいるんだよ。……鉄の塊と設計図さえありゃあ、24時間で数千丁と万単位のタマを揃えてやらあ!!」
「決まりだ」
若林は即座に振り返り、全オペレーターに向けて叫んだ。
「ただちに特別措置法を発令! 都内の全電力を工業地帯(下町)へ優先供給しろ! 町工場で働くすべての職人に、国庫から特別報酬を約束する! 家族を守りたければ、今夜は寝るなと伝えろ!!」
弾薬ゼロの絶望に包まれていた東京で。
今、魔法でも奇跡でもない、1400万人の漂流国家が誇る最大の武器——『工業力』という名の反撃の炎が、轟音と共に立ち上がった。
——ギュイィィィィィィィィンッ!!!
深夜の東京下町。
普段なら静まり返っているはずの無数の町工場から、一斉に、鉄を削る旋盤の爆音が鳴り響き始めた。
「おい! ゴルド商会から鉄鉱石と真鍮の塊が届いたぞ!!」
「図面はタブレットに共有されたな! 銃身のライフリング(旋条)はウチが削る! スプリングの加工は隣の鈴木製作所に回せ!」
ランニングシャツ姿のオヤジたちが、汗と油にまみれながら、猛烈なスピードで鉄を削り、火薬を詰め、一本のライフルへと組み上げていく。
『——市民の皆様、ならびに工員の皆様。こちらは与党幹事長、若林幸隆です』
工場のラジオから、若林の演説が流れる。
『前線の自衛隊は、弾を撃ち尽くしました。今、彼らは銃剣一本で、君たちの家族を蟲から守るために血を流しています。……彼らに、我々が作った「反撃のタマ」を届けてやってほしい。この国の運命は、君たちのその油まみれの手にかかっている!』
「……言われなくても、やってやらあ!!」
源蔵が、削りたての真鍮製カートリッジを天に掲げて吠える。
1400万人のパイの真価。
それはただの消費市場ではない。極限の状況下で、一晩にして「軍需産業」をゼロから立ち上げてみせる、世界最高峰の労働力(職人魂)であった。
「待ってろよ、自衛隊の兄ちゃんたち。……東京のオヤジたちの意地、特急便で届けてやるからな!!」
火花が散る下町の工場から。
異世界のバケモノを撃ち抜くための「令和版・九九式」が、今、次々と産声を上げていた。




