EP 12
魔人ワイズの嘲笑
歓喜に沸くグレイグ魔皇国や、束の間の平和を謳歌するポポロ村から遠く離れた、大陸の最北端。
常に紫色の有毒な霧が立ち込める深淵ダンジョン——『天魔窟』。
その最深部にある広大な地下空洞では、何万、何十万という不気味な蠢きが、漆黒の闇の中で息を潜めていた。
カチャリ、カチャリと鳴る鋼鉄の装甲音。そして、岩をも溶かす緑色の強酸が滴り落ちる、悍ましい羽音と咀嚼音。
死蟲王サルバロスの軍勢、その出撃を待つ『兵器廠』である。
「——おお、お帰りなさい。私の可愛い斥候たちよ」
派手な燕尾服に不気味な仮面をつけた道化師——魔人ワイズが、大仰な身振りで両手を広げた。
紫の霧の中から這い出てきたのは、数匹の『死蟻機』だった。だが、その姿は無残だった。強固な装甲はベコベコに凹み、ある個体は脚を数本失い、ある個体は頭部の半分が吹き飛んでいる。
東京・銀座の地下鉄から地上へ這い出し、陸上自衛隊の集中砲火を浴びて、這々の体で逃げ帰ってきた生き残りたちである。
「ギィィィ……」
瀕死の死蟻機が、主の足元に崩れ落ちる。
ワイズは憐れむような、しかし酷く歪んだ笑い声を漏らすと、白い手袋をはめた手で死蟻機の無残な頭部に触れた。
「よしよし、よく頑張りましたね。さあ、私に見せてごらんなさい。……あの未知なる『鉄の浮遊島』が持つ、暴力の底を」
——ドクンッ!!
ワイズの手から黒い瘴気が放たれ、死蟻機の脳髄に直接アクセスする。
道化師の仮面の奥にある瞳に、死蟻機が銀座で見た『記憶の映像』が猛烈なスピードで流れ込んできた。
逃げ惑う、魔力を一切持たない脆弱な人間たち。(極上の魂の味)
彼らを守ろうと立ち塞がる黒服の兵士(SAT)たちの、豆鉄砲のような無意味な銃弾。
『——威嚇射撃なし、急所を狙え!! 撃てぇッ!!』
ワイズの口角が吊り上がる。
だが次の瞬間、記憶の映像は『真の絶望』へと切り替わった。
『——民間人を巻き込むな! 12.7mm重機関銃、斉射始め!!』
鼓膜を突き破る爆音。鋼鉄の装甲を容易く貫通し、仲間たちを挽肉に変えていく見えざる巨大な鉄の杭。
さらに空から飛来した『鉄の竜(F-35B)』が、文字通り血の雨を降らせる圧倒的な破壊の光景。
「……ほう。ほうほうほう!」
記憶の抽出を終えたワイズは、死蟻機の頭から手を離し、歓喜に打ち震えた。
「素晴らしい……! 闘気も魔法も一切使わずに、あれほどの物理的破壊力を生み出すとは! まるでエルフの古代兵器のようだ。なるほど、ルナミスやレオンハートの脳筋どもが尻尾を巻くわけです!」
ワイズは狂ったようにステップを踏み、クルクルと踊り回る。
もしあの火力を全方位に展開されれば、いかに死蟲軍といえども甚大な被害は免れないだろう。現代兵器の威力は、魔人の想像すら超えていた。
だが。
ワイズのステップが、ピタリと止まる。
「——ですが、見えましたよ。彼らの『致命的な弱点』が」
ワイズは、虚空に向かって指を突き立てた。
彼の瞳が捉えていたのは、兵器の威力そのものではない。銃撃の合間に自衛隊員たちが行っていた『弾倉の交換』。空の薬莢がアスファルトに転がる光景。
そして何より、あの破壊的な威力を放つ部隊の指揮官(信長)が、仲間の死骸の山を前にして見せた「残弾を気にするような、焦燥に満ちた目」だった。
「クハハハッ! アハハハハハッ!! 滑稽だ、実に滑稽だ!!」
ワイズは腹を抱えて大爆笑した。
「強力無比な牙を持ちながら、その牙を打ち出すための『魔力』を自給できない! 彼らの武器は、撃てば撃つほど確実に削れ、いつかは『ただの鉄屑』に変わる!! 有限の暴力……それが、あの1400万人を守る盾の正体ですか!!」
魔法であれば、術者の魔力が回復すれば何度でも撃てる。
しかし、地球の兵器は「弾」がなければ石ころ以下の存在になる。兵站線を切り離された漂流国家にとって、それは絶対に誤魔化しのきかない「死へのカウントダウン」だった。
「ならば、話は簡単です。……盾がすり減って消滅するまで、無限に叩き続ければいいのですよ!!」
ワイズが両手を高く掲げると、天魔窟の奥底から、地鳴りのような『ギチギチ』という金属音が響き渡った。
現れたのは、死蟻機だけではない。
空を覆い尽くすカマキリ型の『死鎌機』。
地中を掘り進む巨大なムカデ型の『死百足』。
天魔窟で培養されていた数十万という死蟲軍の大群が、主の号令に呼応して赤い複眼を一斉に発光させた。
「ルナミスも、レオンハートも、そしてグレイグ魔皇国のバリアも関係ありません。我々はただ、あの脆弱な『東京』の地下から直接湧き出し、彼らの弾薬を全て浪費させてやればいい」
ワイズは仮面を引き剥がし、狂気に満ちた素顔を晒して笑った。
「さあ、政治家どもの退屈な商談(お遊戯)はこれで終わりです。……最高の絶望の本番を始めましょうか!!」
異世界の底知れぬ悪意が、ついに日本の最大の弱点に牙を剥いた。
1400万人の命を喰らうため、弾薬を削り切るための『無限の波状攻撃』が、今まさに東京の地下へ向けて放たれようとしていた。
だが、この時のワイズは知る由もなかった。
有限の弾薬が尽き果てた絶望のどん底で、1400万人の日本人が「アイドルの名曲」を大合唱し、温泉旅行に取り残された『口の悪い獅子の神獣』を呼び覚ますという、世界で一番熱くてバカバカしい奇跡が起きることを——。
【第2章:死蟲の強襲と、反撃の経済外交】 完




