EP 11
オヤジたちの宴と、女帝の復活
ポポロ村、宿屋『月うさぎの亭』の裏庭。
星空の下に張られた簡素な天幕の中で、ジュージューと油の爆ぜる凶悪な音が響いていた。
「ほらよ、陸自特製『スパムと太陽芋のギトギト焼き飯』だ。疲れた胃袋にはこいつが一番効く」
信長が、中華鍋から大皿へ山盛りの焼き飯をドサリと移す。
テーブルを囲むのは、出雲艦隊総司令の真一、信長、そして——つい先ほどまで「冷徹な魔族の貴公子」として三国会談を支配していた、グレイグ魔皇国宰相・ルーベンスである。
「……ッ!」
ネクタイを緩め、シャツの第一ボタンを開けたルーベンスは、スプーンで焼き飯をすくい、一口食べた瞬間に目をひん剥いた。
スパムのジャンクな塩気と、太陽芋の甘み、そしてラードの暴力的な旨味が、過労で荒れ果てた彼の胃壁に染み渡っていく。
「うっ、うめぇ……ッ! なんだこの油の塊は! 魔皇国の宮廷料理なんかより、よっぽど血肉になる味がしやがる!」
「だろ? あとはこの『芋酒』で流し込めば完璧だ。……ほら、宰相殿も一杯どうだ」
真一が、度数25度のポポロ村産芋酒を無骨なグラスに注ぐ。
ルーベンスはそれを一気に煽り、「ぷっはぁぁぁっ!!」と親父くさい歓声を上げた。
「最高だわ! お前ら、マジで最高だ! 特にあのワカバヤシってジジイ! ルナミスとレオンハートの脳筋どもを『カネと理屈』でタコ殴りにした時、俺、笑いこらえるのに必死だったぜ!」
もはや貴公子の面影は1ミリもない。
ただの「残業明けの疲れたサラリーマン」と化した魔皇国のナンバー2は、日本の自衛官親子と完全に意気投合し、愚痴と酒の宴を繰り広げていた。
「いやぁ、俺もあのババア(女帝)の思いつきのせいで、過労死寸前だったんだよ! お前らの国がオタ活グッズを用意してくれなかったら、今頃俺、ストレスで国を一つ滅ぼしてたね!」
「はははっ! どこの世界も、上司がアホだと現場が苦労するってこったな!」
信長も笑いながらグラスを合わせる。
種族も世界も超えた、男たちの泥臭い絆が結ばれた夜だった。
一方その頃。
西の大国、グレイグ魔皇国の帝都・最深部にある『魔王の間』。
太陽の光すら届かない、漆黒の魔力に満ちた玉座の間は、現在、絶望的なまでのどんよりとした空気に包まれていた。
「……新幹線が、ない。……東京ドーム公演も、中止……」
玉座に力なく突っ伏しているのは、絶世の美女にして大陸最強のバケモノ——魔王ラスティア。
彼女は、ルチアナから貰ったスマホの画面(『公演中止のお知らせ』)を見つめながら、抜け殻のようになっていた。
「我が推し(月人くん)の生歌が聴けないなら、この世界などもう滅ぼしてしまおうか……。ああ、ルーベンスに『大陸全土焦土化命令』でも出そうかしら……」
物騒極まりない独り言を呟きながら、ラスティアが次元を斬り裂く『魔王剣』に手を伸ばしかけた、まさにその時だった。
「——お待ちください、女帝陛下ッ!!」
空間が歪み、転移魔法でルーベンスが玉座の間に帰還した。
酒とニンニクの匂いを微かに漂わせつつも、彼は必死に「貴公子の顔」を取り繕い、抱えていたアタッシュケースを恭しく掲げた。
「お望みの品を、東の浮遊島(日本)から持ち帰りました!! 月人殿の、ドーム公演初回限定版Blu-rayでございます!!」
「……え?」
ラスティアの赤い瞳が、パチクリと瞬きをする。
「……つ、月人くんの!? しかも初回限定版!? 特典のバックステージ映像付きのやつ!?」
バッ!! と、凄まじい風圧を伴ってラスティアが玉座から立ち上がった。
彼女はルーベンスからケースをひったくるように奪い取ると、魔導スクリーン(地球のプロジェクターを魔力で再現した魔導具)に即座にディスクをセットした。
暗い玉座の間に、極彩色のレーザー照明の映像が投影される。
『——東京ドーム! いくぜぇぇぇッ!!』
スクリーンに大写しになったのは、汗に塗れた超絶イケメン・朝倉月人(20)。
その瞬間、魔皇国の女帝の口から、およそ魔王らしからぬ悲鳴が上がった。
「キャァァァァァァッ!! 月人くぅぅぅぅぅんッ!! 顔が良い!! 今日も顔が国宝級に良いわ!!」
ラスティアは両手にペンライト(魔力で光る棒)を握りしめ、玉座の前で狂ったようにオタ芸を打ち始めた。
ルーベンスはその後ろで「(チョロい……チョロすぎるぞこのババア)」と冷や汗を拭う。
そして、ライブ映像の熱狂が最高潮に達した時。
月人がマイクスタンドを蹴り上げ、イントロの爆音と共に、『あの曲』が始まった。
『ガオッ! ガオッ! ガオッ!
ガオガオオオオン!!』
特撮ロボットアニメのような、ダサ熱いメロディとコーラス。
神界のコタツで、ラスティアに壁ドンされた女神ルチアナが徹夜でヤケクソになって書いた名曲——『降臨!聖獣機神ガオガオン』である。
『眠れる獅子の瞳に宿る 紅蓮に燃え上がるソウル……!』
「キタァァァァァッ!! ガオガオーン!!」
月人がウインクと共に熱唱する姿を見て、ラスティアのボルテージは致死量を突破した。
「ルチアナの奴、コタツで泣きながら書かされたくせに、天才的な神曲を作りやがって!! そしてそれを完璧に歌いこなす月人くんの尊さ……ッ! ああっ、無理、死ぬ! 我のブラックホールでもこの尊さは吸い込めないッ!!」
魔王の歓喜の絶叫と共に、玉座の間から凄まじい魔力の波動が爆発した。
城全体がビリビリと震動し、外を警備していた魔族の近衛兵たちが「敵襲か!?」と腰を抜かす。
「ぜぇ、はぁ、ぜぇ……ッ」
一曲踊り切り、肩で息をするラスティア。
彼女は振り返り、爛々と輝く赤い瞳でルーベンスを見据えた。
「ルーベンス。……この円盤(神器)を作った国、『日本』は今どこにある」
「は、はい。東の海、ルナミスとレオンハートの国境付近です。現在、我が国と同盟を結びました」
その言葉を聞いた瞬間。
ラスティアの顔からオタクの締まりのない笑みが消え、冷酷で圧倒的な『魔皇国の女帝』の顔へと切り替わった。
「そうか。……ならば全軍に布告せよ」
ラスティアは、傍らに立てかけられていた『次元魔王剣』をガシィッと掴み取った。
「月人くんを生み出した日本は、もはや我が魔皇国の『聖地』である! 聖地への巡礼ルート(流通)を塞ぐ者、聖地に土足で踏み入る者は……たとえ帝国だろうが神獣だろうが、我の剣で次元ごと塵にしてくれる!!」
最強の魔王が、完全復活を遂げた瞬間だった。
日本の生存戦略は、予期せぬ方向から「大陸最強の武力(絶対的な盾)」を手に入れることとなった。
——だが、彼女が「神獣すら塵にする」と豪語したまさにその頃。
日本の命運を分けるもう一つの存在、本物の『聖獣機神』のメインコアである毒舌ライオンもまた、日本の戦場へ向けて起動しようとしていたのである。




