EP 10
日・魔皇国 防衛経済同盟の成立
「——到着しました。朝倉月人、東京ドーム公演『LUNAR ECLIPSE』の初回限定版Blu-rayボックス、公式ファンブック、そして……昨年の全国ツアーで本人が実際に着用した、特注のステージ衣装(サイン入り)です」
防音室のテーブルの上に、自衛隊のジュラルミンケースがもう一つ開かれた。
わずか一時間。若林の鶴の一声により、日本のエンタメ業界と自衛隊の航空網が本気(狂気)の連携を見せ、最高純度の「推し活グッズ」が異世界へ空輸されてきたのである。
「お、おおおお……ッ!!」
ルーベンスは、ケースの中に鎮座するスパンコールだらけの派手なジャケットを前に、歓喜の震えを隠せなかった。
「間違いない。魔導通信の動画で、あのクソババア……陛下が穴が開くほど見ていた伝説の衣装だ! 匂い立つような強烈なフェロモン(※ただの高級コロン)を感じる……!!」
「我が国が総力を挙げて用意した『誠意』だ。これで、君の胃痛も少しは治まると良いがね」
若林が笑いかけると、ルーベンスは深く、深々と頭を下げた。
「若林殿。あんたは俺の、いや、グレイグ魔皇国の救世主だ。……この恩は、魔族の誇りにかけて必ず報いる」
「期待しているよ、宰相殿」
二人は固い握手を交わした。
ここに、1400万人の命を救うための『日・魔皇国 防衛経済同盟』の裏条約が完全合意に達した。
数十分後。ポポロ村の大会議室。
苛立ちを隠せないルナミス帝国のザルバスと、レオンハート獣人王国のガランの前へ、若林とルーベンスが戻ってきた。
ルーベンスはすでに「疲れたオヤジ」の顔を完璧に隠し、冷徹な魔族の貴公子のオーラを再び纏っている。ただ一つ、彼の手には大切そうに『謎のアタッシュケース』が握られていた。
「待たせたな。……結論から言おう」
若林が円卓の前に立ち、ザルバスとガランを見下ろした。
「我が日本国は、これより【グレイグ魔皇国】と独占的な防衛・経済同盟を締結する。よって、君たち二国との交渉は決裂だ。……お引き取り願おうか」
「な、なんだとォッ!?」
ガランが円卓を叩き割り、立ち上がった。
「ルーベンス! 貴様、本当に我々を裏切り、その物乞いどもと手を組むというのか! 正気か!」
「ええ、極めて正気ですよ」
ルーベンスは冷たく鼻で笑い、パチンと指を鳴らした。
——ズズズズズズズッ!!!
その瞬間、会議室ごと揺るがすような途方もない魔力の奔流が、ルーベンスの足元の影から爆発的に広がった。
黒い魔力の波はポポロ村を飛び越え、東の空——日本の首都・東京と出雲艦隊が存在する空間に向かって、巨大な半球状の『闇の結界』を形成していく。
「こ、これは……戦略級の広域絶対防壁『ダーク・イージス』!? これほどの規模の結界を、一瞬で、しかも無詠唱で展開するだと……!?」
ザルバスが、恐怖に顔を引き攣らせて後ずさった。
魔法の最高峰を自負するルナミス帝国の騎士団長でさえ、ルーベンスが放った次元の違う魔力操作に絶望を覚えたのだ。
「これより東の浮遊島(日本)は、我がグレイグ魔皇国の『絶対的保護下』に入ります。彼らの流通を邪魔する者、彼らの国土に牙を剥く者は……」
ルーベンスの瞳が、血のように赤く発光する。
「我が国の女帝、魔王ラスティアに対する明確な『反逆』とみなし、国ごと次元の彼方へ消し去ります。……お分かりですね?」
「ヒィッ……!」
武力で日本を脅していたはずの二人は、気づけば完全に格下の立場へと叩き落とされていた。
日本に手を出せば、即座に大陸最強の魔皇国との全面戦争になる。その冷酷な現実を突きつけられ、ザルバスもガランも、もはや一言も発することができなかった。
「……チッ、覚えていろよ!!」
捨て台詞を吐き、ルナミスとレオンハートの使者たちは屈辱に顔を歪めながら会議室を逃げ出していった。
武力による恫喝を、圧倒的な「カネ」と「政治力」で跳ね返した、若林の完全勝利である。
「……終わったな」
若林が『ピース』の煙を吐き出す。その後ろで、信長は全身の汗を拭いながら深々と息を吐いた。
「マジで心臓に悪いっすよ……。でも、これで日本の周囲に魔皇国のバリアが張られた。弾薬を使わずに、死蟲軍や他国の侵略を防げる最強の『盾』が手に入ったんですね」
「ああ。そして、ポポロ村の食料も安全に東京へ運び込める。……当面の危機は、これで完全に去った」
若林と信長が安堵の息を漏らす中、ルーベンスはアタッシュケースを抱きしめ、早く国に帰りたくてウズウズしていた。
「若林殿! 俺はこれを持って急いで帰国する! バリアの維持と食料の支援は任せておけ! じゃあな!!」
ルーベンスは完璧な貴公子の所作すら忘れ、転移魔法を使って一瞬でその場から消え去った。
かくして。
日本の工業力と、最強の「アイドルグッズ」を対価に、1400万人の漂流国家は異世界における最強の同盟国を手に入れた。
だが、誰も予想していなかった。
この後、待ちに待った推しのグッズを手にした魔王ラスティアが、どのような『暴走』を引き起こすかを——。




