表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『1400万人の漂流国家 ~弾薬ゼロの自衛隊と最強の政治家が、異世界で「究極の兵站(ロジスティクス)」を無双する~』  作者: 月神世一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/59

EP 9

【裏側】本当の交渉材料は「推し」

ルナミス帝国とレオンハート獣人王国の使者が、屈辱と怒りで顔を真っ赤にして退席した後。

若林の提案により、ポポロ村の村長邸に設けられた防音の別室で、日本とグレイグ魔皇国の『極秘の単独会談』が設けられた。

室内には、若林、護衛の信長、そして魔皇国の宰相ルーベンスの三人だけ。

カチャリ、と重厚な扉に鍵がかけられた瞬間だった。

「……あー、クソッ! マジで肩凝ったわ!!」

ルーベンスの全身から、先ほどまでの「完璧で冷徹な魔族の貴公子」というオーラが、風船が割れたように一瞬で消え去った。

彼は乱暴に首元のクラヴァット(ネクタイ)を緩めると、ドカッと粗末な木製の椅子に腰を下ろし、深く、ひどく疲労の滲むため息を吐いた。

「おい、日本の幹事長とやら。悪いがタバコ一本くれ。俺の葉巻、さっきの脳筋どもの魔力当てのせいで折れちまった」

「……」

あまりの変貌ぶりに、信長が口をポカンと開けて固まる。

一人称が「私」から「俺」へ。完璧な敬語から、完全にその辺の疲れたオヤジの口調へ。

だが、若林だけは全く動じることなく、楽しげに目を細めて『ピース』の箱を差し出した。

「構わんよ。……なるほど、それが君の『素』かね。随分と気苦労が絶えない職場のようだ」

「笑い事じゃねえですよ……。トップがアホだと、下っ端の胃に全部穴が空くんだ」

ルーベンスはジッポーの火を借りてタバコを深く吸い込み、ふぅっと天井に煙を吐き出した。

「さて、本題に入ろうか、ルーベンスくん。我が国の抗生物質や工業技術を独占できるとなれば、君も国に帰って大いに顔が立つだろう。対価として、我が国を三国から守る『防御結界』と、ゴルド商会の安全な流通ルートの保証を頼みたいのだが」

「ああ、もちろんそのつもりだ。あんたらの技術があれば、我が魔皇国の国力はルナミスを完全に凌駕できる。……だがな」

ルーベンスはタバコを灰皿に置き、テーブルから身を乗り出して、若林を血走った目で見つめた。

「それだけじゃダメなんだ。今、我が国は内側から崩壊しかけている。あんたらと同盟を結ぶための『本当の対価』……いや、俺がこの過労死寸前の地獄から抜け出すための条件は、別にある」

「ほう。領土か? それとも、我が国の持つ軍事兵器の設計図でも要求するかね」

「そんなもんいらねえよ!! 俺が欲しいのは——」

ルーベンスは、信長に向かってビシッと指を突きつけた。

朝倉月人あさくら つきとの、限定ライブDVDとサイン入りポスターだ!!」

「……は?」

信長の口から、間抜けな声が漏れた。

若林も、タバコを持つ手をピタリと止めた。

「あさくら……つきと? 誰だそれは」

「我が国の、いや、地球の日本の男性アイドルですよ! 去年ドームツアーをやった、あの超絶イケメンの!」

ルーベンスは両手で顔を覆い、呻くように真実を語り始めた。

「うちの女帝トップ……魔王ラスティアは、絶大な魔力と次元を斬り裂く剣を持つ化け物だが、中身はどうしようもない『日本産エンタメの重度オタク』なんだ。創造神のゲートを勝手に使って、日本の福岡までお忍びでオタ活に行ったり、国庫の予算を横領してグッズを買い漁る始末でな……!」

「な、なんだその魔王……!」

「お前らの東京がこっちに丸ごと消えちまったせいで、新幹線は分断、朝倉月人の東京ドーム公演も中止だ。そのせいでババア……いや、女帝陛下は今、『推しに会えない』と絶望して執務室に引きこもってやがる。このままじゃ、軍部が暴走して国が内乱で終わっちまうんだよ!!」

ルーベンスの悲痛な叫びが、防音室に響き渡った。

つまり、グレイグ魔皇国が日本と手を結ぶ真の理由は、「経済的利益」以上に、「引きこもった最強の女帝に推しのグッズを与えて、仕事に復帰させるため」だったのである。

「……信長くん。朝倉月人というアイドルに心当たりは?」

「え、ええ!? た、確か今、大ブレイク中の若手俳優兼アイドルですけど……! いや、ちょっと待ってください! 1400万人の命と、この国の未来が、男のアイドルのグッズにかかってるって言うんですか!?」

常識がゲシュタルト崩壊を起こしかけている信長。

異世界の最強国家が、アイドルのポスター一枚で日本の絶対的な盾になろうとしているのだ。あまりにも馬鹿馬鹿しく、そしてあまりにも切実な裏の交渉。

だが。

「——くっ、ふはははははっ!!」

若林は、本日二度目となる、腹の底からの豪快な大笑いを爆発させた。

「若林先生!?」

「いや、失礼。……よもや、異世界の魔王が我が国の『アイドル産業ソフトパワー』の虜になっているとはな。素晴らしい。これだから政治(盤面)は面白い」

若林は笑い涙を拭うと、スーツの内ポケットから衛星携帯電話(自衛隊通信網経由)を取り出した。

「ルーベンスくん。君の要求は完全に理解した。……朝倉月人の所属事務所、ならびにテレビ局と電通を今すぐ『国家権力』で締め上げさせよう。DVDどころか、未公開映像から彼が実際に着たステージ衣装まで、一時間以内にヘリでここに空輸させる」

「マ、マジか!? あんた最高だ!! これで俺は徹夜の執務から解放される……ッ!」

ルーベンスが、泣きそうな顔で若林の手を固く握りしめた。

現代の妖怪政治家と、異世界の過労死寸前オヤジ宰相。

奇妙な、しかしあまりにも強固な絆が芽生えた瞬間だった。

かくして。

日本の軍事防衛と1400万人の命運を賭けた歴史的な条約は、会議室の裏側で「アイドルのオタ活支援」という、前代未聞の対価によって完全に成立したのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ