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『1400万人の漂流国家 ~弾薬ゼロの自衛隊と最強の政治家が、異世界で「究極の兵站(ロジスティクス)」を無双する~』  作者: 月神世一


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EP 8

冷徹なる貴公子、ルーベンスの決断

沈黙。

先ほどまで威圧的な魔力と闘気で部屋を支配していた二人の使者は、若林が突きつけた『資本主義』という未知の暴力の前に、完全に硬直していた。

(……やばい。このままでは、あの『宝の山』の独占権を巡って、ルナミスとレオンハートの血みどろの奪い合いが始まる……!)

(我が国に持ち帰れば、間違いなく国力が跳ね上がる。だが、交渉をミスれば王の首が飛ぶぞ……!)

ザルバスの金髪からは冷や汗が滴り落ち、ガランの尻尾は不安げに床を叩いている。

「武力で脅して奪う」という蛮族のカードを引いた直後に、「では全財産を焼いて消滅させるが、その責任は取れるか?」と切り返され、彼らの思考回路は完全にショートしていた。

若林幸隆は、そんな彼らの狼狽を冷酷な目で観察しながら、ゆっくりと紫煙をくゆらせる。

(さて、ここからが本番だ。この圧倒的な利益を提示した上で、三国の中で最も『話の通じる相手』を一本釣りし、残りの二国を牽制する……)

若林が視線を巡らせた、その時だった。

「……なるほど。経済と技術を人質に取った、見事な論陣ハッタリですね」

部屋の隅。

入室時からずっと沈黙を保ち、赤ペンを耳に挟んで『ジオ・リザード競馬新聞』を読んでいた男——グレイグ魔皇国の宰相、ルーベンスが、ふと顔を上げた。

彼は新聞をパタンと折りたたむと、優雅な手つきで内ポケットにしまい、ゆっくりと立ち上がった。

(……ほう。この男、あの数字と品物を見せられても、全く目の色が変わっていないな)

若林の目が、初めて僅かに見開かれる。

信長も反射的に小銃のグリップを強く握り直した。ルーベンスから放たれるプレッシャーは、ザルバスやガランのような暴力的なものではない。深海のように静かで、底の見えない『知性』の気配だった。

ルーベンスはコツコツと革靴を鳴らしながら円卓へ歩み寄り、ザルバスとガランを冷ややかな目で見下ろした。

「おい、ルナミスとレオンハートの脳筋ども。君たちの浅はかな武力外交のおかげで、我々まで『三流の蛮族』扱いされてしまったではありませんか」

「なっ……! ルーベンス、貴様どういう意味だ!」

「そのままの意味ですよ。武力でマウントを取ろうとして逆に首根っこを掴まれるなど、滑稽すぎて見ていられないということです」

ルーベンスの冷徹な毒舌に、ザルバスが顔を真っ赤にして立ち上がろうとする。

だが、ルーベンスの足元の影が不気味に揺らめいた瞬間、ザルバスの身体が不可視のシャドウ・バインドに縛られたようにピタリと動かなくなった。

「チッ……! ま、影縛り……!?」

「静かに。今は大人の会話の時間です」

ルーベンスはザルバスを視線だけで封じ込めると、若林に向かってスッと一礼した。

その顔には、完璧な貴公子の笑みが張り付いている。

「改めてご挨拶を、若林殿。グレイグ魔皇国宰相、ルーベンスと申します。……我が国は、この2カ国のような、目の前の宝にヨダレを垂らして武力を振り回す阿呆な国ではありません」

ルーベンスは、若林の瞳の奥を真っ直ぐに覗き込んだ。

「我々は、魔法と知を尊ぶ国。貴国が提示した『工業力』と『1400万の市場』の価値は、十二分に理解できます。……我々グレイグ魔皇国は、貴国とより『建設的な話』をしたいと考えています」

その発言は、三国による対日本包囲網を、グレイグ魔皇国が単独で破棄するという明確な宣言だった。

「き、貴様ぁっ! 裏切るつもりか!?」

金縛りに遭いながらも、ガランが牙を剥いて咆哮する。

「三国協定を破り、見ず知らずの国と手を結ぶ気か!? 魔族の分際で、我々を出し抜く気かぁぁっ!!」

「裏切る? 人聞きの悪い。私はただ、我が国にとって最大の利益となる選択をしたまでです」

ルーベンスは扇子のように手を振ってガランの怒号をいなした。

そして、内心で小さく舌打ちをする。

(……やれやれ。こんな目立ち方はしたくなかったが、仕方ねえ。あの品物オーパーツを見せられたら、何がなんでもウチの国に引き込まねえと、帰った後にあのクソババア(女帝)に八つ裂きにされるからな……)

表向きは完璧な貴公子、裏では疲労困憊のオヤジ宰相。

彼は胃の痛みを堪えながら、日本という未知の国家との「単独交渉」というルビコン川を渡ったのだ。

若林は、ルーベンスの提案を聞き、フッと口角を上げた。

「……素晴らしい。どうやら異世界にも、話の通じる賢者がいたようだ。いいだろう、グレイグ魔皇国。我が国は、君たちとの同盟を歓迎する」

日本の政治力と、異世界最強の魔皇国の利害が一致した。

だが、ルナミスとレオンハートの怒号が飛び交う中、ルーベンスが日本側に求める「真の対価」は、工業製品でも抗生物質でもなく——もっと恐ろしく、そして馬鹿馬鹿しい『極秘任務』であることを、若林たちはまだ知る由もなかった。

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