EP 7
論破無双! 1400万人のパイ(宝の山)
「1400万人の市場だと……? 寝言を言うな」
ザルバスが苛立たしげに吐き捨てる。
「魔法も使えぬ下等な人間の集まりが1400万人いようと、ただ飯を食い潰すだけの穀潰しだろうが! 我々にとって何の利益がある!」
「……本当にそう思っているなら、君のその首の上に乗っているのはただの飾りだ」
若林は冷たく言い放つと、円卓の中央に置いたアタッシュケースの留め金をカチャリと外した。
「開けろ、信長くん」
「ハッ」
信長が開いたケースの中身を見て、ザルバスとガランは怪訝な顔をした。
そこに入っていたのは、透明なガラス瓶(純米大吟醸)、銀色のシートに包まれた錠剤(抗生物質)、ステンレス製の腕時計、そして100円ライターだった。
「なんだ、このガラクタは」
「ガラクタ? ……ニャングルくん。この『ガラクタ』の価値を、彼らに教えてやりたまえ」
若林に促され、部屋の隅で縮こまっていたニャングルが、ビクッと肩を跳ねらせながらも、商人としてのプライドを振り絞って前に出た。
「あ、アホ抜かせ! そ、それは……エルフの火炎魔導具すら凌駕する着火具に、ドワーフの国宝以上の精度を持つ時計や! し、しかもその薬は、魔法もなしに病魔を根本から殺しよる!! どれもこれも、この大陸の常識をひっくり返す『オーパーツ』なんやで!!」
ニャングルの叫びに、ザルバスとガランが息を呑む。
魔力感知能力に優れたザルバスは、それらの品から『魔力』が一切感じられないことに気づき、愕然とした。
「ま、魔力が一切ない……? 馬鹿な、無魔力でこれほどの精密な細工や、薬効を生み出せるはずが……!」
「我が国では、魔法などという不確かな力に頼る必要はない。これらはすべて『科学と工業』によって作られたものだ」
若林はライターを手に取り、カチッと火を点けて見せた。
「驚くのはそこではない。……我が国は、この魔法の通じない『オーパーツ』を、一日に数百万個、全自動で生産できる」
「なっ……!?」
「数百万だと!? そんな馬鹿な話があるか!」
武官たちが絶叫する。異世界において、魔導具や名剣は熟練の職人や魔導師が数ヶ月かけて作り上げる一品物だ。それが一日数百万個生み出されるなど、彼らの常識を完全に破壊する概念だった。
「それが、我が国の持つ『工業力』だ。そして、それを動かすのが1400万人の国民……労働力だ」
若林は扇子でザルバスとガランをピシャリと指差した。
「考えてもみろ。君たちが我々と独占的な取引を結べば、この『数百年の技術的進歩』を即座に自国の軍事と経済に組み込める。さらに、我が国の1400万人は『未知の娯楽や資源』に飢えた巨大な消費市場でもある。君たちの国の特産品を日本に流せば、莫大な外貨(富)が君たちの懐に雪崩れ込んでくるのだ」
若林の言葉が、異世界の将軍たちの脳髄に「資本主義」という名の劇毒を注ぎ込んでいく。
「我々を武力で焼き払えば、これらの品は二度とこの世界に生み出されない。君たちは、自らの手で『無限に黄金を生み出す鶏』の首を刎ねるのと同じだ」
若林は立ち上がり、両手を広げた。
その背後には、1400万人の命と、世界第3位の経済大国を築き上げた日本の、圧倒的な『資本の怪物』の影が幻視された。
「さて、ルナミス帝国、レオンハート獣人王国の全権大使殿。……我が国を海に沈め、この莫大な『パイ』を灰にするか? それとも、我々と手を結び、共にこの大陸の経済を支配するか? 国家の命運を賭けた、簡単な算数問題だ。……答えを聞こうか」
静まり返った会議室。
先ほどまで「物乞い」と嘲笑っていたザルバスとガランは、額から滝のような冷や汗を流し、完全に言葉を失っていた。
武力ではなく、圧倒的な「利益の暴力」。彼らの脳裏では、今まさに自国の王から「なぜその宝の山を燃やしたのか!」と処刑される光景がよぎっていたのだ。
(……なるほど、そうきたか。この初老の男、食えない化け物だな)
沈黙する会議室の隅で。
ずっと競馬新聞を読んでいたグレイグ魔皇国の宰相・ルーベンスが、初めてその完璧な貴公子の顔に、面白そうな笑みを浮かべていた。




