EP 6
獣の嘲笑と、動じない妖怪
「い、田舎のガキ大将だと……ッ!? 貴様、我がルナミス帝国の誇る魔導を愚弄するか!!」
ザルバスが激昂し、立ち上がった。
彼から立ち昇る魔力が室内の空気をビリビリと震わせ、テーブルの上のガラス製水差しが圧力に耐えきれず粉々に砕け散る。
後ろに立つ信長が即座に若林の盾になろうと踏み出したが、それを制したのは、隣に座る獣人の猛将・ガランの腹の底から響くような大笑いだった。
「ガッハッハッハ! 違いねえ! ザルバス、貴様は図星を突かれて少し頭を冷やせ!」
ガランはバンバンとテーブルを叩いて笑った後、その黄金色の獰猛な瞳を、スッと若林へと向けた。
「……だが、人間の爺さんよ。粋がるのもそこまでにしておけ」
ガランは鋭い爪の生えた指先で、若林を乱暴に指差した。
「我々の諜報網を舐めるなよ? 東の鉄の島で何が起きたか、すでに耳に入っている。……『天魔窟』から湧き出た下級の蟲、死蟻機の群れに随分とひどく手こずり、死人まで出したそうだな?」
「……ッ」
信長の顔が歪む。
銀座での死闘。警察の精鋭が蹂躙され、市民が酸に焼かれたあの地獄を「下級の蟲への手こずり」と鼻で笑われたのだ。
「闘気も魔法も持たぬ、死蟻機如きに遅れを取る貧相な輩達だ! 己の弱さを自覚しろ。我々三国が本気で軍を動かせば、貴様らの国など一日のうちに灰燼に帰す!」
ガランは立ち上がり、巨大な影で若林を覆い隠すように見下ろした。
「取引などという対等な口を利く立場ではないと知れ。今すぐ命乞いをして我等の足元に跪き、我々獣人王国の傘下に入るための『恩赦』を図るべきだ! ハッハッハッハ!!」
獣の咆哮のような嘲笑が会議室に響き渡る。
ルナミス帝国のザルバスも、不敵な笑みを浮かべて同調した。
彼らにとって、魔法も使えない日本人は「庇護してやるから全財産を差し出せ」と脅すに足る、ただの無力な獲物でしかなかった。
部屋の隅で、ニャングルが絶望に顔を覆う。
(あかん……。完全に格下扱いや。武力のない国が、この脳筋どもを交渉のテーブルに着かせることなんて土台無理やったんや……)
だが。
どれほど魔力で威圧されようと、どれほど嘲笑されようと。
若林幸隆は、ソファの背もたれから背中を離すことすらしていなかった。
彼は短く息を吐き、懐から『扇子』を取り出してバサリと開いた。
そして、目の前で吠えるガランの口臭を払うかのように、顔の前でゆっくりと扇ぐ。
「……君たちは、頭の中に筋肉と魔力しか詰まっていないのかね?」
静かだが、絶対的な侮蔑を込めたその声に、ガランの笑い声がピタリと止まった。
「あぁ?」
「武力で脅し、屈服させ、奪い取る。……中世の蛮族としては100点の振る舞いだが、国家のトップとしては知性を疑う三流の極みだ。聞いていて欠伸が出る」
若林は扇子を閉じ、パチンと手のひらに打ち付けた。
その瞬間、ただの初老の政治家から放たれた『底知れぬ覇気』が、ザルバスとガランの魔力を完全に押し返した。
「貴様ら、馬鹿を言え。我々を武力で滅ぼして、貴様らは『宝の山』に火を付ける気か?」
「……宝の山、だと?」
ガランが怪訝に眉をひそめる。
若林は立ち上がり、三国の使者たちを睥睨した。
「そうだ。我が日本国の人口は1400万。……君たちの国を合わせた数よりも、遥かに巨大な数字だ。それが何を意味するか、理解できんのか?」
若林は、傍らに控える信長からアタッシュケースを受け取り、円卓の中央にドンッと置いた。
「我々の国という、この大陸に突如として出現した『1400万人のパイ(巨大市場)』。……これを武力で焼き払うことが、どれほどの歴史的損失と『莫大な利益の放棄』に繋がるか。……脳筋の君たちにも分かるように、今から特別授業をしてやろう」
沈黙して事態を見守っていた魔皇国の宰相・ルーベンスのペンが、ピタリと止まる。
異世界の常識である「武力と魔力のマウント」に対し、現代日本の権力者が「資本主義と経済の暴力」で真っ向から殴りかかる。
1400万人の命運を賭けた、永田町の妖怪による『論破無双』が、いよいよ火を噴こうとしていた。




