EP 4
兵站の崩壊と、三国からの「招待状」
銀座での戦闘から一夜が明けた。
1400万人の都市は、不気味なほどの静寂に包まれていた。
スマートフォンに配信された「防衛省公式」の戦闘映像。それを食い入るように見つめる市民たちの顔には、飢餓とは全く異質の、根本的な『死の恐怖』が張り付いていた。
拳銃弾を弾き返し、警察の防弾盾を容易く溶かす巨大な蟻。もし自衛隊の到着が数分遅れていれば、あの場にいた数百人は骨も残らず溶かされていただろう。
『自分たちはもはや、食物連鎖の頂点ではない』
その残酷な事実が、コンクリートジャングルに生きる現代人たちの精神をガリガリと削り取っていく。
避難所で配給のカレーを食べる手は小刻みに震え、誰もが怯えた目で足元のアスファルトや地下鉄の入り口を見つめていた。
「——結論から申し上げます。同規模の魔獣群の襲撃があった場合、都内を防衛できるのはあと『3回』が限界です」
永田町、与党幹事長室。
防衛省の兵站担当幕僚が、血の気の引いた顔でタブレットの数値を読み上げた。
向かいのソファには若林幸隆。そしてモニター越しに『いずも』艦橋の坂上真一が同席している。
「3回、だと? 各地からかき集めた自衛隊の弾薬備蓄が、たったそれだけで尽きると言うのか」
「相手が『通常の軍隊』であれば、威嚇射撃や一部隊の壊滅で撤退を促せます。しかし、今回のような魔獣や、死を恐れない存在が相手の場合、全弾を『必殺』で撃ち込むしかありません。消費ペースが我々の想定を遥かに超えています」
幕僚の報告に、真一が重々しく頷いた。
『若林先生。銀座で使った弾は、もう二度と地球の工場から補充されることはありません。次の一戦で、我々は文字通り「刃こぼれしたナイフ」になります』
威嚇の通じないバケモノに対し、無限に湧く相手を有限の弾で迎え撃つ。
これこそが、圧倒的火力を誇る現代軍隊がファンタジー世界に放り込まれた際の、最大の『罠』だった。
「……なるほど。軍事力による抑止は、もはや時間稼ぎにすらならんということか」
若林は眉一つ動かさず、『ピース』の箱に手を伸ばした。
弾薬の枯渇。それはすなわち、1400万人を異世界の蹂躙から守る『盾』の消滅を意味する。
その時である。
若林のデスクの上に置かれていた、ニャングルから渡された通信用の『魔導石』が、けたたましい光と音を放ち始めた。
若林が通信を繋ぐと、ノイズ混じりの空間から、ゴルド商会の商人・ニャングルの切羽詰まった声が飛び込んできた。
『若林のオッサン! えらいこっちゃ、ポポロ村が包囲されとる!!』
「落ち着けニャングル。何があった」
『北のルナミス帝国、東のレオンハート獣人王国、西のグレイグ魔皇国……この三国の連中が、いっせいに軍を動かしてポポロ村の国境に軍営を敷きよったんや!!』
ニャングルの悲鳴に近い報告に、若林と真一の目が鋭く細められた。
『連中の狙いはウチ(ゴルド商会)とアンタらの取引や! 「見ず知らずの浮遊島(日本)に、これ以上大陸の物資を流すな。従わねばポポロ村を焼き払い、商会の資産を没収する」って、三カ国から同時に脅状(通達)が来とる!』
異世界の超大国たちは馬鹿ではない。
ゴルド商会が大陸中の食料や物資を異常なペースで買い集め、東の果てにある「鉄の浮遊島」へ運び込んでいることに気づいたのだ。
未知の勢力に物資が流れることを恐れ、あるいはその利権を我が物にすべく、三国は「兵站線の切断」という、最も冷酷で的確な手を打ってきたのである。
『連中、完全にアンタらの国を「物乞いの弱小国」やと舐めきっとる。……ウチも商売人や。これ以上国に睨まれたら、アンタらとの取引は打ち切らざるを得ん!』
「……」
通信越しの真一が、ギリッと奥歯を噛み締める音がした。
弾薬が尽きかけ、さらに食料の命綱であるポポロ村からの補給線を断たれれば、日本は一週間で内側から飢餓で崩壊する。完全に王手をかけられた状況だ。
『どうするんや、若林のオッサン! 連中の使者が今、村の会議室でアンタらを呼び出しとる! 「命乞いをするなら話を聞いてやらんこともない」ってな!!』
ニャングルが半ばパニックになりながら叫ぶ。
絶体絶命の危機。弾薬ゼロの自衛隊と、兵站を断たれた1400万人。異世界の超大国による、高圧的な「招待状」。
だが。
若林幸隆は、焦るどころか、フッと短く息を吐き——口角を三日月のように吊り上げて、凶悪な笑みを浮かべた。
「……面白い。実によく状況を理解している、賢い国々じゃないか」
『は、はぁ!? アンタ頭おかしくなったんか!?』
「ニャングルくん。その三国の使者たちに伝えたまえ。『日本の全権大使が、直々に出向く』とな」
若林はゆっくりと立ち上がり、スーツのボタンを留めた。
その背中から立ち昇る凄まじい覇気に、同席していた幕僚が思わず息を呑む。
「真一。ヘリを出せ」
『……若林先生。相手は魔法と闘気を極めた、三个師団を動かす国のトップですぞ。弾の撃てない我々に、どうやって連中の首を縦に振らせるおつもりで?』
通信越しの真一の問いに、若林は灰皿にタバコを押し付け、永田町の妖怪としての『真の顔』を見せた。
「決まっているだろう。連中の頭(脳味噌)に、我々が持つ『資本主義』という名の劇毒を直接流し込んでやるのさ。……戦争などという野蛮な真似はしない。我々が教えてやるのは、国家がひれ伏すほどの『圧倒的な暴力』だ」
弾が尽きようとも、日本には最強の「兵器」がある。
1400万人の胃袋を賭けた、血の流れない最大の戦争(首脳会談)が、ポポロ村の円卓で幕を開けようとしていた。




