EP 12
魔法ポーチの大輸送と、胎動する絶望
——バタバタバタバタッ!!
関東上空。異世界の紫がかった空を、陸上自衛隊のUH-60JA多用途ヘリコプターの編隊が次々と飛んでいく。
だが、その機体の腹の下にスリング(吊り下げ)されているのは、通常の軍事物資やコンテナではない。
数十個の、色とりどりのハンドバッグ——『魔法ポーチ(次元収納嚢)』である。
「……信じられん。この小さな布袋一つに、牛一頭分(約600kg)の食材が詰まっているだと?」
「総重量は計算上トンを越えるはずですが、ヘリの推力には全く影響が出ていません。これが……魔法の力……」
パイロットたちがインカム越しに驚愕の声を交わす。
ポポロ村の備蓄と、ニャングルが『ゴルド商会』のネットワークを駆使して近隣から即座にかき集めた膨大な異世界食材。それらが、魔法技術というチートによって極小サイズに圧縮され、現代の航空機で東京へと大空輸されているのだ。
まさに、近代科学とファンタジーが融合した、前代未聞の『兵站大作戦』だった。
数時間後、東京都内。
パニックと飢餓の恐怖に包まれていた巨大都市の各地の避難所に、自衛隊の野外炊具号によって温かい食事が振る舞われていた。
「美味しい……! なにこれ、お芋なのにすっごく甘い……ッ!」
「こっちの肉みたいなキノコも最高だぞ! 腹の底から力が湧いてきやがる!」
ホクホクに蒸された黄金色の『太陽芋』や、出汁の染みた『肉椎茸』のスープを口にした都民の顔に、次々と安堵の涙と笑顔が広がっていく。
若林が豪語した「一人も飢えさせない」という公約は、異世界の商人と結んだ生存条約によって、見事に果たされたのである。
1400万人の漂流国家は、最初の『餓死の危機』を完全に脱した。
護衛艦『いずも』、艦長室。
そこには、ささやかながらも特別な時間が流れていた。
「……どうだ、親父」
信長が腕を組み、緊張した面持ちで尋ねる。
デスクに座る真一の目の前には、信長がポポロ村から持ち帰った『太陽芋』と『肉椎茸』、そして『醤油草』を隠し味に使って作られた、特製の「異世界・金曜カレー」が置かれていた。
真一は無言でスプーンを進める。
肉椎茸の圧倒的な旨味と、太陽芋の自然な甘みが、海自伝統のスパイシーなルーと完璧に融合している。かつて地球で食べていたどんな高級カレーをも凌駕する、暴力的なまでの美味さだった。
「……悪くない」
真一は短くそう言うと、わずかに口角を上げた。
「……だろ? 俺の言った通り、美味い飯のタネを見つけてきたぜ」
信長もまた、不器用にニヤリと笑い返す。
言葉は少ない。顔を合わせれば木刀で殺し合いの稽古を始める荒くれ者の親子だが、この一杯のカレーが、言葉以上に彼らの絆と「生き残った」という確かな実感を繋いでいた。
「あーあ、男って単純。カレー一つで分かり合えちゃうんだから」
部屋の隅のソファーで、早乙女蘭が寝転がりながら高級チョコをかじる。彼女が信長に渡したその一粒がなければ、このカレーも、1400万人の命もなかっただろう。
【一方その頃】
大陸の北端。常に紫の霧が立ち込める深淵ダンジョン——『天魔窟』。
腐敗と死の臭いが充満する最深部で、派手な燕尾服を着た道化師が、狂喜に満ちた笑い声を上げていた。
「クハハハッ! アハハハハハッ!! 素晴らしい……! 素晴らしいですよ、我らが王サルバロス様!!」
死蟲軍の最高指揮官、魔人ワイズ。
彼は仮面の奥の瞳をギラつかせ、巨大な『魂の孵化槽』に向かって両手を広げた。
「感じます……空間の裂け目から落ちてきた、1400万もの極上の魂の塊を。彼らは今、一時的な『希望』を手に入れ、安堵の息を吐いている……。ああ、何という最高のスパイスだ! 希望の絶頂から叩き落としてこそ、絶望は最も甘美な音色を奏でるのですから!!」
ワイズの足元では、鋼鉄の装甲を持つ無数の『死蟲機』たちが、出撃の時を待ちわびるようにカチャカチャと不気味な金属音を鳴らしていた。
そして、影が蠢き始めたのは彼らだけではない。
ポポロ村を取り囲む三つの巨大軍事国家——【ルナミス帝国】【レオンハート獣人王国】【グレイグ魔皇国】の上層部にも、緊急の報告がもたらされていた。
『——報告します! 東の果ての海上に、地図にない巨大な鉄の浮遊島が出現!』
『——ポポロ村の上空を、魔法を使わずに飛ぶ「鉄の竜」が通過したとの情報あり! ゴルド商会が尋常ではない量の物資を動かしています!』
魔法と闘気の世界に突如として現れた、未知の科学文明。
その圧倒的な異物感に、各国の将軍たちが、魔導師たちが、獣王たちが、一斉に東の空へと鋭い視線を向ける。
1400万人の胃袋は満たされた。
ポポロ村の頭脳たちと手を組み、「買い物」のラインは繋がった。
だが、永田町の執務室から空を見上げる若林も、いずもの艦橋に立つ真一も、決して油断してはいなかった。
現代兵器は無敵だ。しかし、弾は確実に減り続けている。
次に戦うのは飢餓ではない。
未知の魔法、理外の闘気、そして1400万人の命そのものを狙う、この世界の『悪意』と『欲望』だ。
——生き残るための戦争は、まだ始まったばかりである。
【第1章:金曜日のカレーと、魔法の兵站線】 完




