『後悔咲くに足らぬ花』
〈島国南西部、渦律組本部〉
庭には組員が並び、ランタナがそれを率いる。
「仏桑はまだ来ないのか?」
「私にも分かりません。少し見て来ます。その間に出発して頂いても構いません。見つけたらそのまま私達も取り掛かりますので。」
八重はランタナに一礼すると一足先に街中へと駆り出した。
〈島国南端、入り江〉
「こんな所に船なんてあるの?」
彼岸は布を羽織りながら、仏桑に連れられ入り江へと向かう。森の中、道なき道を進む。
波の音が聞こえてくれば、すぐに視界は開け、凪いだ海と小さな船が姿を現した。
「さぁ、もう日が昇っている。沖に出たら、島が見えなくなるまで決して動くなよ。」
「えぇ。」
彼岸は物資が積まれた船に乗ると、もう一度仏桑と目を合わせる。
「かっこよく別れたはずが、やり直しね。」
「そうだな。」
波の音が辺りに響く。その空間においては、2人も自然の一部のように感じた。
「じゃあ、もう行くわね。」
「あぁ。最後に見るこの島の人間が、俺になって悪かったな。」
「まぁ、悪くは無いわよ?」
「ハハッ、お前と居るとカミさんのおっかないとこばっかり思い出しちまう。」
「じゃあ、息子さんの事も大事になさいよ」
「そうだな。じゃ、」
「今度こそ、」
「「さようなら。」」
彼岸を乗せた船は、見る見る内に陸を離れて行く。陸に居る人々に見られぬように触手を伸ばし、船の下から漕いで加速させる。もう後戻りは出来ない。
「意外と別れる時はあっさり別れるんですね。」
来た道を戻ると、仏桑の前には、1人の女々しい男が立っていた。
「......なぁ、八重。運命ってのは、どうしてこうも、複雑に絡まっては、残酷に奪い合わなけりゃいけねぇんだろうな。」
〈島国南東端、広い浜辺〉
どれだけ時間が経っただろう。葡萄は呆気なく捕らえられ、鬼の目撃者からは当然、葡萄を鬼だと言う者ばかり。
(愛する人のために死ねるなら、本望よ)
葡萄は丸太に磔にされ、浜辺に集う大衆の前に晒されていた。
葡萄には罵詈雑言が浴びせられ、その中にはかつて自身に優しい笑顔を向けた人々も居た。
(どうして私の前で笑顔の人達は、皆こうなのかしら。外面だけいい顔して、私の事を出し抜いて。)
「これより、悪鬼の処刑を行う。」
〈島国南部、竹林〉
「悪いんですけど、今は裏切者の言い分を聞いてる場合ではないんですよね。それくらい、貴方にもわかるでしょう?」
「前みたいに、仏桑さんっては、呼んでくれないんだな。」
仏桑は刀を抜き構える。
「嫌なら「これ」とでも呼びましょうか?」
「前々から気になってしょうがなかったんだ。お前と本気で刀を交えたら、どっちが地に伏す事になるのか。」
いつからか、八重は仏桑よりも遥かに剣の腕を研ぎ澄ませていた。
「ほら、さっさとお前も腹を括れ。ここはもう、戦場になったんだ。」
八重の刀は赤黒く、その2振りは異国の妖怪、大百足の牙を思わせる。
「妖刀を持つ者同士、全力で相手してあげますよ」
2人は刀を構えると、1歩踏み出すと同時に一気に間合いを詰めた。
〈島国沖〉
気付けばかなり島から離れた。蒼い布越しに、島の頭部から煙が上がっているのが見える。
「...戻るのは、あの子の決意を無駄にする事よ。」
波の音、布に当たる潮風の音。彼岸は黒煙をじっと見つめながら、船の上で立ち上がる。
「......」
(あの子は、色んな大人に騙されて来た。接客してる時、親しくしていたあの人や、宴会に誘ってくれたあの人は、あの場所で、どんな顔をしてるんでしょうね。)
「......」
彼岸は手袋を外すと、右腕を触手で切り落とす。不思議と痛みは無く、断面からは左腕と同じ触手が生えて来た。
「あの場所で、誰があの子に寄り添ってくれるのよ。誰があの子の死を、ちゃんと悲しんでくれるのよ」
彼岸は触手で大きな翼を形成すると、広い大空へと飛び上がった。
〈島国中央部、柘榴城〉
そこは四方を護る神子と、彼らの信仰に基づき、島を治める者が集まる場所。
今島で起きている騒動は、無論彼らの耳にも入って来ていた。
だが、そこに居る4人の内1人は、事態を自らの手で治める事をせず、ただじっと、東の空を見上げていた。
〈島国南東端、広い浜辺〉
丸太で出来た十字架は燃やされ、悪鬼は魔女狩りに狩られる。黒煙でむせる中、葡萄ははるか遠くにあるはずの、翼の音を聞き取った。
(......ばか。)
「......ん?おい、あれ見ろ。」
「あぁ?今それどころじゃ......あれは...何だ?」
「鳥......?にしては大きい。おい、こっちに向かって来てないか!?」
「撃ち落とせ!!」
近くに居た狙撃兵が空の黒い影へ狙いを定める。弾丸は命中はしたものの、影は一切動じず、葡萄が縛り付けられた丸太へと向かっていた。
影が葡萄を丸太から切り離すと、そのまま葡萄を抱え少し離れた場所に着地した。
彼岸は抱えている葡萄と目が合うと、目に涙を浮かべる。
「......ごめん」
「...馬鹿。でも、ありがとう。嬉しい。」
葡萄が力の入らぬ手で、彼岸の頬に触れようとした時だった。
後方から放たれた弾丸は空を切り、彼岸の脇腹を貫く。
「......え?」
彼岸を貫いた弾丸は、そのまま―――
「ごはっ...!!!!」
肺から出る血で咳が止まらない。
「嘘...嫌......やめて......」
彼岸は傷口を抑えるが、それでも絶えず沢山の血が流れる。
「ぁ......は...私、」
「喋っちゃ駄目!」
「いいの。どの道、私達に、居場所は無いんだから。それなら、魂になって貴方のそばに居られれば、それでいいから......」
「そんな事言わないで!!あたしは......」
「もう、貴方が一番、私の事分ってるくせに。」
「......」
彼岸の頬に涙が伝う。葡萄は最後の力を振り絞り、彼岸の頬に触れる。
「目元真っ赤よ?」
「...うるさい。」
「ねぇ、彼岸。私、ずっと傍に居るから。それに、貴方の為に、一人の人間が、命を捧げてくれてるんだから、だからね?あはは、あんまりうまく言えないや。」
「......」
彼岸は脱力し離れそうになった葡萄の手を支え、再び自身の頬に当てる。
「貴方だけでも、生きて。この島には、貴方の居場所は無いかもしれない。でも、この広い海のどこかにだったら、貴方を受け入れてくれる人も居るんじゃないかな。私を抱えてじゃ、飛べないでしょ?私の抜け殻はここにあっても、魂になって、貴方のそばに居るから。だから、安心し......て――――――」
「葡萄...?葡萄!!!!」
何度呼べど返事は無い。微かな力で伸ばそうとしていた手も彼岸の手からずり落ちて、葡萄の目からは、光が消えた。
彼女の名前が、目の前の人間から発される事はもうない。彼女の最後の言葉を聞けたのは、彼女が愛する人のぬくもりに包まれながら逝けたのは、不幸中の幸いと呼ぶべきなのだろうか。
「チッ、化け物が。次は頭を狙え。」
狙撃手達は彼岸に向けて銃口を向ける。指令の口から出た合図と共に、一斉に弾丸が放たれる。
だが1発とて彼岸には当たらず、彼岸の伸ばした触手が全て受け止めた。その1本とて、傷付く事は無かった。
「生きて......そうね。」
彼岸はそっと葡萄を地面に寝かせると、1本の触手を伸ばして彼女を包み込み、それは棺桶の様な形になった。
「あんたの死を無駄にしたら、あたしの今までの努力が全部無駄になるわね。そう、"あたしだけでも、生きなくちゃ"」
彼岸は振り返り、大衆を睨みつけ高笑いする。
「フッ...ハハハ......!アハハハハハ!!!!」
「イカれたのかアイツ、総員!戦闘態勢を取れ!」
ランタナが組員達を並べると、彼岸には沢山の刃先と銃口が向けられた。
「貴方達は、」
「総員!!」
「私"達"の事を魔女と言ったわよね。」
「一斉に―――」
「そうね。あながち間違いじゃないわ。だって―――」
「かかれ!!!!」
『人でなしのバケモノなんだから。』
ランタナの号令で組員が彼岸へ向かって行った、その時だった。彼岸の身体は無数の触手に包まれ、繭を形成した。その繭の根元から、目にも留まらぬ速さで膨大な数の触手が伸び、退こうとした組員達は、見る見るうちに触手に飲まれて行った。
「なっ!!?総員!!撤退だ!!!民達を避難させろ!!!!」
―――――
(君は、将来の夢はあるかい?)
(...無い。)
(じゃあ、好きなものは?)
(......)
(あの教室の、一番窓側に座ってる、あの娘。)
(あぁ、あの娘か。成績も優秀で、将来有望と言われている娘だね。あの娘が好きなのかい?)
(......分かんない。でも、あの娘を見てると、不思議な感じがする。いっつも同じような格好で、同じような事しかしてないのに。)
(そうか。)
(ねぇ、これって何?貴方は、どんな事でも、あたしに教えてくれたよね。)
(あぁ。それはね、恋っていうんだよ。)
(恋?)
(あぁ。)
(それって、何?)
(その答えだけは、教えられない。)
(どうして?)
(いずれ君が、自分で見つける事だから。そうしてこそ、価値があるものだから。)
続く。




