『悲願の物語』
〈夕暮れ時、島国、南西部、商店街〉
彼岸は昨日訪れた居酒屋の付近を通りがかる。ふと辺りを見渡すと、道行く人々の中に、昨日まであまり見かけなかった、渦律組の組員がちらほらと居るのに気付く。
彼岸は身を隠したり物怖じする事無く、その道を抜け、茶屋に辿り着く。
「......」
「おぉ、戻ったか。それで、決めたのか?」
「まぁね。あたしは帰る。」
「そうか。」
2人は特に会話する事も無く、互いに背を向ける。
「案内ありがとうね。今度は友達と来るよ。」
「まぁ、しばらくはやめといた方が良いかもな。」
「言われなくとも。」
「あんたと話せて良かったよ。」
彼岸はその場から去る前に、1度立ち止まる。
「奥さん、大事になさいよ。」
「フッ、言われなくとも。」
彼岸は夕日に背を向けて、帰路につくのだった。
「...さてと、俺も頑張んねぇとな。」
「あれ?仏桑さん?なんでここに居るんですか?」
背伸びする仏桑の後ろから、八重が声をかける。
「ん?あぁ、八重か。ちと小腹が空いたもんでよ。」
「本当に食い意地が張る人ですね...そうだ、僕にも何か奢ってくださいよ!」
「あぁ?この前奢ったばっかだろ?...まぁ、居酒屋の恩もあるしいいけどよ。」
「やったー!じゃあいっぱい頼みますね!」
「おいおい、それで金遣い荒くなってカミさんに怒られるのは俺なんだぞ?」
「まぁまぁいいじゃないですか。これから忙しくなりそうですし。」
「......そうだな。」
2人は席に着くと、同じ菓子を頼んだ。
〈深夜、島国南東部、彼岸の薬屋〉
店の裏口から帰宅する。葡萄は作り置きが足りなくなったのか、調合室で机に伏して眠っていた。
「......風邪引くわよ。」
「...起きてるわ」
彼岸は半目で葡萄を睨み、近くにあった何も入っていない籠で葡萄の頭を軽く叩いた。
「いたっ、何すんのさ!」
葡萄は身を起こし彼岸と目を合わせる。
「別に。それに藁で出来た籠なんだし、大して痛くないでしょ。」
「はぁ...そんで、取り返せたの?」
「残念ながら、事態はあたしの手じゃ収まらないとこまで発展してしまったわ。」
「......そう。」
葡萄は少しきょとんとした後、俯いた。
その日は葡萄も夕食がまだだったようで、2人で食べた後、そのまま眠りについた。
何処で間違えたのだろう。
〈朝ぼらけ、薬屋〉
日が昇る直前。裏口の戸を叩く音がした。彼岸が眠い目を擦りながらも、警戒しながら裏口の戸を開けると、そこには仏桑が居た。
「あたしの家、こんな遠いのによく分かったわね。」
「お前...こんな距離を歩いて移動してたのか......」
「この力はそう言う時は便利なんだけどね。人であり続ける為に、こうして人の生活してる訳。案外楽しいしね。それで、急ぎの用でも?」
「あぁ。」
仏桑は彼岸に、濃い蒼色の大きな布を渡す。それは人一人隠せる大きさで、大海原の中で纏えば、容易く身を隠せそうだった。
「今すぐ、この島から逃げろ。」
「......言った?」
「俺じゃない。信じてくれ。」
「冗談よ。」
そんな2人の会話で起きたのか、葡萄が2階から降りて来た。
「彼岸......お客さ――ん?あんた、誰?」
「取り返しに行く時に手がかり集め手伝ってくれた人よ。」
「そちらの人は?」
「あたしの助手。別れる時は友達って言ったけど、それ以上とも言えるわね。」
「......そうか。」
仏桑は続ける。
「一夜の内に何があったのか、なるべく端的に話す。鬼の居場所を突き止めると同時に、魔女を殺せって、組の中で指令があった。」
「魔女?」
「あぁ。触手が暴走した人の事を、魔女と呼んでいる。だが制御出来ている人間は見た事が無い。だから、お前もバレれば殺されるだろう。」
「ちょっと待って、貴方は彼岸の事知ってるの!?」
「葡萄、深呼吸して。あたしは大丈夫だから。」
「.....」
仏桑は彼岸の視線が葡萄に行った刹那、ある事を思い出す。
「......なぁ、彼岸、人形の話なんだが......」
「......そうね。あの子よ。」
「え?」
「葡萄、黙ってて悪かったわ。実は―――」
彼岸は葡萄に、葡萄と瓜二つの姿となった人形の話をした。
「......そういう事だったのね。」
「...知ってたの?」
「まぁね。私も倉庫には何度か出入りしてるし、その時に事切れたそいつを見かけて、思わず叫びそうになったわ。」
「......さっきの続きだが、ここから南に行った入り江に船を準備してある。1週間分の食料と、もし無人島に流れた時のサバイバル用具。」
「その船、2人は無理?」
「......すまない。」
「はぁ...こんな事なら、もう少し素直にあんたに色々話すべきだったわね。」
彼岸は思考を巡らせる。やっとの再開を果たした想い人との、何気ない日常が、終わりを迎えようとしていた。
「行って。」
「...え?」
「ちょっとごめんなさい。仏桑だったかしら?2人で話したいの。」
「あ、あぁ。分かった。」
仏桑は戸を閉めると、2人の声が耳に入らぬよう、そして、誰かに自身の姿が見られぬように身を隠していた。
「さてと、どうせ逃げるなら、確実に逃げれた方が良いでしょ?それに話を聞くに、鬼?ってやつは、あの人形なんでしょ?だったら、瓜二つの私が一肌脱げば、あんたはその渦律組ってやつの注意から逸れて、私の方にそれが向く。どう?」
そう淡々と述べる葡萄の顔からは、笑みが消え始めていた。
「だけど......」
「いいからさっさと行きなさいこのメンヘラサイコ女!!!!」
「なっ...」
「あんたに貰った命、あんたのために使って何が悪いのさって言ってんのよ」
「......」
彼岸は自身が養っていた想い人に、初めて激情を向けられた。それも怒りなどではなく、悲しみと愛に満ちた。
「だから......悔しいけど、私の負けよ。学舎ではあんたの事毛嫌いして、卒業してからもあんたの事嫌いだったのに......今じゃこうして一つ屋根の下。いつかこうして終わりが来るって分かってた。だけど...幸せだった!!!!」
「!!」
彼岸の瞳が潤う。魔女になってからと言うものの、素面の時にここまで感情を露わにしたのは、初めての事だった。
「ちょっと、こっち来なさい。」
彼岸は葡萄に歩み寄る。葡萄も彼岸に近付くと、2人の間には人一人入れない程の距離に来た。
葡萄は彼岸の胸ぐらを掴む。彼岸は葡萄にされるがまま、葡萄は彼岸の頭をそのまま顔に近付けると――
その瞬間は、たった数秒。だけど、2人にとっては、それが永遠に等しく感じられた。互いの鼓動を感じる。高鳴りを、高揚を。
2人は唇を放すと、抱擁を交わす。
「目的も果たせずに死んだら、嫌でしょ?」
「...本当に、良いの?」
「勿論よ......」
2人は互いを抱き寄せながら、すぐにそこを離れなければならないと分かりつつも、互いのぬくもりを噛み締めた。
「ふぅ...さっ、このまま躊躇いが生まれる前に、さっさと行きなさい。」
「えぇ...そうね。」
「愛してるわよ。彼岸」
「あたしも愛してる。葡萄」
葡萄は男に泣き顔は見せられないと、2階へそそくさと立ち去る。
彼岸は渦律組で受け取った薬草を近くの引き出しの上に置くと、涙を袖で拭い、仏桑の元へと出た。
「...もういいのか?」
「えぇ。行きましょう。」
仏桑は彼岸の目が赤いのには触れず、彼岸を船のある入江まで案内した。
続く。




