『芽吹き』
「あれは......」
「っ......」
仏桑が刀を抜き、構えながら、目の前の化け物を凝視する。その後ろで、彼岸は歯を食いしばりながら、化け物を睨みつける。
「仏桑さん!気を付けて」
「お前達は住民の避難を。俺が何とかする。」
「やれるのかい?」
「こう見えて、組の中では腕には自信がある。数で掛かって下手に犠牲を出すより、俺が1人でやった方がましだろう。しかし......」
他の組員が住民の方へ駆け出した後も、仏桑は絶えず化け物を見つめる。触手が仏桑に向かい伸び始めると同時に、仏桑も触手に向かって行った。
「はぁ!!」
仏桑はつむじ風を纏いながら、あっけなく触手を根元から砕く事に成功する。しかし、触手は再び再生し、宿主はうめき声を上げた。
「く...だったら!」
仏桑は何度も触手を、目にも留まらぬ速さで刻む。だがその度に、それは再生し、宿主を蝕んでいった。
仏桑が彼岸の近くで、刀を構えなおすと同時に、黙って見ていた彼岸が口を開く。
「諦めな。」
「だが!...ん?まさか、知ってるのか?」
「はぁ......」
彼岸はため息をつく。白い手袋を仏桑の前で外し、真っ黒で尖った指を見せる。
「なっ!?お前!?」
「あたしのは制御できてる。だけど、あいつのは持ち主を苗床にして、暴走しちまってるのさ。」
「...まさか、刀の力なのか?」
「察しが良くって助かるよ。だから、あれを止めたいなら、あの触手が全身を操りだす前に、殺すしか無い。」
「......」
仏桑はまだ何か聞きたげだったが、化け物の方へ振り返り、刀を鞘に納める。
「こいつも似た類の刀でな。安心しろ、斬られたという感覚すら感じさせん。」
仏桑はしっかりと地に足を着け、化け物に向かって構える。化け物が触手を再生させ、それが仏桑へとあと少しで辿り着きそうになったその瞬間—――
仏桑の視界は晴れ、そこには刀を抜き残心する仏桑と、頭と胴が分離した宿主があった。
宿主の腹部から延びていた触手は跡形も無くなくなり、そこには骸だけが残った。
「...にしても、恐ろしい刀だな。宿主は死ねば、骨以外残らないとは。」
「......」
彼岸は手袋をはめ直しながら、曲がり角の影から出て来る。
「......聞かせてもらおうか。」
仏桑と彼岸は互いに歩み寄ると、白骨越しに対峙した。
「...この街で起きてる騒動は、全部、あたしが撒いた種なんだよ。なんとか隠し通して、刀だけでもさっさと回収出来てたら...いや、どの道こうなってたかもね。」
「...鬼について、知っているな?」
「鬼の正体は、あたしが刀と一緒に蔵に保管していた人形さ。信じないならそれでも構わんよ。あたしの探している妖刀を額に刺すと、それはその人の未練そのものの姿に変わる。そしてそれは、あたしの想い人の姿をした人形になったのさ。」
「そいつは自立し自我を持った、命と言っても納得の行くもんだった。」
「...何故そんなものを?」
「まぁ、色々あったんだよ。なんだかんだあって、その想い人とは再開して、今は一緒に住んでる。他には?隠す理由が無くなっちまったからね。話してやるよ。どの道あたしはこれで、追われる身になっちまったんだからね。」
「......」
仏桑は押し黙る。目の前の人間。いや、人間と呼ぶべきか分からぬ存在は、咎と呼ぶべき者なのか。
「悪いけど、あまり時間は無いよ。結論は急いどくれ。」
「......俺は、お前を捕らえる義理は無い。」
彼岸は表情こそ変えなかったが、仏桑の下す判決に疑問を抱いた。
「残念ながら、俺は人を裁ける程立派なご身分じゃないし、それを罪と呼ぶかどうか、それを決めるのはお前自身だ。その人形とやらに、お前は命を見出すのか?」
「あたしは......」
彼岸はそれ以降の言葉を、口に出せずに居た。どちらを選んでも、自分の今までやって来た事は変わらない。彼岸にとって、ここ一連の出来事は、とうに収拾がつかなくなってしまった。
「まぁ、決断を急ぐ必要は無い。もしお前が罪を背負いたいと言ったとしても、そう思わなくても、お前の意思を尊重する。人形の事は俺には分からんが、少なくとも俺は、お前の事を、命だと思っている。」
「!?」
仏桑は彼岸の横を通りかかると、彼岸の肩に優しく手を乗せる。
「まぁ、もしお前のそれが暴走するようなことがあれば、その時は容赦なく切り刻むがな」
「...フッ、あんたにそれが出来るかな?」
「ほぉ?俺の太刀筋を間近で見てまだそれを言うか」
彼岸の顔には笑みが戻り、仏桑と目を合わせる。
「あたしはこの白骨化した苗床よりも、比べ物にならない位強いぞ。なんてったって、あたしには知恵があるからね」
「ハッハッハ、それもそうだ。じゃあ、全力で相手出来るのを、楽しみにしといてやるよ。俺は本部に戻る。色々報告が終わったら、茶屋に居るよ。」
「あたしのことを売るのかい?」
「ハッ、どうだか」
仏桑はそう言うと、笑いながらその場を去った。そこには彼岸と、苗床の骸が残された。骸は元の顔を認識出来ず、それが誰だったのか、今となっては誰にも分からない。
『......』
彼岸は仏桑が曲がり角に消えゆくのを見届けると、振り返り、奥の路地から感じる気配に目を向ける。
それは禍々しくも、どこか切なく、それと同時に、神々しさを感じた。
「ここいらにはもう人間は居ないよ。あたし含めてね。」
気配は路地から表へと出て来る。彼岸の目的、彼岸の蒔いた種。いや、元を辿れば、あの老人が、彼岸に着せた濡れ衣とも言える。
『......私は、この街に来て、沢山の罪を背負った』
人形は刀を頭部へ納めると、彼岸の前に立つ。
「どんなことを学んだんだい?」
『人と言う、か弱くも力強く、美しい生き物について。私は、満月照るあの夜に目覚め、自我を持った。この妖刀の力で。昔ね、ある子供が、私を可愛がってくれたんだ。私は暴走して、その子の家族を殺しちゃったんだけど。それからのことは、何も知らない。その時はただ、その場から去る事しか出来なかったんだけど、今でもずっと覚えてる。』
「今のあんたは、どうなんだい?」
『え?』
「今のあんたなら、その子供をどうしたか。」
『......もし、その子までも手にかけてしまっても、その子が私に、復讐を誓っても、私はその子を、私が殺した親の遺志を継いで、育てなければならない。人と言う生き物が存続していく為には、どんな小さな命も、どんなに大きな命も、神子となった今、守って行かなければならない。』
「......」
彼岸は人形の回答を脳に刻むと、人形に背を向けた。
「あんたは、人を知ろうとしているんだね。」
『先代が、私に心をくれたんだ。だからもう、大丈夫。』
「そうかい。」
彼岸はその場から去ろうとしたが、再び人形へと振り返った。
「だったら、名前をつけてやろう。」
『え?』
「あんたは神子であり、災いの源であり、たった今、人になった。だから、あたしからの誕生日の贈り物さ。」
『......』
「そうだねぇ......立浪雀。それがあんたの名前だ。」
『私の見た目、変えなくって良いの?』
「あたしには出来ないよ。未練なんて、とうに消えちまってるからね。」
『そっか......』
「それと、その刀、取り返そうと思ってたんだが、あんたが持ってた方が安全そうだし、あんたに預けるよ。」
『...この名前と、この罪は、私が大切に、墓場まで持って行く。その為に、私は人として、生きて行くよ。』
「それでいい。あたしはもう帰るよ。」
『...うん、さようなら、木花彼岸』
「あぁ。さよならだ。雀」
2人はそれぞれの道へと向かう。彼岸は我が子が再び路地の奥に消えて行くのを見届けると、茶屋へと向かった。
続く。




