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『木花彼岸』

幼い頃のあたしは、両親に捨てられ、学舎に拾われた。


当時のあたしは野生児みたいなもので、木に登ったり、それに成る果実が好きだった。

学び舎の教師はそれを面白がりながらも、あたしに人としての生き方を教えてくれた。

なにせ物心ついた時だったもんで、皆と同じ生き方をするのには少し苦労した。


いつもの様に木の上で、教室の中の生徒たちを眺める。その中の一人に、不意に目が引かれた。

眺めている教室の中で、一番頭が良いらしい。だけど友達はおらず、趣味と呼べるものも無く、1人で日夜勉強に明け暮れているそうだ。


教師はある日、あたしの元に彼女を連れて来た。教師は言う「あの子、君と友達になりたいそうだ」と。

頼んでも無い事を口にした。だけど、興味があるのは事実だ。あたしは初めて、人間の、1個人を知りたいと思った。

だけど、彼女、矢車葡萄には、断られてしまった。


その後もあたしは木の上から観察を続けた。

ある日痺れを切らし、あたしを怒鳴りつけた。その日から、あたしは木に登らなくなった。


月日が流れ、あたしは大人になった。生き方を教わった後は、その教師の知り合いが薬屋をやっており、そこで薬学を教わった。その人の教え方が上手かったのか、あたしは案外すんなり知識を身に着け、今の職に就いた。


街の片隅で自分の店を開き、人として自立したある日の事だった。


葡萄が行方不明になったらしい。


そこが人生の転換期だった。

あたしは街中走り回って行方を追ったけど、彼女はどこにも居やしない。気付けばあたしは、知らない場所まで来ていた。ふと近くの店の外、ポツンと佇む人形が目に留まる。


「おや、お客さんかい。珍しいねぇ。その人形が気になるのかい?」


異国の恰好をしたアンティークドール。それは妙に人間そっくりで、本物と見間違うほどだった。


「この店に辿り着き、この人形を目にする方は皆、誰か他の人に未練を抱いている。さぁ、これを」


店主であろう老人は刀を彼岸に手渡す。


「その人形の額に刺してご覧なさい。」


彼岸の心は老人の見透かす通り。彼岸がドールの額にある穴に短刀を差し込むと、その容姿はフリルを纏ったアンティークドールから、彼岸の未練そのものへと変わる。そしてそれはあろう事か、その声で、彼岸に語り掛ける。


「お金はいらないよ。あんたのその顔が見れただけで十分さ。」


彼岸は彼女を連れて、その場を後にした。



〈数か月後。〉



分かってる。彼女は彼女じゃない。人形との日々は満ち足りるに足らなかったけど、それでも楽しかった。

そんなある日、人形からある事を聞く。


『私はいつか、貴方を殺してしまう。』


当然あたしはそれを受け入れるつもりだった。だって、それに足る事をしてしまったのだから。


『私は、貴方を頼る事しか出来ない。だから、頼みがある。』


人形は額の刀を抜き、彼岸に差し出す。


『私を、壊して欲しい。』


刀を改めてじっと見つめる。その時は満月で、窓から差す月の光が、刀の持つ本来の力を強めていた。

人形は月の光を反射する刀を見た途端、それから目を逸らし、両手でで視界を覆った。


「......」


彼岸はこの人形の事情は知らないが、人形は自分が人を殺める事を恐れていると知る。ならば、それより先に自らが、命を絶てば良いのでは?

未練を模倣した人形と暮らす内に、彼女自身の事が少し理解できた気がした。彼女は人の死には興味が無い。だが、自身がそれに干渉する事を酷く恐れている。

恐らく、人を殺す度に、あの店に戻って来ていたのだろう。なんとかまたあの店に辿り着いた時、そこには建物ごと姿を消していたのは、また別のお話



月明かり照らす森の奥、開けた場所の真ん中で、彼岸は月に向かって刀をかざす。刀は怪しくも妖艶に、光を纏い始め、彼岸はその場で腰掛ける。

それから起こる出来事は、他の人間は誰も知らない。彼岸でさえ、当時の記憶は曖昧で、ただ漠然と、辛苦の想いがあった。


道端に座り込み泣きじゃくる葡萄を見つけたのは、それの帰りである。



〈渦律組、本部〉



「...ん?どうした、彼岸」


彼岸が考え事をしていると、よほど集中していたのか、気付けばその場に居た2人に心配されていた。


「あぁ、なんでもないよ。犯人について考えてただけさ。」


「さっきの話だが、その鬼、人間と瓜2つだったんだが、それと同時に、どこか神々しさもあったそうだ。」


「神々しさ?」


「ここからは推測だが、神子を殺したのはその鬼で、鬼が神子に取って変わったのではないかとな。」


「それじゃあ人間が到底敵う相手じゃ無さそうに聞こえますが」


「まぁ敵わんにしろ、どの道私達はその鬼を打たねば鳴らん。その為にもまずは、鬼の居場所を突き止めねば。」


「やっぱり、もう少し聞き込みと証拠集めですね。そうと決まれば、また見回りに行って来ます。」


「あぁ。頼む。時に、彼岸と申したな。うちには優秀な薬師が居てな。良かったら紹介してやろうか?土産にここでしか取れない薬草なんかも貰えるだろう。」


「そりゃあ有難いね。遠慮無く頂くとしよう」


彼岸はランタナに案内され、医療行為を行っている部署へと向かった。



〈数十分後......〉



深刻な顔をした彼岸が、建物から出て来た。


「...まさか、あたしに薬学教えた張本人がやってたなんてね......おかげで長話に付き合わされちまった......」


「ん?なんかあったのか?」


彼岸が歩き始めると同時に、仏桑が合流した。


「別に、ただ知り合いに出くわしただけだよ。」


「にしては、随分やつれてるな。まぁ、気持ちは分かる。あそこの薬師は少し曲者だからな―――」


「仏桑さん!!!!」


遠くから、仏桑を呼ぶ声。声の主は駆け寄ると、一向に落ち着く気配を見せない。2人が何があったのか問うと、彼は真っ青になったままの顔を上げる。


「化け物が...化け物がこの先に出たんです!あなたのお仲間さんが近くに居なかったら、私も死んでる所でした...」


「分かった。君はどこか身を隠せる場所へ。」


「仏桑、」


「分かっている。ただ前に出過ぎるなよ、彼岸」


「あぁ。」


2人は全速力で、「化け物」が居ると言う方へ向かった。それらしい場所に近付くにつれ、逃げ惑う人が増えて行き、その人込みを抜けると、渦律組の組員が臨戦態勢で曲がり角の先を見つめていた。


「お前達!何があった!!」


仏桑が駆け寄り、腰の刀に両手を置きながら、組員達の前に出る。彼岸も一同の後ろから、逃げてきた人が「化け物」と呼んだものを見る。

2人の前に現れたのは、人の身体を突き上げるように、その傷口から延びた無数の触手だった。それは彼岸の制御するものとは違い、持ち主を苗床にするかのように暴走し暴れ狂っていた。


  続く。

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