『変遷』
2人がまつりごとの社から出て、少し歩くと、遠くの方から人影がこちらに駆け寄って来た。
「見つけた!!!!」
彼は2人の前で立ち止まると、呼吸を整え、顔を上げる。仏桑と似た格好をした彼は、彼岸と比べても少し小柄で、その顔は女性そのものだった。だが、その口から発される声は、身体的特徴とは反するものだった。
「もー!茶屋に集合と言ったのは仏桑さんじゃないですか!!...ってあれ、もしかして浮気ですか?」
「変な早とちりするな。この人とはさっき会ったばっかだし、聞き込みしてただけだ。」
「へぇ...あ、そうだ。私、「佐久巳八重」って言います!そこの仏桑って人の弟子みたいなもんです」
「そこのって...まぁいい。この人は木花彼岸。鬼の噂に関しt—――!!」
仏桑が彼岸の紹介をしようとした瞬間、仏桑の口は彼岸の手に塞がれた。
「あたしは木花彼岸、蔵に保管してた刀が盗まれてね。行方を追ってるついでに、仏桑にここいらを案内してもらってんだ。それと、あたしは恋愛には興味ないよ。」
彼岸が言い終えると、仏桑の口は解放される。鼻口を抑える力が強かったのか、それらに息が当たらぬよう止めていたのか、仏桑は少しだけ呼吸を荒くした。
「じゃあ、本当に誤解って事ですね。初対面で変な事言って申し訳ないです」
「俺は今から彼岸を宿に案内しようとしてた所だ。」
「でしたら、夕食に美味しい店知ってるんで一緒にどうですか?」
「それ、いつもの居酒屋だろ。女性を男2人が居酒屋に誘うって、それこそ誤解されるだろ」
「どうしてすぐそういう思考に行くんですかね。妻子持ちでそんな図体の癖に、中身は子供なんですから」
「あぁ?全部お前に返してやるよ。開口一番浮気疑いよってからに」
2人が彼岸を放って小さな争いを始めそうになる前に、彼岸が水を差すかのように間に割って入る。
「あたしは酒に強いし、護身術も身に着けてるから、あんた達にそんな事される心配は無いよ。それに、しばらく酒飲んで無かったし、居酒屋には賛成だよ。」
「......」
2人はきょとんとした顔で彼岸を見つめる。
「そうか。じゃあ、あそこにするか。」
「あそこの店主凄い気前が良いんですよ!それに、言っちゃうと他に店知らないし」
「それは言わねぇ約束だろ」
3人は夕日に照らされながら、街中にある居酒屋へと向かった。
〈島国、南西部、居酒屋〉
「そんでなぁ!うちのかみさんが、自分の前髪と百足を間違えて家中大騒ぎしたのなんのって!!!」
仏桑は席について早々に酔っぱらい、大声で笑いながら顔を赤くしていた。その横で、八重は酔っ払いを躾ける役に回っていた。
「もー、その話何回目ですか!すみませんね店主さん、毎回これが騒いで迷惑かけて」
「迷惑だなんてとんでもない!あんたらがよく来てくれるおかげで、店の雰囲気も賑やかになって、それでこそこの夜の街って訳さ!」
「はぁ...彼岸さんもすみませんね、この人下戸の癖にいっつも酔っぱらって帰るもんで、私がこの人を家まで腕引っ張ってくんですよ。」
「お前はかりんちょりんすぎるんでぃよぉ。俺を使って少しは鍛えんといかんぞぉ?」
「これでも毎日運動してるから間に合ってます!はぁ...彼岸さんもこの人には容赦しなくって―――彼岸さん?」
「ギャハハハ!!!そりゃあ傑作だねぇ!!いいかみさん持ったじゃないか!!!!」
「えぇ......」
黙々と酒をたしなんでいたかと思えば突然ゲラ笑いし始めた彼岸を前に、八重は愕然とし、ため息をこぼした。
数分後、すっかり泥酔した2人を、八重は宿まで送って行くのだった。
〈翌日......〉
外から沢山の足音やら話し声が聞こえ始める中、彼岸は宿の1室で目を覚ます。重たい身体を起こし、左手で頭を抱えると、寝ぼけた頭でもある事に気付く。
右手で目を擦り左手を見ると、左手にはめていた手袋が外れている。彼岸は完全に目覚め、身の回りを探ると、自分が寝ていた布団の中に手袋を見つける。彼岸は安堵すると共に、それに再び左手を入れると、同じ部屋の違う布団に、仏桑が寝ているのを見つける。
「......」
「......っ、はっ!!」
彼岸が仏桑を眺めていると、彼は突然身体を起こし、辺りを見渡す。見知らぬ天井、見知らぬ部屋、そして隣には、昨日知り合ったばかりの女性。
「なっ、彼岸!?俺はもしかして何か至らぬ事を...」
「してないわよ。体のどこにも違和感はないし、服装から見ても、この通り。」
「そうか...それならよかった...しかし、俺達は何故ここに......?」
仏桑は布団から出ると、声がした方の襖を開ける。そこにはだらしない姿で枕や掛布団を自らひっぺがしいびきをかく八重が居た。
「あぁ、八重が運んでくれたんだな。」
彼岸も布団から出ると、仏桑が八重の寝相を直している間に着替えを終えた。
「そうだ彼岸、俺達の本部連れてってやるよ」
「本部?」
「俺達には活動の拠点としてるとこがあんだ。1晩明けたし、情報も集まってるかもしれん。どうだ?」
「それなら、着いて行くとしようかね。っというか、あたしみたいな一般人が入れるもんなのかい?」
「フッ、何かあったら斬り伏せるだけだ。」
「なるほどね。」
2人は八重を起こさないように、渦律組本部へと向かった。
〈渦律組本部前〉
まつりごとの社からそう遠くない場所、無造作に生え散らす竹林に囲まれ、物々しい雰囲気を醸し出す建物は、近くを通るだけでどこかプレッシャーを感じる。だが今の彼岸にとっては、そんなもの微塵も無かった。
「ここに来る奴は、硬くなったり怖気ずいたりするんだが、お前はならないんだな」
「別に何かしでかしたって訳でも無いのに、緊張する必要があるのかい?」
「まぁそれもそうだがな。さてと、まずは組長に挨拶せねば」
2人は正面にある1番大きな建物に入る。中に入ると早速、目的の人物であろう人が奥に鎮座していた。
「ただいま戻りました」
仏桑はある程度近付くと、刀を下ろしその場に正座した。彼岸も仏桑に合わせて、隣に座った。
建物から出ている厳格たる雰囲気の擬人化みたいな目の前の男は、考え事をしていたようで、仏桑が呼びかけると顔を上げ、こちらに視線を向けた。
「ご苦労。そちらは?」
「あたしは木花彼岸。島の南東で薬屋をやってる。蔵に保管してた刀が盗まれたもんで、ここまで行方を追って来たという訳さ。」
「今軽く騒がれてる鬼の事で、彼女の刀を盗んだのは鬼だと言う事が分かりまして。」
「なるほど。それは災難であったな。私の名はランタナ。渦律組の組長をやっている。組長なんて大した肩書だが、そこまで序列の様なものは無い。君も肩の力を抜いてくれて構わないよ。そういえば、八重はまだ来ないのか?」
「八重は寝不足だったみたいなので、寝かせています。」
「そうか。あやつは組の中でも新入りの類だが、とてもそうとは思わせぬ働きぶりだからな。休む資格は十分にあると言える。さて、さっきの話だが、他に何か分かった事はあるか?」
「いえ、何も」
「まぁ、無理もない。噂が広まって2日しか経ってないからな。だが、こっちはこっちで、ちょっとした情報が入って来てな。」
「と言いますと?」
「なんでも、鬼をはっきりと見た人が居るとな。額から延びる鬼火とも見て取れる角、怪しく光る薙刀、不思議なのは、そいつが人間の女性の姿をしていたとのことだ。」
「......」
続く。




