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『始前、御終後』

繭から延びる触手は、絶えず増え続けており、それらは建物や人々、様々なものを飲み込みながら進んで行く。それは留まる事を知らず、それに抗ったものは皆、それに貫かれ飲み込まれて行った。


街中悲鳴で満たされ、助けを呼んでも、皆自分の命を護る事しか出来ずに居た。そうしていた者達すらも、触手は理不尽に次々と取り込んで行く。

それはやがて、黒い波となり、島全体を飲み込もうとしていた。



〈まつりごとの社〉



屋根の上、ただ1人佇み、それを眺める1人の神子。そんな彼女の前に、1人の女性がどこからともなく降り立つ。


『こんにちは。』


『......』


ドレスの様な傘、丈の長いスカート。背中に剣を携える彼女は、スズメの顔を覗き込みながら微笑む。


『怖がらなくっても大丈夫よ。別に貴方を裁きに来た訳じゃないわ。でも、意外と綺麗な顔してるのね、貴方。』


スズメは目を見開く。自分以外の神子を初めて見た事、黒い波が尚も進行を続けている事。それらよりも、スズメは彼女である事に驚いていた。


『お前......』


『ん?どうかした?』


『...覚えて、無いのか?』


『あぁ、もしかして、神子になる前の私を知ってるの?でもおかしいわね。神子になったらそれ以前の記憶は消えるはずなのに...』


『......』


『まぁいいわ!とにかく、貴方に会えてよかったわ。今、あの黒いのを「争い事の神子」の2人が食い止めてるから、加勢に行かなくちゃ。でもおかしいのよね。ブロンドちゃんの姿が何処にも無いの。あぁ、ブロンドって言うのは、「秩序の神子」の名前ね。』


スズメは黙り込み、ただ目の前の女性の話を聞く事しか出来ずに居た。


『じゃあ、生きてたらまた会いましょう!それじゃ!!』


『待ってくれ!』


『ん?』


背を向け足を踏ん張ろうとした彼女に、ようやく再び口を開く。


『ペドラ......お前の名前は、ペドラで...良いんだよな?』


『え?私そんな名前だったの!初めて知ったわ!「時の神子」ペドラ。うーん、なかなかいい名前ね!』


『ぁ......』


『気付かせてくれてありがとう!じゃあ、今度こそまたね!!』


そう言うとペドラは、島の中心部に向かって跳び去って行った。


『......』


スズメはペドラが跳んで行った方の空を眺めた後、再び黒い波に目を向ける。


『...私に、何が出来るって言うの?』


いくら問うたとて、彼女にその答えを教えてくれる人は居ない。彼女は赤子同然であり、目の前で起こる惨状を、ただ眺める事しか出来ずに居た。



〈島国、南端、竹林〉



2人は絶えず刀を交える。戦況は八重が優勢なようで、仏桑は少しずつ体力を削られ追い詰められていた。だが、それは仏桑の、今までになかった雑念の表れでもあった。


「ハッ、俺は何を躊躇ってんだ?自分が今、目の前の大百足に捕食されそうになってるってのによ......」


仏桑は少し距離を取ると、刀を構え直す。彼の纏うつむじ風は、彼が刀を鞘に納めると共に、その刀に収束していく。


「ハァ...悪いな八重、腹は括った。やっと全力で相手してやれるぜ。」


八重は言葉一つ返す事無く、仏桑の迫力にも動じず、刀を構え直す。八重は仏桑が見た事のない構えを取ると、姿勢を低くして構えた。


「敵を欺くにはまず味方からってか?よく出来てるじゃねぇか。」


仏桑が抜刀すると同時に、2人は何度も刀を交える。だが、抵抗むなしく、先に血に膝を着いたのは仏桑の方だった。


「ハァ...ハァ......やるじゃねぇか......」


「裏切者は、破滅の道を辿る。それだけですよ。首を切り落とす前に、遺言位は聞いてあげますよ。」


「遺言か......そうだな......」


仏桑は考える。束の間の沈黙の後、口から発されたのは、家族の事でも、自分の事でも無く、他でもない八重の事だった。


「悪いな、こんな奴がお前と肩を並べちまって。こうして刃を交える時も、躊躇いが生まれる。敵だったとて、そいつともし分かり合えたらって考えちまう。だが、こんな奴でも渦律組は俺を見捨てず、育ててくれた。そしてお前は今、その俺を越えたんだ。これだけだと伝わらねぇだろうが、俺は嬉しいんだぜ。俺が拾ったお前が、俺を越えるほど成長したんだ。こんなどうしようもない俺でも、付いて来てくれて、あんがとよ。」


八重は仏桑の首を落とす。仏桑の顔は、刹那の痛みに震えながらも、安らかなものだった。仏桑の身体が地に伏す様を見届ける八重の頬からは、涙が零れていた。

もうじき、ここも波に飲まれる。そうすれば彼らの事も、彼らを覚えてくれる人も皆、歴史の闇に葬られてしまうのだとしても、そこには確かに、島の民を護るために戦った、2人の英雄が居た。



〈島国、中心部〉



すっかり波はここまで届いており、柘榴城は跡形も無く触手に飲まれていた。それでも、これ以上被害が増えないように、自分の護る区画だけでも護ろうとする2人の神子が居た。彼らは目にも留まらぬ速さで触手を砕いて行き、なんとか黒い波の進行を食い止めていた。


『クッソ!!キリがねぇな。なぁ、力使おうぜ?』


『駄目よ!!ここはまだブロンドの護る区画なんだから!他の区画で力を使ったら、神子の掟に反してしまうわ!!』


『なんでこの城はアイツの区画にあるんだ!!クソッ、島の命とその掟、どっちが大事なんだよ!!!』


『くっ...止むおえないわね......うわっ!!?』


『あぁ?おい!!!しっかりしろ!!!!こんな所で―――』


片方の神子が弾かれ、もう片方が咄嗟に駆け寄る。それを狙っての事か、はたまた偶然か、触手は真っ直ぐと、駆け寄る神子を貫こうとしていた。


『っ......!!』


弾かれた神子は音速の速さで、駆け寄る神子が認識する間も無く、彼女の前に出ると、その命を以て彼女を救ってみせた。


『......は?』


『っ―――』


貫かれた神子は何か伝えようとしたが、それも叶わず、突き飛ばされた神子は黒い波に飲まれながら消えて行く神子を視界に捉える事しか出来なかった。彼は自らの護る秘境の奥のどこかへ飛ばされて行った。



〈島国中央部上空〉



時の神子は、まつりごとの社から跳び立ったまま、島の中心に辿り着く。遥か上空に居た彼女でも、たった今地上で起きた出来事は認識できた。


『竜胆ちゃんに铃兰ちゃん。間に合わなくってごめんなさい。もう、これしか、皆を助けられる方法は無いのね。』


ペドラは畳んだ傘と、背中の剣をそれぞれの手に持つ。身を翻し、畳んだ傘を垂直に向けると、その場で一回転した。すると島にはそれを包むドーム状の結界が現れ、島は外界から遮断される。

次にペドラは剣を使い、翻した勢いに任せ島に向かって十字に剣を振る。すると今度は島が4方に分断され、黒い波の進行を食い止めた。

だが、ペドラは力を使い果たし、自身の護る区画へと、自由落下して行った。

ペドラが落下しながら一望する街は、なんとか被害が最小限に留まり、災害の痕跡は、何も残っていなかった。


『2人共、私達の分まで頑張ってくれてたのね...。私は空中で進路を変える事が出来なくって、まつりごとの神子の区画に行く途中にあれが発生したもんだから、対応が遅れてしまったわ。......そういえば、あの子の名前聞き損ねたわね。まぁ、どの道これだけ力を使ってしまったのだから、私は......』


ペドラの予測通り、ペドラは足先から光の粒となり消え始めていた。


『こんな残酷な使命、誰にも継がせる訳にはいかない。でも、継ぐ子が居なけりゃこの島は護れない。理不尽な力よね。これ。』


ペドラは持ってる傘で、ゆっくりと茂みに仰向けに着地する。


『えへへっ、せめて皆が見える場所に降りれば良かったわね。でも、芝生の心地も悪くないかも。なんとなく、懐かしい感じがするわ。』


ペドラは晴天を見上げながら、安らかに最後の時を待つ。ただ1つ、自身を継いでくれる人が、誰になるか分からない心配を除いて。

ふと、森の奥から、こちらに向かって来る足音がした気がした。ペドラの間隔は曖昧になっており、それが現かは分からなかった。

だが、それは確かにペドラの傍へ来ていた。地面に降り立ったときに、どこかへ飛んで行ってしまった傘を差して。


『......見た事無い顔ね。綺麗な瞳。どこの子かしら?』


『......』


口から露出した八重歯、腰の後ろから生える蝙蝠の翼。彼女はペドラの傍にちょこんと座ると、ペドラの頭を持ち上げ膝に乗せた。


『.......もしかして、吸血鬼さん?』


『......!!』


吸血鬼と呼ばれた少女は少し目を見開いた後、両手をやさしくペドラの頬に当てる。


『私、何も思い出せないの。でも、夢の中の、ぼんやりとした記憶の中に、いつも居た。どこかの庭で楽しく遊ぶ、私と子供達の後ろ、建物の窓、カーテン越しに、私をじっと見つめてた。最初は怖かったけれど、こんなに温かかったなんて。』


吸血鬼はただじっとペドラを見つめる。獲物を見る目ではなく、その眼差しだけでも、ペドラは彼女が、自身に真に安らげる場所を与えてくれてると、分かった。


『もうすぐ、私はこの世を去るわ。だからね?吸血鬼さん。貴方に、最後にプレゼントがあるの』


『......?』


『陽の光は、暖かくって、気持ちが良いのよ―――』


ペドラはそう言い残すと、全身光に包まれて、帰らぬ人となった。

そこに残されたのは、吸血鬼の少女でも持てるように2つに分かれた剣と、彼女の温もりが籠った傘。

そして、全身が微かに光り、蝙蝠の翼と蝶の羽を持った、陽の光を全身に浴びる少女の姿があった。



〈島国、南東部上空〉



ここにあったものは何も残っていない。見渡す限り、地面は真っ黒。それでも尚、黒い波は結界を破ろうと進み続けていた。

そんな中、その波の上に浮かぶ1人の少女。自身と同じ大きさの手鐘を持ち、それを肩に担ぐ。その表情は、怒りと悲しみに満ちていた。


『ふん!!!!』


12時の鐘が鳴る。ここに災害は幕を閉じ、触手の波は音波を浴びると同時に光に包まれ、跡形も無く消えた。それと同時に、彼女の四肢は無くなり、消えた触手の中から出て来た大海原に、沈んで行った。



〈島国南東部、???〉



全てが終わりを迎えた。もう何も残ってはいない。はずだった。

彼岸が生んだ黒い波。その根元には、まだ砂で出来た地面が残っており、そこには1人の女性の遺体と、それを包み込む翼膜の持ち主が1頭。

翼竜は目を覚ますと、辺りを見渡す。やがて足元にある亡骸に気付くと、それをしばらく眺め、大海原の中へと消えて行った。



―――――ぃ



―――い!


『起きてんだろ!目開けろ!』


私は死んだ。彼岸の傍に居るって決めた。


彼女の耳にはさざ波の音。


(彼岸、もしかして、海を渡っているのかな。よかった、まだ一緒に居られるんだね)


『起きろ!!!!』


「......ぇ?」


目を覚ますと、浜辺で倒れていた。いや、ここは本当に浜辺なのか?

葡萄は身体を伸ばすと、目を擦り周りを見渡す。自身が座っている場所以外、海しか無い。


「ここ...もしかしてあの世?だめ、彼岸のとこに行かなきゃ」


『おい』


葡萄は声のした方を向く。鳥の鉤爪、全身に羽毛。


「鳥が喋った!?ってかでっか―――ん?」


葡萄が目の前の鳥の頭部を見る。珍妙な仮面に微かに透けて、人の顔が見える。


『俺じゃ慈善家じゃない。身体を直してやったんだから聞け。』


「......は?」


『ハァ......人間と話そうとすると毎回相槌じゃなくて威圧が飛んでくるのは何故なんだ。イラつかせやがって。』


「それはこっちの台詞でしょ!無理やり起こされた挙句、かけられた第一声が「おい」なんだから」


葡萄は裸足で砂の上に立つと、腰に手を当て目の前の異形に問う。


「......それで、私に何のようなわけ?ほっといて欲しんだけど。」


葡萄は愛する者の傍に居る事すら叶わず、全てを失い、ただ小さな孤島に佇む。そんな自分が、哀れでしょうがない。


『......一応言っておくが、ここはあの世じゃねぇぞ。』


「余計な事を...」


『チッ、つくづく腹立つ野郎だなお前』


「あんたに言われたくないわキメラ野郎!!」


『あんだと?...ハァ......もういい。さっさと用を終わらす。』


ふと彼の懐に視線が行く。羽の中から延びる鎖、その先にある鳥籠に、黒い羽根を持つ蝶々が一匹入れられていた。


『他の区画、まぁ1つ除くが、世代が交代した。だが、この区画の神子はそれが必要なのに、生きてる人間がお前しかいない。』


「......え?」


葡萄は目を丸くした。


「彼岸は......?」


『少なくともここには居ない。そして、ここにはもう戻らない。』


矢車は肩をすぼめ俯く。


「私だって死んでたんでしょ?だったら他の亡骸でもよかったじゃない。」


『他の亡骸は跡形も無くあの波に飲まれた。原形を留めているのがお前しか居なかった。それだけだ。』


顔を上げる気が完全に失せてしまう。


「ハァ......ならないわよ。」


『貴様に拒否権があると?』


「分かってるわよそんな事......」


彼は懐から、神子の羽を取り出した。


『先代のものだ。これをお前に与える。』


「......」


葡萄はそっぽ向きながら、口を開く。


「神子になったら、私はどうなるの?」


『...?そりゃ神子になるに決まってんだろ』


「だから苛つくのよ。あんた」


『は?』


「私の記憶や性格、私が私である所以(ゆえん)の話よ。」


『最初っからそう言え馬鹿者。...貴様としての記憶は消え、この島を今まで守ってきた神子の断片的な記憶に置き換わる。性格はそのままだ。』


「......」


葡萄はそっぽ向いたまま、視界いっぱいに広がる大海原を眺める。


「本当に、何も残らなかったのね。私以外、何も。はぁ......さっさとやりなさいよ。」


彼は神子の羽を矢車の背に浮かべる。その後、自身の羽を1枚それに当てた。すると、ブドウの髪は、微かに輝き始め、服装も神子のものに変わって行った。


『貴様はその手でこの島を、人を産み落とし、それらを育み記録する。さらばだ。』


そこに新たな神子が生まれ、梟の翼を持つ彼は姿を消した。

遺された神子は瞳を閉ざしたまま、その手に杖を顕現させる。自身の羽を広げ、その場で浮かび上がると、杖を振り舞い始める。

彼女が居た孤島から、海から、かつてあった街とは全く異なる、灰色と空色で彩られた景色が広がり始める。

やがては見渡す限り、空に手が届きそうな程、高い建物たちが並ぶと、そこらに散りばめられ、まるで最初からそこに居たかのように、彼女の子達が産み落とされて行く。子供達と共に街は動き出す。

頑丈な金属やガラスで出来た高い建物が並ぶ中、その間に通る道を、植物や看板で色着けて行く。

彼女の両足が消え、左腕が見えなくなる頃、そこには皆のよく知る景色が広がっていた。



      [愛の形、後悔の形]、完。

After the end:[愛の形、心の形]

    next:[愛の形、復讐の形]

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