U.S.幽香は熊なのか?
注意!!
本作は東方Projectの二次創作です。
本作にはオリジナル設定が含まれています。
また、他の部分でも原作、または貴方のイメージとは違う設定があるかもしれません。
自分の持つ東方Projectのイメージが損なわれるが嫌だと感じた場合は、速やかに読むのを中断してください。
幽香さんは、二次創作ほどにアダルティーではないと思います。
「ねえちゃんは、熊か?」
人里の真ん中、花屋の前でいきなりそう訊ねたのは、十にも満たない子供だった。
「…ねえちゃんは、熊か?」
訊ねられたのは、日傘を差した緑髪の少女。赤いチェック柄のベストとスカート、白のブラウスに黄色いネックタイを身につけた、妖怪だった。
「………」
妖怪は、紅い夕陽のような眼で子供を一瞥して、そのまま、何事もなかったかのように花屋の花の観賞に戻った。
「……ねえちゃんは、熊か?」
子供は、尚も続けた。
三度、発した子供の言葉に、緑髪の妖怪は振り向いた。
「………」
子供は、両の瞳をぱっちり開き、目の前の妖怪の姿を確と見据えている。
妖怪は、春靄のような眼差しで、そんな子供を興味なさげに眺めている。
初夏の眩い日差しの中、その光景は、人里の忙しない日常の中に混ざる。
「……熊かもしれないわね」
妖怪は、口を開くと、日傘を閉じた。
そのまま、傘を傍らに、何の支えも無く立てる。
傘は、奇術のように、その場に立った。
「……ぎゃお~、たべちゃうわよ~」
妖怪の少女は、そのままその場で、獲物を襲う熊のように両手を掲げた。
可愛らしい声、花の笑み。戯れに熊を演じる少女の姿は、弟を脅かすお茶目な姉の様にも見える。
だが、彼女の瞳の雰囲気は、それとは逆に一変していた。
周囲の大人は気づかない。少女の姿の妖怪は、その恐ろしさを少しだけ、子供にだけ、見せていた。
瞳の奥の夕闇から覗く、花の嵐の、花乱の恐怖を。
「……ねえちゃんは、…熊か?」
しかし子供は、怖れを面に出さなかった。
決して妖怪から目を逸らさず、逆に、そうすれば嵐など立ち所に消え去るとでもいうように、子供は力強く妖怪を見つめていた。
背筋に走る怖気を堪え、震える両足で身体を支え、何よりも、自分の緊張の糸を決して切らさぬように、一筋の糸に牛刀を乗せるように危うく、子供は妖怪の前に立っていた。
妖怪の前の子供が張るのは、暴風の前の草木が見せる、とっても愚かで無意味な意気地。嗤うしかない代物だ。
「……ふふ」
それを見て、幽香は笑った。
愉しげに。
「……ねえ、貴方は何故、私を熊かと訊ねるの?」
流石にもう、熊の真似はせず幽香は聞いた。
「ねえちゃんは、熊じゃ、ないのか?」
「ええ、私があんな毛むくじゃらに見える?」
「熊って、毛むくじゃらなの?」
「ええ、そうよ。毛むくじゃらで、とっても大きいのよ」
子供は、先程までの恐ろしさなど無かったように、幽香の話に興味を示す。
「貴方、熊を見た事無いの?」
幽香の言葉に、ほんのすこし恥ずかしそうに、子供は小さく頷いた。
「ねえちゃんは、とってもつよい妖怪だって聞いたから、ねえちゃんが熊なのかなと思って、それで聞いたんだ」
恙無く日々を過ごす人々は、熊退治など滅多にしない。
熊を知らない目の前の子は、熊は強く、強ければ熊と、そんな風に考えたのだろうか。
「……ねえちゃんは、熊じゃないのか……」
子供が見せる、寂しげな顔。そこには何か、想いのようなものが見え隠れする。
「私が熊じゃないと、なにか困るの?」
「……うん」
幽香の問いに、子供は少し物憂げな目を、幽香へ向けた。
「熊は、とてもつよいけど、めったに人を襲わない、森や山の守り神だって、爺ちゃんが言ってたから、もしねえちゃんがそうだったらなって思って……」
近所の花屋でよく見かける、人里でも有名な妖怪。風見幽香。
子供にとっては身近な彼女が、子供が想う『熊』のような超然とした存在だったなら。『怖い妖怪』というだけではない、特別な存在だったなら。そんな、お伽話の憧れを、この子供は求めていたらしい。
大人が聞けば莫迦らしい、ただそれだけの理由で、この子供は幽香の前に立ち続けたのだ。
「そうなの」
話を聞いて、感心なさ気な幽香の顔。人の子の思う想いなど、彼女には何の関係もない。
ある筈も無い。
彼女は、ただ花を眺めるのが好きなだけの、妖怪でしかないのだから。
だけれども。
「だったら、私は熊かしら」
そう呟いた、その声色は、確かに子供に向けられていた。
野に咲く花は、嵐を前に逃げる事など適わない。だからこそ花は立ち続ける。
この子供が見せたように、無意味で、愚かで、どうしようもない意地を張り、土の根を頼りに立ち続ける。
自らの生命を信じるがままに目の前に立つ、この子供は、綺麗に咲いてる花だった。
「…ねえちゃんは、熊なの?」
「いいえ」
子供の問いに、幽香は答える。
「私は山も、森も守ったりはしないわ。でも、貴方が、人里の人間達が、花を咲かせていられるのなら……」
それはまさしく、花のような微笑みで……
「守ってあげるわよ」
幻想郷の『熊』はそう言った。
終
この度は本作を読んでいただき、誠にありがとうございました!
えーと、それで話は変わるんですが、以前「本州の人は、北海道の人は一生に一度は熊と遭遇すると信じている」という都市伝説的な噂を耳にしました。
もちろん、そんなに熊に逢う事なんて、そうそうありません。私だって見たことありません。もしそんなに見かけるんだったら、北海道はとうの昔に巨大な熊牧場と化してます。ヤバヤバです。
ですが、この話を聞いた時、幻想郷ではどうなんだろうとふと思い、少し考えてみました。
現在、熊がよく見られるのは、人間の居住域が熊の生活域ギリギリにまで広がったせいだと思います。
熊にしてみれば、ちょっと縄張りから遠出すれば、すぐそこには人の街があり、人の廃棄した食物があったりするわけですから、味を占めてしまえば頻繁に出入りをするようになってしまうでしょう。それでなくとも、新たに『成人』した熊は自分の縄張りを求めますし、そうなれば、すぐ近くには熊の感覚からすれば『空き地』である人間の土地がある訳で、こうなると猟友会のお世話にならざるをえません。
幻想郷はどうか。
幻想郷に人間は多くなく、野山には妖怪やら他の化生やらが跳梁し、時にそれらは(敵対的にしろ、友好的にしろ)人里にまで押し掛けてくる。そんな環境で、人は熊と生活域が重なるほどに土地を広げられるか?
まあ、無理では無いかもしれませんが、大変な労力が必要となるでしょう。そして、その労は果たして必要なのかと考えたなら、答えは恐らく否でしょう。
幻想郷は文化的に解放的ではあっても、発展的ではない。私はそう考えています。
そんな訳で、あちらの人達は滅多に熊なんか見かけないだろうという結論が出て、そこから本作を書いてみました。
蛇足ですが、北海道の先住民であるアイヌの人たちにとって、熊は神、もしくは神の使いのような、そんな存在だったそうです。




