紅魔館の時計台
注意!!
本作は東方Projectの二次創作です。
本作にはオリジナル設定が含まれています。
また、他の部分でも原作、または貴方のイメージと違う設定があるかもしれません。
自分の持つ東方Projectのイメージが損なわれるのが嫌だと感じた場合は、速やかに読むのを中断してください。
筆者は、吸血鬼事変=レミリア説を採用しました。
序・完全で瀟洒なメイド
「ねえ、咲夜」
「なんでしょうか? お嬢様」
ここは五百年の永きを歩んできた幼き吸血鬼、レミリア・スカーレットの住む館。紅魔館。
その一室で、主は従者に尋ねた。
「あなた、わたしに仕えて何年になるかしら?」
何の事は無い。
退屈な主のただの気紛れ。
主は、その答えを知っているのだから。
銀髪の従者は答える。
「はい、××年になるかと」
そうだ、この瀟洒な従者は××年前からわたしに仕えている。
その間、彼女はわたしの要望に完壁に応え続けてきた。
「そうだったわね。つまらない質問をしたわ」
そして、主は考える。
儚き人であるこの従者は、あと何年、私と共にいてくれるのだろうと。
1・気づいた?
お姉様はねえ、お姉様はねえ、ふふ……
その日は、別になにかがあった訳じゃない。
平穏な夜。
ここは霧の湖に浮かぶ小さな島。その上に建つ紅の館、紅魔館。
館の主人、レミリア・スカーレットはテラスにいた。
夜空には三日月。
傍らには従者。
夜のしじまに包まれて紅茶を楽しむ。
何も欠ける所の無い、優雅なひととき。
「ねえ、咲夜」
「なんでしょうか? お嬢様」
わたしはいつものように、従者にくだらない質問をした。
「中ご…美鈴は真面目に仕事をしている?」
本当にくだらない質問。答えは聞くまでも無い。
「見て参りましょうか?」
そんな質問にも、この従者は真面目に応える。
「いいわよ、聞いてみただけだから」
「わかりました」
そして、静寂。
紅茶の香りだけがあたりに漂う。
テラスから望む百八十度のパノラマ。
鏡の湖。
暗き森。
聳える山。
微かに見えるは人里の明かりか?
夜の沈黙。
そして、質問。
「ねえ、咲夜」
「なんでしょうか? お嬢様」
わたしはまた、くだらない質問をした。
「あなた、わたしに仕えて何年になるかしら?」
わたしの我儘。
ただ、従者の声が聞きたくなった。それだけだ。
銀髪の従者は答える。
「はい、××年になるかと」
そう、この従者はわたしに仕えて××年になる。
わかりきった事だ。
「そうだったわね。つまらない質問をしたわ」
そして、わたしは考える。
儚き人であるこの従者は、あと何年、わたしと供にいてくれるのかと。
いつものように。
だからお姉様は××なんだよ。
声を聞いた気がした。
誰の?
わからない。
この声は。
そこで目が覚めた。
ここはわたしの寝室。
そう、あのテラスでのひとときの後、わたしは夜明け前に眠りに就いたのだ。
呼び鈴を鳴らす。
同時にわたしの従者が姿を現す。
文字通り、瞬時に。
わが従者、十六夜咲夜は時の刻みを操る。
彼女は時の刻みを加速させ、停止させ、その時の中で自在に動く。ただし、刻んでしまった時を元に戻す事は出来ない。
わたしは寝台から起き上がると、従者から着替えを受けとった。
時を繰る従者なら、わたしの着替えも気付かぬ間にやってくれるでしょうけど、わたしはそこまで怠惰では無い。
着替えを用意させる程には怠惰だが。
「そういえば、咲夜」
服を着替えながら、わたしは従者に尋ねた。
「なんでしょう?」
「フランの様子はどう?」
フラン。
フランドール・スカーレット。
わたしの妹。
わたしはあの子を館の地下に幽閉している。
危険だからだ。
あの子はありとあらゆるモノを破壊する事は出来るが、自分を制御する事が出来ない。
「昨晩は静かにお休みでした」
従者は答える。
「そう、わかったわ」
この質問に対する答えは二つしかない。
騒がしいか、静かか。
そしてそのどちらでも、わたしの暮らしには何ら関係ない。
だが、わたしはこの質問をくだらないモノだとは思わない。
あの子は、わたしの唯一人の肉親なのだから。
着替えが済むと、わたしは従者に日傘を用意するよう言った。
この島から出る事はできないが、少しは外の空気を吸わないと気が萎える。
掻き消える咲夜の姿。
今頃は玄関広間でわたしを待っているだろう。
あまり待たせるのは良くない。
だが、わたしはそこに行く前に、ある場所へ向かった。
大図書館。
わが館の地下にある、膨大な書物の貯蔵庫。
たいした用があるわけではない。
ただ、この書の殿堂の主に少し聞きたい事があるだけだ。
図書館の中心、簡素な机がいくつかあるだけのそこに、彼女はいた。
「パチェ、調子はどう?」
パチュリー・ノーレッジ。薄紫の服と、帽子に付けた三日月の飾りが特徴的な、わたしの友人。
わたしは彼女をパチェと呼ぶ。
「あらレミィ、珍しいわね。ここに来るなんて」
彼女はわたしをレミィと呼ぶ。
彼女と会うのは久しぶりだ。
同じ屋根の下ではあるが、滅多にここに来ないわたしと、滅多にここを離れない彼女とでは、中々会う機会が無い。
「今日は一体どうしたの?」
パチェがわたしに尋ねる。
わたしは、今日起きてからずっと気になっていた事を彼女に聞いた。
本当にくだらない質問なのだけど。
「パチェ、あなた、咲夜がいつからここにいるか、わかる?」
そう、本当にくだらない、時間の無駄でしかない質問。
それでもパチェは答えてくれた。
「何を言ってるのよ。××年前からに決まってるでしょ」
そうだ。その筈だ。
どうしてこんな当たり前な事が気になるのか、わからない。
でも、聞かずにはいられなかった。
「そうだったわね。つまらない質問をしたわ。またね、パチェ」
わたしはそういうと、従者の待つ玄関広間へと向かった。
従者。
咲夜。
××年前。
夢。
声。
妹。
考え事をしてる内に、玄関広間に辿り着く。
わたしの、忠実な従者がそこにいた。
2・わかる?
お姉様は私の事を悪く言うけどね。本当はね……
何故、わたしはこんな事が気になるのだろう?
「咲夜」
「はい、お嬢様」
わたしの従者、十六夜咲夜。
彼女ほど有能な召し使いは、他にいない。
「今日は一人で出掛けるわ。日傘をお願いね」
でも最近、私は彼女を伴って外出する事が少なくなった。
「はい、かしこまりました」
従者の姿は消え、わたし一人になる。
わたしはこれから向かう場所の事を考えながら玄関広間へと向かった。
そこには、日傘を用意して待つ従者の姿。
「それではお嬢様、お気をつけて」
彼女はわたしに日傘を渡すと、一礼して姿を消した。
館の諸事に戻ったのだろう。
特別な呪が込められた日傘をさし、わたしは館の外へ出る。
陽光は、神に背を向けた者を許さない。
この日傘は、神に背を向けたわたしの為の免罪符なのだ。
館の門前では、それが当然の事のように中ご…美鈴が眠りこけている。立ったままで。
腰まで伸びる赤い髪。緑の帽子に金の星飾り。馬賊風と言うにはいささか可愛らしい緑色の服の紅魔館の門番、紅美鈴。その特技がこれだ。
…器用なものね。
わたしはその様子をしばらく観察すると、怠慢の徒の向こう脛を思い切り蹴飛ばし、目的地へと向かった。
…後ろで地獄の獄卒のような呻き声が響いている気もするが、気のせいだろう。
わたしは今、“マヨヒガ”と呼ばれる屋敷へと向かっている。
ある大妖怪に連絡をとる為だ。
“マヨヒガ”とは“迷ひ家”。迷わなければ辿り着けない霧幻の屋敷。
普通の者では、意図的にそこへ行く事は出来ない。
だからわたしは「運命」を見る。
それは、此所から何処かへと無数に伸び、無限に広がる迷路。
縦横無尽に走るその中から、わたしは「わたしが“マヨヒガ”に至る」路を選び出す。
そして進む。
それだけでよい。
わたしの力が及ぶ範囲ならば、それだけで事は進む。
…程無く、私は“マヨヒガ”へと辿り着いた。
「お待ちしておりました」
霧に包まれ、鄙びた趣を感じさせる屋敷。
そこでは、一体の式神がわたしを待っていた。
この屋敷の主を式として使役する式神。
道士風の衣装と九つの尾、二股の帽子に獣の耳を隠し、人の姿をした天狐。
彼女の名は八雲藍。
ありとあらゆる境界に潜む大妖怪、八雲紫に仕える式神。
彼の者と連絡をとる数少ない方法の一つ、それはこの式神に言付けを頼む事。
だが…
「主より言付けです」
彼の大妖怪は、わたしの要件など見透かしているらしい。
「“貴女のメイドなら、××年前からあなたに仕えてるわよ。私が言うんだから間違いないわ”」
彼の大妖怪も、わたしの記憶を保証してくれるようだ。
でも、それでもわたしは満足できない。
一体、何故…?
「“追伸、あまりみだりに島の外に出てはダメよ”との事です」
そんな事はわかってる。
それが、わたしと彼の大妖怪との間で結ばれた“条約”。
かつて、この幻想郷を奪おうとして敗れたわたしが、この地に住む為に守らなければならない約束事。
しかし、今回はそれに触れていないはずだ。
「あら、わたしは島の中で迷子になって、“偶然”ここに来てしまっただけよ?」
それだけなのだから。
紅魔館の門前。
わたしが“マヨヒガ”から帰ると、珍しい事にあの美鈴がちゃんと門番の仕事をしていた。
明日は雨かしら?
いやだわぁ。
「あ、お嬢様」
門番がわたしに声を掛けてきた。
「どこに行ってらしたんですか? お嬢様」
「散歩よ。それより珍しいわね、あなたが起きているなんて」
途端に固くなる美鈴。
「イ、いやですネ。まるでワタシがイツモネテルミタイニ…」
わたしは言った。
「向こう脛」
その単語にガタガタと震え出す門番。
「あ、あれはご勘弁を!!」
ふふ、やっぱり美鈴は面白いわね。
「これからは居眠りしてたら脛蹴りね」
「そ、そんなぁ~」
美鈴は、好物を取り上げると言われた子供のような声を上げた。
本当に、どれだけお昼寝が好きなのかしら?
あまり苛めるのも可哀想なので、それ以上おちょくるのはやめる事にした。
「冗談よ。たまにしか蹴らないから。それより、庭の手入れはちゃんとしてね。そっちの方が大事なんだから」
「…できれば、たまにでも蹴らないでほしいんですが」
美鈴の仕事は門番だけじゃない。
紅魔館の庭園の手入れも彼女の大事な仕事。
むしろ、何もする事が無い時に門番をしていると言った方が正しいかもしれない。
彼女は「門の前が一番安らぐ」らしいから。
館内の諸事は咲夜の仕事だけど、館の外は美鈴の領分なのだ。
「そういえば、美鈴」
わたしは彼女にも、あの事を尋ねてみた。
「あなたは、咲夜がいつからわたしの元にいるか、わかる?」
その答えは、腹立たしいほどいつも通りのものだった。
3・そろそろかな?
お姉様も、だいぶ焦れてきたみたい。
だって、お姉様は××ですもの。
さあ、はやく、はやく、はやく…
「あの、お嬢様」
その日は、咲夜の方からわたしに声をかけてきた。
何事かあったのだろうか?
「どうしたの? 咲夜」
尋ねると、あの完全で瀟洒な従者の顔に、僅かな曇りが表れた。
「私に、何か至らない所がありましたなら、どうか仰って下さい」
何を言っているの?
あなたは完璧よ。
「あなたに至らない所なんてないわよ。あなたのお陰でいつも助かっているわ」
何か、彼女が不安になるような事があったんだろうか?
彼女の顔はいまだ晴れない。
「あなたらしくないわね。何かあったの?」
そう聞くと、わが従者は声色にまで不安を滲ませ、わたしに言った。
「その、お嬢様が、私がいつからお嬢様に仕えるようになったのかを皆に尋ねていると聞いて…」
たしかに、わたしは皆にその事を聞いて廻っている。
生来の臆病さゆえに先の戦を生き残った小悪魔にも。幻想郷に来てから新たに雇い入れた妖精達の中の古株にも。
「それで、もしかして私に何か不満があって、それで、その…」
彼女はそれを、自分への遠回しな嫌みなのではないかと勘繰ってしまったようだ。
まったく、困った従者ね。
「そうね、そう言われれば、たしかに一つだけ不満があるわ」
わたしは言った。
それを聞いた咲夜は動揺を抑えきれなかったようで、困惑を顔に浮かべてわたしに尋ねてきた。
「それは一体何でしょうか?」
ふふっ。
「それはね」
本当に生真面目な従者ね。
「いつもは困った顔をしないって事よ」
わたしの答えを聞いた咲夜は、呆気にとられたようだ。
「ふふ、あなたは生真面目過ぎるのよ。わたしはただ、暇潰しに皆に質問をしていただけ」
それは嘘。
あれはもはや暇潰しの域では無い。
でもね…
「あなたはわたしの最高の従者よ。咲夜」
これは本当よ。咲夜。
「お嬢様…」
やっと、わが従者から不安が離れたらしい。
微かな微笑み。
それはすぐに消えて、かわりにいつもの完全で瀟洒な従者の顔が面に出る。
わたしは、わが忠実な従者に命じた。
「お茶の準備をなさい。場所はいつものテラスよ」
従者は応え、そして消えた。
わたしは一人になった。
その日は、別に何かがあった訳じゃない。
平穏な夜。
わたしはテラスにいた。
夜空には満月。
傍らには従者。
夜のしじまに包まれて紅茶を楽しむ。
何も欠ける所の無い、優雅なひととき。
「ねえ、咲夜」
「なんでしょうか? お嬢様」
わたしはいつものように、従者に質問した。
わたしはもう、その質問をくだらないと言えないが…
「あなた、わたしに仕えて何年になるかしら?」
でも、これで終わりにしよう。
どんな答えが返ってこようとも。
銀髪の従者は応える。
「はい、××年になるかと」
そうだ、この瀟洒な従者は××年前からわたしに仕えている。
その間、彼女はわたしの要望に完璧に応え続けてきた。
「そうだったわね。つまらない質問をしたわ」
そして主は考える。
この命短き従者とどのように暮らして行くか。
それが大切な事だと。
そんな嘘、ついたら駄目だよ。
お姉様は、このままでいいの?
なんにも知らず…
掌の上で踊らされて…
それじゃあ、まるで…
そこで目が覚めた。
ここはわたしの寝室。
そう、あのテラスでのひとときの後、わたしは時計台の鐘が鳴る前に寝てしまったのだ。
いや、確かわたしはテラスで咲夜と…
咲夜は傍らにいた。
椅子に座ったまま、姿勢を崩す事無く眠っている。
…わが従者もなかなか器用ね。
どうやら、わたしはテラスで眠り込んでしまったらしい。
咲夜がわたしを運んでくれたのだろう。
起こすのも悪い。
わたしもこのまま寝て…
ゴヲォン、ゴヲォン、ゴヲォォン…
――鐘が鳴った。
深夜を告げる時計台の鐘の音が――
なぜだろう?
わたしには、それが呼び声のように聞こえた。
わたしは寝台から起き上がると、従者を起こさぬように部屋を出た。
4・後少しなのに!?
あのメイドめ!!
何て事をしやがる!?
折角、ここまで上手くいっていたモノを、私がどれだけ苦労して、あいつが見るわたしの運命に仕掛けをして、それを、あと少しで台無しにする所だったぞ!!
メイドのくせに!
メイドのくせに!!
メイドのくせに!?
……でも、仕方ないよね。
咲夜は、白兎みたいに臆病で、お姉様から離れたら、きっとしんじゃうもの。
咲夜はお姉様が大好きだもの。
でも、この「異変」は咲夜のせいだ。
だって、咲夜が一番おかしくなって、全ての糸は咲夜に繋がっていて、それに気づいたせいで私はおかしいって言われて、あああ!?
そうだ! あのメイドのせいだ!!
あいつ、あいつのせいでぇ!?
あと少し!? あと少しだ!!
あいつさえここに来れば、私は教えてやるんだ!!
あいつが今、一番知りたがっている事を!
あいつ、おどろくぞ。散々「運命を操る」とか吹いときながら、自分がくるくる操られてたって知るんだからな。
そうだ、ねえ様は操られてる。
お姉様は操られて操ってるんだ。
咲夜を。
美鈴を。
パチュリーを。
小悪魔や妖精メイドを。
自分自身を。
私にはそれが我慢ならない。
私のお姉様を、どこのどいつかしらないが、玩んでいるんだ……
ああ! 腹の立つ!!
でも、それもあとすこし。
あとすこし。
あとすこし。
ゴヲォン、ゴヲォン、ゴヲォォン。
――鐘が鳴った。
深夜を告げる時計台の鐘の音が――
さあ、はやく来て。お姉様。
はやく、はやく、はやく、はやく……
終・QED495年
「…ん、……?」
目を覚ますと、お嬢様の姿がどこにも見当たらなかった。
どこに行ってしまわれたのか。
私はお嬢様の姿を探し、室内を見渡す。
廊下へ続く扉が開いていた。
おそらく、音を立てて私の目を覚ましてしまわないよう、開け放しにして行かれたのだろう。
一体、何処へ?
気になった。
嫌な予感がする。
放っておくと何も彼もが崩れてしまうような、そんな予感が…
私はいつも持ち歩いている懐中時計で時刻を確認した。
零時二十三分。
…お嬢様を探さないと。
私は時を止め、館の中を歩き始めた。
――彼女の足は、真っ直ぐと館の地下へ、妹様の元へと向かっていた。
まるでそれが「運命」であるかのように――
時は少し遡り…
わたしは、何かに引き寄せられるように館の地下へと向かっていた。
夜遅く、主と共に寝静まった大図書館を通り抜け、粗い石造りの階段を進み、更に地下深くへと歩いていく。
わが妹の居室へ。
いや、偽るのはよそう。
わたしは、牢獄に向かっているのだ。
わたしが、わたしの手で閉じ込めた、妹が待つ牢獄へ。
ふふ、なんで「待つ」なんて言葉が浮かんだのかしら?
あの子がわたしの事を待ってるなんて、どうして思えるのかしら?
実の妹を、牢屋に閉じ込める事しか出来ない、ロクデナシのこのわたしが。
第一、わたしはなんで妹に会いにきたの?
もしかしてわたしは、妹まであの問いの答えを聞こうとしているの?
くだらない。
本当にくだらない。
なんでわたしはあの事に執着しているのか。
まったくわからない。
何もわからない。
わからない。
わからない。
わからない。
何もわからずに歩いている間に、わたしは妹の元に辿り着いていた。
決して開いてはならぬ扉の前に。
昔読んだ本の一節。
それを思い出した。
この門を通る者は一切の希望を捨てよ。
その扉から漂う気配は、それほど凄まじいモノだった。
わが妹の、四百九十五年の煩悶。
――孤独、苦悩、狂躁と沈鬱、自問の滞積、自答の繰り返し――
そこにあったのは、紛れもなく狂気だった。
――全てを壊す暴威では無い。見境の無い獣性では無い。
深遠を覗く哲人の、その脳奬に潜む虚――
それは妹のものであり、そうしたのは、わたしだ。
わたしはとんでもない事をしていたのだ。
それに気づかずわたしは…
なんで…
なんでコレに気づけなかった?
なんで。
わたしは……
「お姉様のせいじゃないよ」
フラン!
待ってて、いま…
「聞きたい事があるんでしょ?」
そんな、そんな事は…
「聞いて」
フラン?
「私にも、あの質問を」
…なんでフランが“あの質問”の事を知ってるの?
「そうすれば証明は終了するの」
証明?
「私の、四百九十五年間唯一の、正気の証明」
それは…
「怖い?」
きっと、聞いてはいけないモノだ。
「でも、お願い」
ダメだ。
「聞いて。私に聞いて」
「それが今、私がお姉様に出来る唯一の事なの」
「…わかったわ、フラン」
わかったわ。
わたしがフランにしてやれる唯一の事。
それはこの扉を開く事では無い。
開かれる運命が除かれたこの扉は、もうわたしでも開けられない。
今のわたしに出来るのは、妹の意を受け止めてやる事だけだ。
フランが何を望んでいるのかはわからない。
それを叶えたら、全てが御破算になるかもしれない。
わたしの予感は、それは危険だと告げている。
それでも、わたしは姉なのだ。
「フラン、あなたに聞きたい事があるわ」
わたしは意を決し…
「なあに? お姉様」
あの質問をした。
「あなた、咲夜がいつからここにいるか、わかる?」
「…わかるよ」
「咲夜はね」
「あのメイドは」
「そう」
「あの子は四百九十五年前から、お姉様の忠実なしもべだよ」
………
はは、何を言ってるの、この子は。
ただの人が、そんなに長く生きてられる訳ないじゃない。
「お姉様は“ずっとあの子がしなない”運命を望み、あの子は“人間としていきる事”を望んだ。私がここにいるのは、その運命の結果」
そんな馬鹿な。
わたしが?
わたしがそれをやったというのか?
そんな筈は無い。
わたしはそんな事知らない。
わたしだけじゃ無い。
パチェも、美鈴も、小悪魔や妖精達も、あの大妖怪でさえも、そんな事は知らない。知らなかった。
もちろん、咲夜も…
「根本は、あのメイドの我儘な願望よ。人の身でありたい。でも、お姉様に長く、永く仕えたい」
だから何?
あの従者が、その我儘を叶える為に、わたしを操っているとでも言うの?
たとえそうだとしても、わたしの力にも限度がある。
何でも出来る訳じゃ無い。
「どこかのおせっかいがその望みを叶えた。あの子の歴史は止まり、皆はその事を知覚出来なくなり、その事に“疑問”を抱く者は地の奥底に封じられた。“おかしい”という理由をつけてね」
それは、違う…
あなたが何でも…?
「…お姉様の願いは、あの子の願いを叶えるきっかけを招いた。でも、訪れたそのきっかけは、お姉様の手に負える代物じゃなかった」
は、はは。
何を、言ってるのよ。
「訪れたモノは願いを叶えた。咲夜と、結果的にはお姉様の願いと、両方を」
ああ、あ…
「その代価として、お姉様は訪れたモノの繰り人形になった。咲夜の願い、人が永劫をいきても誰も気にしない環境を作る、その為に運命を操る舞台装置に」
うそだ。
「あの子が時を操る、操っているように見えるのは、歴史の外にいるからよ。傍観者だから、好きな速度で本を読む。文字の大きさも認識次第。人としての常識が無かったなら、読み返すように過去へ行き、書き換えるように事実を変える事もできたでしょうね」
うそだ。あの子の力は、わたしと会った時から…
「これは私の想像だけど、『あいつ』もここに住んでいて、ここにも何か仕掛けをしてあると思う」
『あいつ』?
それは一体、誰?
「不自然だもの、色んな妖怪がいるらしいこの土地で、誰もこの館の異常に気づかないなんて。だとすれば、私達は多分目眩まし」
目眩まし?
「『あいつ』は歴史をねじ曲げる。少なくとも止める事は出来る。ここでもきっと、そうしてるのよ」
それが何?
「私達はその不自然さを隠す為の隠れ蓑。運命を操ると嘯く吸血鬼と、時を操るように見えるメイド。こんなのがいれば、歴史の、時空の、ささやかな齟齬はそいつのせいになる」
わたし達が…
「…勿論、これはただの推測に過ぎないけれど」
わからない。
わからない、
わからない…
「姉様は道化」
この子は…
「主役は従者」
この子は何を言ってるの?
「観客は『あいつ』。『あいつ』が誰かは知らないけれど」
助けて。
「私の理性は、壊れてない筈」
助けて、咲夜。
「だって、姉様は××が何年前か、わからないんでしょう?」
もう止めて……
「××が来た時、×様は何て言ったか、わからないんでしょう?」
聞きたくない。
もう、聞きたくない。
「以上が私の証明」
「でも、お姉様には届かなかった、かな?」
四百九十五年の思索は終わった。
地獄門の前に、レミリアの姿は無い。
「咲夜?」
わたしは従者に抱えられ、自分の部屋の中にいた。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
どういう事だろう?
わたしはフランと話していたはず。
「お嬢様が只事では無いご様子で妹様の居室の前におられたので、失礼ながら…」
ああ、そういう事なのね。
わたしは咲夜からおろしてもらい、話を聞いた。
彼女が以前、フランに食事を届けにいって、半狂乱になり戻って来た時の話だ。
その事は私も覚えている。
わたしやパチェが何を聞いても答えられないくらい、咲夜は取り乱していたから。
「あの時、私は妹様に、小窓越しに何事か言われて、何故かそれが凄く恐ろしいもののように感じたのです」
そうだったの。
なら、わたしが聞いたのも、きっとそれだったのね。
そうだ、そうに違いない。
わたしは一応、もう少し詳しい話を咲夜に聞く事にした。
「咲夜、あなた、その時なんて言われたか、覚えている?」
銀髪の従者は答えた。
「はい、たしか、×××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××と言っておられたかと」
………
やっぱり。
あの子はもう…
「咲夜」
「はい、お嬢様」
わたしは、妹に対して更に注意するよう、従者に伝えた。
それを、他の紅魔館の者にも徹底させるようにも。
もう、わたしがあの子にしてあげられる事は何も無い。
あの子は完全に、狂気に嵌まり込んでしまったのだから。
終
不明・U.N.オーエンの解
どうだった? 私の作り話。面白かった?
そうだよ、私の話は全部紛い物。
そうじゃなかったら、私、ここにいないよ。
まだあの地下室だよ。
…でもね、もしも、私の話が本当だとしたらね、私がここにいるのは美鈴のおかげなの。
こないだ、博麗の巫女が来た時、美鈴ったら逃げ出しちゃったんだよ。
その時にね、あの巫女が美鈴に投げたお札が、“偶然”外れてコレに当たったの。
大暴投よね。ノーコンなのかしら?
コレ?
いいでしょ。
コレはね、アイツと博麗の巫女の弾幕ごっこの後、小悪魔に持って来てもらったの。
あの子、優しいから、アイツがダメって言ってもたまに会いに来てくれたんだよ。
コレはね、時計台の下に落ちてたの。
永い間歴史をひん曲げてたから、巫女の札で呪が解かれると、こんなになっちゃったのよ。
もう元には戻らない。
あのメイドと一緒だね。
ふふ。
これであの扉を吹き飛ばした時は嬉しかったよ。
私の力じゃどうにもならない封印だったから、コレの力を借りるしかなかったの。
コレの“歴史を改変する”力がね。
コレの力は、人里に住むワーハクタクみたいに、上辺だけを取り繕うものじゃないんだよ。
私の“ありとあらゆる物を破壊する”力と、コレの“歴史を改変する”力を合わせて、あの扉の歴史をコナゴナにしたんだ。
あの力を使えば、蓬莱人だってころせたと思う。
コレはもう呪物としては使い物にならないから、出来ないけど。
そう、蓬莱人よ。
あの宇宙人達。
きっと、あいつらが犯人よ。
証拠は無いし、この話は作り話だけど。
本当だよ。もし疑うんなら、人里のワーハクタクに聞きなよ。
ちゃんと「×××××××××××××××」って答えてくれるから。
あ、魔理沙が来た。
私ね、あの子と弾幕ごっこするのが大好きなの。
あの子の「マスタースパーク」って魔法ね、私が扉をコナゴナにした時と似てるんだよ。
それじゃあね。
完
あっと、大事な事聞き忘れてた。
あのね、少し前に月がおかしくなった時、お姉様と咲夜が二人で出掛けたんだけど、そのあとお姉様はとても嬉しそうだったの。顔には出さなかったけど。
咲夜に何か言われたみたいなんだけど。
あなた、お姉様が何て言われたか、わかる?
完
本作を読んでくれて、ありがとうございました!
本作は、某小説雑誌D・Mでその昔に読んだ 仮名 静寂永遠環 のとある話を思い出して書きました。
その話は、「悪い吸血鬼が、実は執事に化けた悪魔に操られてた被害者」と言う話…だったはず…だったんですが、その吸血鬼がふとした拍子で執事の事を回想する場面がありました。
執事は、只の執事のはずなのに過去の記憶の中の全てにいる。
いや、私が吸血鬼になる以前から…
まさか、この執事は!?
…て、感じでした。
でも、そのままそれをやると、咲夜の姐さんがレミリアレミレミな感じなので、どうしよう、こうしよう、と悩んでる間にこんな事になってしまいました。
以上です。
今回は、本作を読んでくださり、本当にありがとうございました!!




