第4話前半 ワンチームなのだから
【阿久津視点】
週刊誌からの質問を受けた日の夜——。
事務所のPC画面越しに、三つの重苦しい顔が並んでいた。
浅野の両親と、彼の恋人だ。
本来なら対面でじっくり話すべき場面だが、俺自身が週刊誌記者に尾行されるリスクを考えると——クソッ。画面越しのWeb会議にせざるを得なかった。
俺経由で記者どもに特定され、彼らに精神的な揺さぶりをかけられるのだけは避けたかった。
……まあ、それも時間の問題だろうが。あの大野刑事から情報がダダ漏れになっている以上、マスコミに彼らの自宅や職場が知られるのは目と鼻の先だ。
全く、実に厄介なトレードオフだ。
大野が週刊誌にネタを売ってくれたおかげで、検察の逃げ道は完全に塞がれた。それ自体は狙い通りの最高の結果だが、その代償として家族や恋人のメンタルフォローは格段に難しくなった。
ここが最初の正念場だ。
外からの攻撃に耐えかねて身内がパニックを起こせば、浅野のメンタルは一発で崩壊する。そうなれば「もういいです、僕が罪を認めますから終わりにしてください」などと折れて自白し、俺の実験はそこで打ち切られてしまう。
それだけは、絶対に阻止しなければならない。
画面の向こうで、恋人の女性が赤く腫らした目をカメラに向け、泣き出しそうな声で問いかけてきた。
「あの……阿久津先生。彼が……彼がそんなひどいことをしたなんて、私、どうしても信じられなくて……。私といる時はいつも優しくて真面目な人なんです。本当に……本当に、彼が女性を襲ったんでしょうか……?」
縋るような、今にも崩れ落ちそうな声だ。その横で、父親が険しい表情で画面を覗き込み、絞り出すように言った。
「先生、息子は取調べで何一つ覚えていないと言っているそうですね……。記憶もないのに性犯罪者扱いされて、息子の人生は、一体どうなってしまうんですか!?メールにあった、逆告訴ってどういうことですか!?」
母親はハンカチで口元を覆い、肩を震わせて咽び泣いている。
俺は声のトーンを意図的に落とし、ゆっくりと、誠実そのものといった重厚な響きを意識して語りかけた。
「……ご安心ください。浅野さんが女性を襲ったという証拠はどこにもありません。」
「証拠は無い…?」
父親が半信半疑の呟きを漏らす。
「……ええ、間違いありません。彼はむしろ、被害者と見なすべき存在なんです」
「え…?被害者って…?」
「……はい、警察の捜査はあまりにも偏っている。両者記憶が無いのであれば、浅野さんが強引に襲われた可能性だって十分にあるというのに…。浅野さんは女性を襲うような人では無い。そうですよね?彼女さん。私からもそう見えました。」
浅野の恋人は初め困惑しながらも、暗闇の中で光を見つけたかのように目を見開き、力強く答えた。
「……はい。はい!そうだと思います! 彼は絶対にそんなことしません!」
よし、かかった。
「それなのに、女性の言い分だけを鵜呑みにし、泥酔して記憶のない浅野さんを頭から犯人扱いしているんです。……だからこそ、私は捜査機関の不当な偏見と戦うために、あえて『逆告訴』という厳しい手段に出ました。すべては、彼をあの不当な勾留から救い出すためです」
父親がゴクリと唾を飲み込み、食い入るように画面を見つめる。
「……救い出すため……。では、逆告訴というのは……息子を陥れようとする警察から守るための、唯一の防衛策ということですか……?」
「その通りです、お父様。こちらが黙っていれば、彼らは浅野さん一人にすべての罪を擦り付けて処理を終わらせてしまう。それこそが一番の不当です」
恋人の女性が、溢れ出る涙を拭いながら、小さな声で呟いた。
「私……彼を信じます。どれだけ世間から責められても、私は彼の味方でいます……。先生、どうか彼を……彼を助けてください……!」
「……これから先、マスコミやネットで心ない噂や、彼を悪者にするような記事が流れるかもしれません。ですが、絶対に惑わされないでください。彼らは真実など興味がなく、ただの面白半分の野次馬です。……大丈夫です。私が必ず、彼の無実を証明してみせますから」
「先生……よろしくお願いします。どうか、あいつをよろしくお願いします……!」
父親が深々と頭を下げ、母親も涙ながらに画面に向かって手を合わせた。
「……はい。また動きがあり次第、すぐにご連絡します。失礼いたします」
通話終了のボタンをクリックし、画面が黒く切り替わる。
「……ふぅ」
背もたれに深く体重を預け、大きく息を吐き出した。
やれやれ、骨の折れる作業だ。嘘は一つも言っていないが、柄にもなく「情に厚い正義の弁護士」を演じるのは肩が凝る。
だが、外からの雑音で揺らがないよう、彼らのメンタルケアを完璧にし続けることは、この戦いにおいて最重要タスクだ。我々はこれから、心を一つにして戦うワンチームなのだから。
デスクの上の時計に目をやる。
……明日には、被害者兼被疑者となった香織さんのもとへ、警察から任意の取調べの連絡が行くだろうか。
まさか自分が逆告訴されるなんて夢にも思わなかった彼女は、恐怖と混乱でパニックを起こすかもしれない。だが、ここで彼女に怯えて折れられても困るのだ。恐怖に負けて「もう嫌だ、示談にして告訴を取り下げる」なんて逃げ出されたら、せっかくのゲームが不成立で終わってしまう。
だからこそ——大野刑事、あなたの出番ですよ。
正義感に燃えるベテラン刑事なら、怯える彼女の肩を抱き、こう吠えてくれるはずだ。
『あんな悪徳弁護士の恐喝になんて屈しちゃダメです! 僕たちが守るから、絶対に示談なんかしないで最後まで戦いましょう!』と。
頼みますよ、大野刑事。
彼女の逃げ道を塞ぎ、その心に「絶対に許さない」という闘争意識をくべ続けてやってくださいね。
そう。みんながこの実験を成立させるためのワンチームなのだから。
心をひとつに…ね。




