第10話後半 【被害者友人 真央視点】
【被害者友人 真央視点】
テレビの画面越しに、生中継のテロップが踊っている。
『-速報- 渋谷区不同意性行事件、浅野被告に懲役5年の実刑判決』
画面の中では、詰めかけたリポーターたちが興奮気味にマイクへ叫んでいた。
私はリビングのソファに深く沈み込み、冷えた指先でスマホの画面を強く握りしめていた。
——裁判に証人として呼ばれたのは、二年前のことだ。
生まれて初めて立った法廷の証言台。私は検察側の証人として、背筋を伸ばして怒りをぶちまけた。
「香織はあの日からこんなに痩せちゃって……! 犯人には厳罰を望みます!」
「あの日、私とランチで話している時も、香織はショックで泣いていました! 絶対に許せません!」
「……被告人の弁護士さん? あなたの恣意的な質問には答えたくありません!」
阿久津という不気味な弁護士を思い切り睨みつけ、私は「親友を守る女」として、思いのままに言葉を言い放った。あの時の私は、間違いなく正しいことをしていると信じて疑わなかった。
この胸に引っかかりが生まれたのは、それから一年ほどが経った頃だ。
当時の彼氏と部屋でお酒を飲んでいる時、ふと誇らしげにそのエピソードを語ったのだ。
「このニュースになってる事件、私が友達のために裁判で証言してやったんだよね。事件の翌日に友人とランチしたって書いてあるでしょ?それが実は私で——」と。
ちょっと話題を振っただけのつもりだった。『へー!?裁判の証人ってどんな感じなの?やっぱり異議あり!って言われた?』そんな風に話が盛り上がると思っていた。
…でも返ってきた反応は想像とはまるで違った。
彼は急に黙り込み、そしてその顔からはみるみる血の気が引いていく。
……なに?……なんなの?
「……なぁ」
彼は怯えたような目で私を見つめ、掠れた声で呟いた。
「……それ、お前のせいじゃね……?」
「……は? 私のせい……? 何が……?」
「いや……お前がさ、その香織って子の記憶を……歪めたんじゃないの……?」
……は?
不意に冷や水を浴びせられた感覚。心臓がドクンと嫌な跳ね方をした。
「……はぁ!? なんで私が責められなきゃいけないの!? 私が香織を励ましてあげたから、あの子は警察に行けたんじゃない!」
私は激昂して彼を追い出したが、彼が去った後の静まり返った部屋で、激しい眩暈に襲われた。
あの日——事件の直後。
渋谷のカフェの待ち合わせ場所に現れた香織の姿を、必死に脳裏から掘り起こす。
あの日、香織は……約束の時間からだいぶ遅れて来て、二日酔いで気持ち悪そうにしていて……それから……?
……思い出せない。
記憶の霧の向こうで、私が「そんなの無理やり酒飲まされたんだよ!」「薬でも盛られたんじゃない!?」「許せない、警察に行こう!」と、パニックになる香織を追い詰めていった声だけが、嫌な音量で脳内に響き渡る。
……この事件の犯人は……私?
……いや。いやいやいや、そんなわけない。
私は悪いことなんて何ひとつしていない。傷ついた親友の痛みに共感して、親身になって話を聞いて、警察や検察の質問に正直に答えただけだ。私は親友の香織のために行動しただけだ。
私が犯人だなんて、そんなこと、あるはずがない。
——今でも、その考えは変わっていない。私は絶対に悪くない。
気がつくと、テレビの液晶が放つ青白い光の中で、スマホの画面を開いていた。
地裁のニュースで盛り上がるSNSから数回タップしてたどり着いたのは、浅野の父親が立ち上げたというクラウドファンディングのページだった。
目標額を遥かにオーバーし、刻一刻と数字が跳ね上がっていく。
画面をスクロールし、決済画面へ進む。
『支援金額を入力してください』
私は、今自分が自由に動かせるすべての預金——167万円という数字を打ち込んでいた。
海外旅行に行くために、200万円貯まったらヨーロッパ中を1ヶ月かけて巡るという夢のために、コツコツ、毎月少しずつ積み立ててきたお金。
「なにやってるの、私……」
声が出た。止めなきゃ。キャンセルしなきゃ。
私は香織の味方だ。あんな性犯罪者の男にお金を、それもこんな大金を、大事に貯めてたお金を払うなんて頭がおかしい。
なのに、指が動く。
まるで自分のものではない誰かの指のように、震える親指が「支払いを確定する」のボタンを力強くタップしていた。
口座からお金が消え、残高は『¥4,210』と表示されている。
私はスマホを放り投げ、抱きかかえた膝に顔をうずめた。
——私は悪くない。
これはただの気まぐれだ。ただ…懲役5年という重い罰に少し…ほんの少し同情しただけだ。
暗い部屋の中で、テレビのニュースキャスターが「正義が示された判決です」と誇らしげに語る声だけが、虚しく響き続けていた。




