第7話後半 【大手広告代理店取締役 櫻田視点】
【大手広告代理店取締役 櫻田視点】
「さあ、今日も明るく楽しく元気よく!」
毎朝のフロアへの一声は欠かさない。我がクリエイティブ局のメンバーが活気ある顔で一斉に「おはようございます!」と返す。いい朝だ。素晴らしいチームワークじゃないか。
午後の会議室。大型イベント案件のプロジェクト進捗報告が行われた。
会議資料のスケジュール表を眺め、私は腕組みをした。
むむ! これはなかなか厳しいスケジュールだな。現場の若い連中も余裕のない顔をしている。よし、私の出番のようだ。
「あのイベント企画会社と、あのキャスティング会社に声をかけよう。どちらの社長も私は長い付き合いだ。厳しいスケジュールではあるが、私が直接声をかければ『櫻田さんの頼みなら』と二つ返事で受けてくれるはずだよ」
私が快活にそう提案すると、プロジェクトリーダーの若手が急に曇った顔をして、隣のスタッフと気まずそうに顔を見合わせた。
「あの……櫻田取締役。その2社なんですが……なんというか、その……共演NGと言いますか……」
「ん?共演NG? なんだねそれは。芸能人じゃあるまいし、下請け同士でそんなものがあるのか?」
話を聞いて、私は思わず卓上を叩いた。
「バカモン!」
プロジェクトリーダーが一瞬で背筋を伸ばし、顔を強張らせる。
「我々はこの業界の親分だぞ! 子分同士がくだらない小競り合いをして、裁判だなんだと泥沼になってるのを放置してどうする! 困った時はお互い様、間に入って仲裁してやるのが親分としての責務だろうが!」
ニュースでちらっと見かけていた件ではあったが、まさかあの2社の社員同士だったとは。
お酒の席の失敗なんて、若いうちは誰にだってある。それを頭の固い弁護士だの、悪質なネットニュースだのに担ぎ出されて、1年半も裁判なんてやって……可哀想に。若い二人の将来を大人が守ってやらんでどうする。
私はすぐさま両社の社長に自ら電話をかけ、その日の夜に銀座の料亭での会食をセッティングした。
——夜。
馴染みの個室で、美味しい料理と酒を交えながら、まずは昔の苦労話や大きな現場を成功させた思い出話に花を咲かせる。
緊張していた両社の社長たちも、徐々に表情がほぐれてきた。よし、場は温まった。
さて、本題だ。
「……二人ともね、うちにとっても君たちの会社は切っても切れない大切なパートナーだ。今回の件、ネットで色々騒がれているが……ここは私の顔に免じて、両社で矛を収めてはもらえないだろうか」
私は手元のグラスを置き、両社の社長の顔を温かい眼差しで見つめた。
「櫻田取締役のおっしゃることは重々理解しております……」
イベント企画会社の社長が困り顔で頭を下げた。キャスティング会社の社長も申し訳なさそうに身を乗り出す。
「本当にありがたいお話ですし、我々会社としては今すぐにでも示談にして手打ちになってほしいのは山々なのですが……何分、当事者個人の問題でして。双方とも弁護士がついていて、頑なになっていると言いますか……」
ん? まあそうか。確かに当事者の気持ちを置き去りにしては意味がない。
「だったら簡単じゃないか! 皆で直接、その二人に会いに行けばいいんだよ!」
「え……二人に、ですか?」
「そうだ! 浅野くんという方は確か実家に身を寄せているんだったね? 香織ちゃんという女性の方も会社に出てこられないなら自宅に伺おう。双方の社長と私で一緒に頭を下げて、『もう十分苦しんだ、大人が守るから一緒に美味いものでも食って終わりにしよう』って笑顔で言えば、二人だって絶対に肩の荷が下りるはずだ!」
社長二人は顔を見合わせ、圧倒されながらも「は、はい……櫻田取締役がそこまでおっしゃるなら……」と大きく頷いた。
「よし決まりだ! 早速、秘書に二人のスケジュール調整と手土産の手配を指示することにするからね。ハッハッハッ!」
まずは直接会って、顔を見て話すことだ。
人と人の関係なんてものは、いつの時代だってそうやって解決するものなんだから。
若い二人を救い出して、また前の現場みたいにみんなで笑い合える日も近いぞ。
私は満足感に包まれながら、香ばしいウイスキーのグラスを飲み干した。




