第9章 試作の日と、甘い香り
夏の陽射しが強くなり、Lunetteの窓には薄いレースのカーテンをかけるようになった。
その日の午後、店は少し早めにクローズした。カウンターの上には小麦粉、バター、季節の果物が並んでいる。拓也とのコラボ「Lunetteの焼き菓子」を書店で販売するための試作日だ。
「真澄さん、私も手伝います!」
遥がエプロンを巻いて張り切っていた。真澄は笑いながら生地を捏ね始める。
「スコーンはシンプルに、蜂蜜とレモンの風味でいきましょうか。タルトはミニサイズで持ち運びやすく」
二人が作業していると、拓也が紙袋を抱えてやってきた。中には書店で売れそうなラッピング用の袋とリボンが入っている。
「これ、どうかな? Lunetteのイメージに合うように、シンプルなデザインにしたんだけど」
真澄は袋を受け取り、軽く笑った。
「センスいいじゃない。意外と几帳面なのね」
「書店やってると、細かいところが気になるんだよ」
三人で作業を進めながら、店内は笑い声と甘い香りでいっぱいになった。オーブンから取り出した蜂蜜スコーンを冷ましている間、拓也が淹れてくれたコーヒーを三人で飲んだ。
「美味しい……真澄さんのコーヒーは本当に安定してるよね」
拓也の素直な言葉に、真澄は少し照れくさくなった。
「毎日やってるからね。失敗もいっぱいしたけど」
遥がからかうように言った。
「拓也さん、真澄さんのこと褒めすぎですよ〜。でも、いい雰囲気ですね」
「遥、余計なこと言わないの」
真澄が睨むと、遥は笑って厨房の奥に引っ込んだ。残された拓也と真澄の間に、微かな沈黙が落ちる。
「真澄さん」
「ん?」
「こうやって一緒に何か作るの、楽しいよ。……ただのビジネスじゃなくて」
拓也の声はいつもより少し低かった。真澄はスコーンを一つ手に取り、半分に割って拓也に渡した。
「私も、楽しいわ。……でも、急がないでね。ゆっくりでいい」
拓也は頷き、笑顔になった。
「わかってる。君のペースに合わせるよ」
試作が終わり、出来上がったスコーンとミニタルトを並べて三人で試食した。遥が「これ絶対売れる!」と大はしゃぎし、拓也も満足げだった。
夕方、皆が帰った後、真澄は一人で店内を片付けた。
オーブンの余熱でまだ少し温かい店内。甘い蜂蜜の香りが残っている。真澄はカウンターに腰をかけ、そっと息を吐いた。
——少し前までは、誰かと一緒に何かを作るなんて想像もしていなかった。
窓の外では、夏の夕陽がオレンジ色に街を染めていた。
Lunetteの看板が、その光を優しく受け止めている。
真澄はスマホを手に取り、拓也に短いメッセージを送った。
『今日の試作、ありがとう。なかなかいい出来だったわね』
返事はすぐに来た。
『こちらこそ。君とだと、すごく楽しいよ。また近いうちに』
真澄は画面を見て、小さく微笑んだ。
心が、静かに、でも確実に動き始めているのを感じながら——。




