第10章 並んだ焼き菓子と、小さな反響
コラボ開始から一週間が過ぎた。
拓也の書店「本の森」の一角に、Lunetteの焼き菓子コーナーができた。シンプルな木の棚に並ぶのは、蜂蜜スコーン、ミニ林檎タルト、レモンと紅茶のクッキー。ラッピングも控えめで上品に仕上がっていた。
真澄はオープン初日の午後、こっそり書店を訪れた。
「どう? 売れてる?」
拓也が笑顔で迎えてくれた。
「思った以上に好評だよ。特に蜂蜜スコーンは、朝イチで買っていく人が多い。『Lunetteの味が家でも楽しめる』って喜ばれてる」
真澄は棚を見て、胸がじんわりと温かくなった。自分の作ったものが、別の場所で誰かの手に渡っている——それが不思議で、誇らしく感じた。
「よかった……。失敗したらどうしようって、少し緊張してたのよ」
「失敗するわけないよ。君の味なんだから」
拓也の言葉は自然で、真澄は軽く目を逸らした。照れくささが先に立つ。
書店内で少しおしゃべりをしていると、常連さんたちの顔も見えた。山田老人が新聞片手にスコーンを買いに来ていて、真澄に気づくとニヤリと笑う。
「頑張ってるね、真澄さん」
「山田さんまで……からかわないでくださいよ」
午後、Lunetteに戻ると遥が興奮気味に待っていた。
「真澄さん! 書店でLunetteのスコーン売ってるって、近所で話題になってますよ! SNSにも少し載ってるみたい!」
「SNS? 私、そんなのやってないのに……」
遥が見せてくれたスマホの画面には、書店の棚の写真と「Lunetteの味が書店でも!」というコメントが並んでいた。真澄は苦笑しながらも、どこか嬉しそうだった。
夕方、彩花があかりちゃんを連れて店に来た。
「真澄さん、書店でタルト買いました! あかりが大喜びで。『ママの好きなカフェのお菓子だね』って」
「あら、嬉しい。ありがとう」
彩花は少し声を落として言った。
「真澄さん、最近本当に輝いてる。拓也さんのこと……進展してるんですか?」
真澄はコーヒーカップを磨きながら、照れ隠しに毒を吐いた。
「進展って……まだゆっくりよ。急がないって決めたから」
でも、その「ゆっくり」が、心地よいものであることは自分でもわかっていた。
閉店後、真澄は二階の自室でノートパソコンを開いた。久しぶりに広告代理店時代に使っていた資料整理のフォルダを開け、軽く眺める。
昔の自分なら、こんなコラボを「ビジネスチャンス!」と大げさに考えただろう。今はただ、「誰かに喜んでもらえるといいな」という素直な気持ちが大きい。
スマホに拓也からメッセージが届いた。
『今日もたくさん売れたよ。ありがとう。
近いうちに、また食事でもどうかな? 今度は僕が予約するよ』
真澄は少し迷ってから、返事を打った。
『楽しみにしてるわ。
ただし、甘すぎるお店は却下よ』
送信して、すぐに小さく笑った。
夏の夜風がカーテンを揺らす。
Lunetteの看板は今日も優しく灯り、静かに街を見守っていた。
真澄の日常は、小さな幸せを一つずつ積み重ねながら、確かに前へ進んでいる。




