第11章 二度目の夜と、溶け合う時間
二度目の食事は、拓也が予約した少し離れたフレンチの小さなビストロだった。
真澄は淡いグレーのブラウスにスカートという、シンプルながら少し気合の入った服装で店に向かった。店内は照明が柔らかく、ジャズが静かに流れている。拓也はすでに席にいて、真澄を見つけると優しく微笑んだ。
「今日は本当に綺麗だね」
「また褒める……。調子に乗せないでよ」
真澄はそう言いながらも、内心では少し嬉しかった。四十過ぎて「綺麗」と言われる機会など、ほとんどなくなっていたから。
前菜の仔羊のテリーヌとグラスワインを傾けながら、二人は自然に話を始めた。
拓也は書店を継いだ経緯や、離婚で傷ついたこと、でも今は穏やかに生きていることを静かに語った。真澄も、広告代理店時代の激務、夫とのすれ違いと離婚、祖母の家を見つけたときの気持ちを、丁寧に話した。
「正直、最初は怖かったの。このカフェをやるって決めたとき、周りから『無謀だ』って言われて……でも、やってみたら毎日がすごく優しくなった」
「君は強い人だと思うよ。ちゃんと自分の人生を選んだ」
「強いんじゃなくて、ただ必死だっただけよ」
真澄が自嘲気味に笑うと、拓也は真剣な目で彼女を見た。
「必死だった君が、今ここにいる。それがすごいことだと思う」
メインの鴨肉のローストを食べながら、話題は少し軽くなった。好きな音楽、最近読んだ本、Lunetteの常連さんたちの話。笑い声が自然にこぼれる瞬間が増え、真澄は自分がとてもリラックスしていることに気づいた。
デザートの自家製チョコレートムースが出てきた頃、拓也がぽつりと言った。
「真澄さんともっと一緒にいたい。店のこと以外でも、日常のことでも、なんでもいいから」
真澄はフォークを止めた。心臓が少し速くなった。
「……私も、嫌じゃないわ。でも、ゆっくりでいい? 私、久しぶりすぎて……うまくできるか自信がないの」
「もちろん。僕も同じだよ。急がない。君のペースで」
拓也の眼差しはとても優しく、真澄は小さく頷いた。
店を出た後、二人は少しの間、夜道を並んで歩いた。夏の夜風が心地よい。Lunetteの近くまで来ると、拓也が立ち止まった。
「今日は本当にありがとう。また誘うね」
「ええ……待ってる」
真澄が店に入る直前、拓也がそっと彼女の手を握った。温かくて、少し大きい手。真澄は一瞬驚いたが、離さなかった。数秒の静かな時間。
その後、拓也は名残惜しそうに手を離し、微笑んで去っていった。
二階の自室に戻った真澄は、ソファに深く腰を下ろした。
握られた手の感触が、まだ残っている。胸の奥が熱くて、くすぐったい。
昔の自分なら、こんな気持ちを「非効率」と切り捨てただろう。でも今は、このざわめきさえも大切に思えた。
窓を開けると、Lunetteの看板が優しく灯っている。
真澄は独り言のように呟いた。
「少しずつ……いいわね」
夏の夜空の下で、彼女の新しいページが、静かにめくられようとしていた。




