表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Lunetteの午後三時  作者: 蒼狐


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/19

第12章 夏の午後と、変わりゆく朝

デートから三日後の朝、Lunetteの空気はいつもより少しだけ甘く感じられた。


真澄は豆を挽きながら、自分の頰が自然と緩んでいることに気づいた。

昨夜、拓也からもらった「今日も頑張ってね」という短いメッセージを思い出すと、つい口元が緩む。四十過ぎて、こんな気持ちになるなんて——自分でも少し驚いていた。


「おはようございます」


山田老人がいつもの席に座り、新聞を広げた。真澄がコーヒーを出すと、老人は目を細めて言った。


「顔がいいね。恋はするものだ」


「またそれですか……山田さん、暇なんですね、本当に」


「暇じゃなくて、観察が趣味だよ。君が少しずつ笑顔を取り戻してるのが、こっちも嬉しいんだ」


真澄は苦笑しながらも、素直に礼を言った。


「ありがとうございます。おかげさまで、毎日が少しずつ楽しくなってきてます」


午前中はいつも通りの賑わいだった。彩花があかりちゃんを連れて来て、ミニタルトをテイクアウトしていった。遥はバイトの合間に「拓也さんとの進展どうですか?」としつこく聞いてきて、真澄に「余計なお世話よ!」と軽く叱られた。


昼過ぎ、店が少し落ち着いた頃、佐々木夫妻が新鮮な夏野菜を届けてくれた。


「今年のトマトは特に甘いよ。真澄さんのタルトに合いそうだから、たくさん持ってきたよ」


「おばあちゃん、いつもありがとうございます」


夫妻が帰った後、真澄は届いたばかりのトマトを眺めながら、ふと思った。

——この店を始めた頃は「一人でやるんだ」と思っていたのに、今はたくさんの人の優しさに囲まれている。


午後三時を過ぎた頃、拓也が書店の合間に顔を出した。

カウンター越しに短い会話を交わすだけの、ささやかな時間。


「昨日のメッセージ、ありがとう。忙しかった?」


「ううん。こちらこそ。……今夜、ちょっと遅くまで店に残るけど、閉店後にコーヒーでも飲みに来る?」


真澄は少し迷ってから、頷いた。


「いいわよ。簡単なものなら、夜食用に何か作っておく」


拓也の顔が明るくなった。その笑顔を見ていると、真澄の胸がふわっと軽くなる。


夕方、店が閉まった後、真澄は厨房で軽い食事を作り始めた。

オリーブオイルを絡めた夏野菜のグリルと、簡単なキッシュ。ワインも少し冷やしておく。


拓也がやってきたのは八時半頃だった。二人はカウンター席に並んで座り、静かに食事をしながら他愛もない話をした。

本の話、カフェの常連の話、夏の夜空の話。


食事が終わると、拓也が真澄の手をそっと握った。先日の夜と同じ温かさ。


「ゆっくりでいいって言ったけど……こうして一緒にいると、もっと君のことを知りたくなる」


真澄は握り返しながら、小さく微笑んだ。


「私もよ。……でも、本当に急がないでね。まだ、心の準備ができてない部分もあるから」


「わかってる。一緒に、ゆっくり時間を重ねていこう」


その夜、拓也が帰った後、真澄は二階のベランダで一人、夜風に当たっていた。


夏の星空が、静かに瞬いている。

Lunetteの看板の灯りと、遠くの街の明かりが混ざり合って、優しい景色を作っていた。


真澄はグラスに残ったワインを一口飲み、独り言のように呟いた。


「この夏は、ちょっと特別になりそうね」


心が、静かに、でも確かに、開き始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ