第34章 秋の気配と、並んで歩く道
八月も終わりに近づき、Lunetteの空気がわずかに変わり始めていた。
朝の風に、夏の熱気が少しだけ薄れ、どこか澄んだ気配が混じる。真澄は窓を開けながら、深呼吸をした。セミの声はまだ残っているけれど、夕方の空気が明らかに優しくなっている。
「秋の匂いが、少しずつしてきたわね」
山田老人がいつもの席でコーヒーを飲みながら言った。
「今年の夏は長かったが、君の店は相変わらず穏やかだったよ」
真澄は微笑んで頷いた。残暑の厳しい日々も、常連さんたちと拓也のおかげで、心穏やかに過ごせていた。
午前中、彩花があかりちゃんを連れて来た。夏休みも終わりに近づき、親子で少し寂しそうな顔をしていたが、店のタルトを食べるとすぐに笑顔に戻った。
午後、遥がバイトに入り、「大学の後期が始まる前に、たくさん働きます!」と元気に宣言していた。真澄はそんな遥を見て、自分も若い頃はあんなに勢いがあっただろうかと思いながら、優しく笑った。
夕方、拓也が顔を出した。手に小さな紙袋を持っている。
「秋のメニュー、そろそろ考えないか? 梨とか、さつまいもとか……」
「いいわね。一緒に試作しましょう」
二人はカウンターでアイデアを出し合い、時折指先が触れ合う。仕事の話なのに、自然と笑顔になる時間が続いていた。
閉店後、約束していたように、二人は近所の公園を歩いた。木々の葉がわずかに色づき始め、夕陽が長く影を落としている。
「ねえ、拓也。この前話した秋の遠出、具体的に決めない?」
「うん。来月の初めに、少し離れた山の方へ行こうか。紅葉はまだ早いけど、静かな空気を感じられそうだ」
真澄は拓也の腕に軽く触れながら、小さく頷いた。
「楽しみ。……あなたと歩く道は、いつも優しいわ」
拓也が真澄の手を握り、静かに引き寄せた。二人は木陰で短いキスを交わし、しばらく並んで夕陽を眺めた。
夜、二階の部屋に戻った真澄は、窓を開けて夜風に当たった。夏の熱気がようやく和らぎ始めている。
彼女はノートに書いた。
『秋の気配。
夏が終わりに近づき、新しい季節が静かにやってくる。
私は今、誰かと並んで歩く道を、自然に選んでいる。
この優しさを、これからも大切に感じていこう。』
外では、初秋の風が優しく看板を揺らしていた。




